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剣の楽土  作者: かが介六郎
第二部 現世の剣

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第99話

数歩先に、ヨーロッパ系の顔立ちをした、金髪の殺人鬼。

後ろには、自分の命よりも大切な二人。

更に後ろ、浅倉さんがラナ・サナと名乗った剣士と対峙している。


遠慮なしに歩いて来るシェインという男に対し、太刀を構え、私も前進する。

少しでも、ちーちゃんから距離を取って戦うために。


「熟した人間など見たくもない。」


「私は、青い果実とやらじゃないんだ。」


「喋るのも嫌なのだよ。」


敵の手にあるのは、拳を覆う複雑な鍔《つば》が付いた細剣。


来る、眉間を目がけた素早い突き。

弾いて、身体を前に。

伸びた腕が戻るより先に、動く。

最初から攻めの姿勢で決めにいく。


細剣を外側へ弾き、その逆側、相手の左腕を狙う。

まずは、最小の動きで突く。

シェインは上半身を大きく傾けて躱《かわ》し、蛇のように身体をしならせて前に出た。

身体がぶつかる。ほとんど、密着状態だ。

相手の胸が、私の左肩に押し付けられる。

近すぎて、お互いの剣の間合いを殺している。


「相手は私でしょ。」


「つい、目で追ってしまうのだ。」


背後のちーちゃんに意識を向けている。

…頭に、血が上る。

一瞬、停止した二人。目の前には、シェインの肩。

――思いきり、噛み付いた。


「ぐぬっ、な、離せ!」


視界が塞がるが、お構いなしに顎に力を込め続ける。

でも、わかる。相手の体勢、筋肉の動きから、次が読める。


細剣の軌道を予見し、顎の力を緩め、右に大きく身体を逃がした。


「ぬっ…ぐううう!」


――読み通り。

回避した先で体勢を立て直し、細剣の先端を見る。


「余所見してるからだよ、ばーか。」


私が噛み付いていたシェインの肩。さっきまで頭があったその場所に、細剣が突き刺さっている。

自分で自分の肩を、無様にも貫いている。


「…なるほど、成熟しきってはいないか。」


目の色が変わったように見えた。

シェインは肩に刺さっていた剣を引き抜き、そこからどくどくと血が溢れ出す。

私がお気に召したのであれば、ちーちゃんから意識が外れるかもしれない。


「子供しか斬らないんじゃないの?

肩、穴が開いてるけど?」


「…気に入った。

子供は反応が可愛らしい。」


煽《あお》っても無駄か。

けれど、私を注視しているならそれでいい。


先手は取った。

シェインの左手側から攻める。


「マシロ、君はこのまま終わる。それが美しい。」


「気持ち悪いよ、お前。」


シェインの白い布服は、その長い袖まで血に染まっている。涼しい顔をしているけれど、出血量からかなりの深手とわかる。

…今だけ、殺意に身体を貸してやる。殺すかどうかは、勝ってからでいい。


間合いは少し離れ、お互いの剣先が触れる程度の距離。

数歩後ろにはちーちゃんと一条さん。

――不意に、細剣が横薙ぎに振るわれる。


「あっ!」


しまっ――

血を飛ばして、目くらましを…!


視界を一瞬捨て、耳でシェインの姿を捉える。

足音、息づかい、なんでも――


「や、やだ、こないで!」


こ、の―――

殺す!


地面の振動からシェインの位置を拾い、太刀を振るう。

横薙ぎに、大きく。

なにか柔らかなものに、太刀が触れた。まだ、まだちーちゃんに接近できていないはず。

目を強引に開き、赤くなった視界を脳が処理していく。


「おう。割り込んですまん。」


太刀が触れたのは、浅倉さんの羽織の袖だった。

彼は数メートル後方で戦っていたはずだが、浅倉さんの反りの深い刀はシェインの剣を受け止め、ちーちゃんを守っていた。

…頼りになる。


「交代や。後ろ、行け。」


即座に視線を後ろへやると、数メートル程の距離に、脚から血を流した男が片膝をついている。

シェインは浅倉さんに任せる。

左手で顔に付いた血を拭い、体勢の崩れたラナ・サナへと一直線に走る。


「なあ、頼むよ。

そこの女、どっちかくれよお。」


駆け寄りながら聞こえた、気味の悪い言葉。

どっちか…?

こいつも、殺す。


血が上った頭を無理矢理回転させ、大振りの攻撃はせずに攻める。

既に負傷しているラナ・サナは立ち上がり、奇妙な波打つ剣を右手に持ち、防御の構えを取っている。

喉に突き。首に横薙ぎ。肩に振り下ろし。

全部、弾かれた。気が狂った態度と裏腹に、意外なほど技量は高い。


「…お前で、いいか。

もう、俺、だめだ。」


虚ろな目をしたラナ・サナ。相手にせず、腹を狙って突く。

しかしその切っ先は素手で掴まれ、太刀は止められた。


前に出た右肩が、燃えた。そう錯覚するほどの、激しい痛みが走る。

波打つ剣が、強引に傷を広げながら、突き刺さっていた。


「ぐぐっ、うううう!」


「やめてえ!」


「茅陽、行くな!」


太刀が動かない。

ラナ・サナは手から血を流しながら、それでも万力のような力で太刀を握り込んでいる。

押すことも引くこともできず、痛みで頭が真っ白になっていく。


「今日もお!

