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剣の楽土  作者: かが介六郎
第二部 現世の剣

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第100話

焼けた肌に波型の剣。軟派な態度の外道。

さっさと終わらして、さやに加勢する。


「なんでもするからよお。

殺させてくれよお!」


「喋るな。」


素早く攻める。

相手の得物は、傷口を広げるための短い剣。受けるのは得意やないはず。

首、肩、鎖骨、腹。

防ぎよるか。思ったより出来る相手や。


横振りの反撃。

波打つ剣は軽いんか、振りが速い。

相手の距離に合わせとったら、振り合いでは分が悪いか。


息を荒くして、目を血走らせる男。

今のは激しい打ち合いとは言えんかった。

…こいつ。


「ふーっ!ふーっ!

もう、我慢の限界だぞお!」


…人を殺さな、心を保てんか。

生かしてはおけん。


密着すれば向こうに利があるやろう。

ならば、応じる前に殺す。

一気に懐へ詰め、両手で圧し潰す。

波型の剣に片腕を押し付け、必死の形相で耐える男。


「止めるな!止めるな!」


「はよ死なんかい、外道《げどう》。」


刀の圧を抜き、相手は逆に前に倒れかけた。

その側面を抜けて、すれ違い様に膝に斬り込みを入れる。

動きの止まった相手の脇腹を、全力で蹴り飛ばす。

転がって、地面に伏した。

ここで仕留める。


「や、やだ、こないで!」


――茅陽か!

さや、なにしとる。


細剣使いが茅陽に迫る。

ここから十歩も離れとらん、間に合う。

すんでの所で身体を入れて、細剣を受ける。

遅れて、さやが太刀で狙いを付けた。


「おう。

割り込んですまん。」


さやの髪と目元は赤く濡れとる。血で目を潰されたんか。

この細剣使いのが、厄介やな。

後ろの外道はさやに任せるか。


茅陽と茉琴は、前後を敵に挟まれて縮み上がっとる。

前へ押し上げて、逃げ場を作らんとな。


細剣使いは左肩から血を噴き出しとる。

…ようやった。

多少無理してでも、一手で殺しきる。

身体を前に出して、細剣の男から茅陽への視線を切った。一気に、詰め寄る。


「醜《みにく》いな、邪魔だ。」


「どいつもこいつも…」


喋らな戦えんのか、阿呆《あほう》ども。

細剣が顔を狙って真っ直ぐに突き出される。

紙一重で躱《かわ》し、頬と耳に熱い感触が残った。

腕を伸ばしたな。

腋を開きすぎや、愚かもんが。


「あっ…」


「静かにできるやないか。」


無理矢理前進して、開いた腋へ、下から刀を通す。

切っ先は半月状に弧を描いて、利き手を肘の手前から落とした。


「ぐわっ、や、やめ――」


残った左腕を振り回し、抗う無様。

負けを認めんかい。


「ぐぐっ、うううう!」


「やめてえ!」


――さや。

手早く男の喉を刺し、そのまま抉《えぐ》って呼吸を断つ。

あいつ、手傷を受けたんか…


「茅陽、行くな!」


遠い。

届かん。

間に合わんか…!

いかん、お前が庇《かば》ったらあいつは…

茅陽…すまん――


「茉琴っ!下がらせろ!」


「茅陽、茅陽!」


呻《うめ》き声を上げる茅陽を、片手で無理矢理引きずる茉琴。


――さや、どうした。

お前、なにしとるんや…


「うあああ!」


「女あ!殺されろお、大人しくっ、ぐっ!」


めちゃくちゃしよって、型も糞もない…!

我を失っとるんか、これも狙いの内か?

考えもなしに太刀を振り回しとると見える。これでは近寄れん…


「死ねっ!死ねええ!」


出血もお構いなしに、暴れ続けとるさや。

波型の剣を左腕で無理矢理弾いて、一手潰しよった。

痛みを感じとらんのか。

あれでは身が保《も》たん…


「茉琴、茅陽、もっと下がっとれ!」


「さや、もうやめ…」


茉琴は腰を抜かしとる。

茅陽も青い顔で口を開けたまま。


「さや、代われ!もうええ!」


「うるさい!お前も殺すぞ!」


「なっ…」


血走った目を見開いたさや。完全に正気を失っとる。

言葉では止められんか…

傷を負ったとしても、力尽くで止める他ない。


「だめだだめだ。

もう相手してられん!イカれ女!」


「殺す!お前、拷問して――」


剣士は退いて走り出す。

今は、さやを止めんと、もう血が足りんようになる。


「もう終わりや、さや!」


「離せ、離して!邪魔するなあああ!」


羽交い締めにして、尚も暴れるのをやめん。

手が真っ白になるまで柄を握り締めとる。口を塞がんと舌を噛む恐れがあるか…

咄嗟《とっさ》に布を口に突っ込む、噛まれたが、構わん。


「んーっ!んあーー!!」


「落ち着け、もう終わった!」


*


茉琴らと別れて、空き家へ。

人通りを避ける分、時間は食う。

…こいつには落ち着く時間が要る。


「…私、そんなことを。」


「まるで別人や。

まさか、覚えとらんとは。」


茅陽の怪我を見て、箍が外れたんやろう。

さやの奥にあった、”暴”が破裂したようや。

傷も痛みも排して、敵を殺すことしか頭にない、ただの蛮勇《ばんゆう》に過ぎん。

これきりにせな、次で死ぬ。


「ぜえ…ぜえ…」


壁に手をつき、大口を開けて息を吸うさや。血を流しすぎや。もう歩けんな。

血の気の失せた顔のさやを背負い、小走りで空き家へ向かう。

えいごんは、上手いこと背負っとったな…

難しいもんや。



「着いたぞ…寝たか。」


荒い息や。

畳に寝かせて、穴の開いた布団をかける。

埃まみれやが、ないよりはええ。


さやの荷物の中に、食えるもんはない。

死ぬような傷でもなし、明日には動けるやろうが、食わな体力は戻らんやろう。

…いや、体力付けられても、ええことないか。

意識が戻った途端に出て行きかねん。



日が傾いて来たな。

まだ、目を覚まさんまま。

夜になれば、逃げた剣士は動きやすいやろう。

茉琴と茅陽がどこにおるんか知らんが、狙われてもおかしない。


さやに動かれるのは避けたい。

動き出したら、おれには止められるかわからん。縛って閉じ込めとくしかないか。


「ん…」


布を結んで縄にしとる最中、ようやく目を覚ました。


「おう。具合はどうや。」


「…さい、あく。

頭、くらくらする…」


「茉琴に食いもん寄越すように言え。

”でんき”で。」


「ああ、うん…」


いつも触っとる薄い板で、なにかをしとる。

音が鳴って、突然茉琴の声が部屋で聞こえはじめた。


『さや!?そっちは大丈夫なんか!?』


「一条、さん…ごめ、喋れな…」


蚊の羽音より小さい声。

体力は限界やろう。


「さや、ええ。

茉琴、水と食いもん、すぐ要る。

場所は、水月楼《すいげつろう》の南、大きい道の――」


「いい、よ。住所、送る…」


『了解しました。

やけど、時間はまだかかるかもしれん。

…さや、茅陽の手術、終わったよ。』


茅陽の名前が出て、さやの顔が歪んだ。

見る間に、泣き出した。声を殺して。


『…さや、茅陽は水月楼に送ったよ。

あんたがおらんと、あの子…』


「……もう、いい。」


板を触って、茉琴の声が途切れた。

腕で目元を隠して、表情は読み取れん。

起き上がる力はもうないやろう。

…このまま寝とってくれると助かる。


「さや。剣士を探しに出る。

見つけたら、おれが殺す。ええな?」


「…行って。」


…奥白石よ。

お前が付くのが、一番やったな。

おれでは、抑えきれん。

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