滅多刺しにするぞお!」


剣が引き抜かれ、太刀も解放された。

バランスを失い、足がもつれる。

迫る剣の切っ先が、奇妙にゆっくりに見えた。


けれど、不意に身体が横へ押された。

小さな身体が、私の脇から強引に前へ出る。

彼女の手、前に出た無防備な掌に切っ先が届く。


「いっ…!うあああ!」


なに、やってるの…

だめ、だめだめだめ!


「ちー、ちゃん!」


前に出された彼女の手。

無防備な掌に、切っ先が届く。

血が、だらだらと流れ、地面を濡らしていく。

ナニカが、溢れ出た。

もう抑え――



「はあーっ、はあーっ…」


どこ。

どこ行った。

殺す。

バラバラにしてやる…


なに、これ。

口の中に、なにか…


「ふーっ!ふぐ…!」


「さや!もう逃げた、終わったんや!」


甲高い声で叫ぶな、うるさい…

終わったとか、勝手に決めるな。関係ないくせに。

どこへ逃げた。


……なに、やってたの、一条さんは。

この子にもしものことがあったら、いくら一条さんでも…


「太刀を離せ。」


両手を覆うように、大きな手に包まれた。

顔を上げると、頬に一筋の傷がついた浅倉さん。


…あれ、私。

どうなったんだっけ。

口に詰まっていたなにかを吐き出した。くしゃくしゃの布だ。


「ひっ…ひぐっ…」


泣き声。ああ、ちーちゃん…

一条さんに身体を預け、額に汗をかいている。

慌てて駆け寄り、ハンカチで止血された手に視線を落とす。


「なんで…

許せない、あいつ…!」


視界が明滅《めいめつ》して、呼吸が荒くなる。

太刀を握り、柄《つか》が悲鳴を上げる。


「だっ、だめ…

さやちゃんも、大怪我してるのに…!」


痛みは、完全に無視していた。

太刀を握ったままの右手、そこから視線を上げていく。

切り開かれた右肩に、いつの間にか布が巻かれていた。


「私は、いい!お願い、一条さん。

はやく、救急車…!」


「さや、落ち着き!

もう呼んだから、すぐ来てくれる。」


浅倉さんの無骨な手に右手を掴まれ、柄を握り締めた指が剥《は》がされていく。

自分で柄から手を離せないほど、強く握っていたようだった。


「お前、死ぬ気か。

そんなやり方、奥白石が教えたんか?」


「やり方…?」


…思い出せない。

この何分かの記憶だけ、頭から消えたみたいに。


「お前…覚えとらんのか。」


「私、どうしちゃったの…」


茫然《ぼうぜん》と周囲に目を向ける。

…あれは、シェインの死体。いつの間に、倒したのか。

覚えていない。なにもわからない。

ちーちゃんが怪我をして、その血が流れるのを見て…


「浅倉さん、長物を。

救急車が来るまでに、それを持って隠れて下さい。」


一条さんが持っていた竹刀袋に太刀を仕舞い、浅倉さんが預かる。


「…さや、来い。

空き家まで行くぞ。」


「待って、さやも救急車で…」


「私の傷は、どうせ明日には塞がる。

一条さん、この子をお願い。」


一条さんは困惑しているけれど、説明している暇はない。

手術をして、水月楼《すいげつろう》に帰れば、ちーちゃんは明日、埼玉に帰れる。


私の怪我の程度はわからないけれど、放っておけば治る。

ちーちゃんが最優先だ。私が救急隊員に見つかれば、病院へ直行だろう。

あの男を追って、報いを受けさせる…


「いっ…!」


右肩が激痛を思い出した。

それだけでなく、腰と左腕からも痛みが届く。

覚えのない傷…


目に涙を溜めて、私を見るちーちゃん。

私より、自分を心配してもいいはずなのに。

……これで、もう。


「さやちゃんも、一緒に…」


座り込む彼女の、苦痛に歪んだ顔。

大丈夫だって、安心させてあげたい。

でも、それはしない。

……もう、私のことは忘れて。


「余計な事するから痛い目に遭う。

邪魔しなければ、倒せてたのに。」


「え、なに…」


「泣いてばっかりでさ。

見てて、腹が立つんだよ、お前。

浅倉さん、行こ。」


震える喉を力で抑えつけた。


「……おう。」


「さ、や…」


歩き出した浅倉さんを追って、足早に進む。

振り向けば、躊躇してしまう。


「さや、ちゃ…

待って、待ってよお!」


優しくすれば、また追って来る。

……もう嫌だ。

命と心、両方は守れないから。


涙が止まらない。

私が人でなしなら、こんな思いをせずに済んだのに。

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