第97話
「私が目え離したらすぐ約束破るんか?
一人で行動して、なんかあったらどうするんや。」
「ちがっ…
もう、会ってくれないかと…」
仁王立ちの一条さんの前で私はじっと正座をしていた。低いトーンの彼女の声には、圧がある。
「言い訳すな。
…私、信用されてへんようやな?」
「違うの!
一条さんとの約束、今まで大事に思ってて…」
呆れたように鼻で笑う一条さん。
「その大事な約束、破ったばっかりやろ。」
彼女の信頼を得るために、絶対に約束は守るつもりだった。
私は、もう一条さんに見捨てられたかと思って、勝手にその約束を反故にしてしまった。
…悪びれもせずに。
「…泣くようなことか。
外に出る時、私の顔も思い浮かばんかったんか?」
「うっ、ごめ…ごめん、なさい…」
忘れたかったのかもしれない。あんなに悲しそうな顔をさせたことも、優しかった彼女との思い出ごと、全部を。感情が悪い方向へ突っ走っていく。
「…さやの戦いには必要なことやったんや。」
「黙っていて下さい。」
部屋の隅に静かに佇んでいた浅倉さんが、口を挟んだ。
…でも、庇って欲しくなんてない。
「…一条さん。
がっかりさせて、ごめんなさい。」
「殊勝なこと言うやないの。
それで、これからあんたをどう信じたらええんかな?」
「わからない…
私はもう、一条さんが思ってるような人間じゃない。戦うことしかできないよ…」
その時、小さな手が私の肩に置かれた。
顔を上げると、ちーちゃんがむっとした表情でいる。
「あのね、そんなに難しく考えなくていいよ。
さやちゃんは約束を破っちゃったけど、もうしないって言うだけでいい。」
いつになく真剣な表情のちーちゃん。
誰も、口を挟まない。
「あと、一条さん。
私、さやちゃんが外に出ることを止めなかった。だから、私も共犯。」
「…そうか。隣で正座。」
すぐにちーちゃんが言う通りにし、二人で並ぶ。
「さや、茅陽。明日、埼玉に帰りなさい。」
だめ、それは、約束できないよ…
「……もし残るつもりなら、今度こそ絶対に私との約束は守ってもらう。
破ったら、どんな理由があっても埼玉に送り返す。
わかった?」
「…さやちゃん?」
この人は、私を理解してくれた。
今の状況にも、自分の心にも折り合いを付けて、見放さないでいてくれる。
俯いて、身体が震えてしまう。なぜだか、涙が止まらなかった。
「茉琴、次の剣士の話か。」
「残念ながら、そうなります。
やけどその前に、昨日の剣士の遺体の件から。」
…ロレンツォとマティアスの死体。
あの空き家に放置…遺棄した。
「朝九時に、あの空き家を見て来ました。
結果、血痕だけを残して死体は消えていた。」
…死体が消えるまでの具体的な時間がわかったかもしれない。
現時点では、どの死体でもそうなのかはわからないけれど、昨日の二人は、九時間くらいで消滅した。
「あの空き家での死体発見の通報は、確認されていません。
見つかる前に、消えたようです。」
一条さんはあの場所に死体を隠すのには反対だった。次からは、もっと慎重に場所選びをしないと。
…あと、もうひとつ確認がある。
「一条さん、剣も消えてたんですよね。」
「え、ああ…
死体と一緒にあったはずの二本の剣も、消えてたな。」
原則として、楽土の剣士が現世で死亡すると、九時間ほどで消滅する。
死体と、剣がセットで。というのが、現状の仮説。しかし、例外がある。
「私の太刀は、剣士の死体から奪ったもの。
なのに、何日も私の手にあるまま消えていない。」
楼門前で倒れていた剣士は、あの石剣の男を殺して目覚めた後には消えていた。
なのに、太刀はなぜそのタイミングで消滅しなかったのか…?
――私が、使ったから?
「お前が太刀で剣士を始末した。
それで、お前のもんになったいうんか。」
「…これも解明出来ないルール、かな。」
「では、本題を。」
「…聞かせて下さい。」
一条さんはジャケットの内ポケットからメモを取り出し、片手で器用にページをめくる。
神妙な面持ちで、大きく息を吐いた。とても苦しそうに、悔しそうに表情が歪む。
「…未成年のみを狙った犯行です。」
耳を疑った。
そんな…どうして、子供を殺すなんて…!
「被害者は三名、頸動脈に切創。
犯行時刻は朝方から夜まで幅があり、全員学生です。
…あなたも、狙われていても不思議はなかった。」
…だから、あんなに。
武装していない私が、浅倉さんの監視も抜きで、もし人通りの少ない道を歩いていたら、容易に殺されていた可能性は高い。…甘すぎた。
「捜査員が、この殺人犯を目撃しています。
金髪の白人で、黒と茶色の服装、バスケットヒルトと呼ばれる剣を所持していたと。」
「その警官は、無事だったんですか?」
ちーちゃんが質問する。
未成年のみを狙う剣士が、警官と遭遇した際に排除しようとするか。
「はい、無事でした。
英語を話していたようで、その内容はこうです。
”成熟している”。」
…?
どういう、意味だろう。また、自分の基準で狙う相手を選ぶ剣士なのか。
言葉の意味を読み取れば、また釣り出せるかもしれない。
「もう一件、別の人物による犯行も確認されています。」
「え、二人目…?」
少なくとも、特異点から漏れ出た剣士が二人いるということ。
あの地点、監視していないと止めきれない…
「被害者は四人。
強い殺意に基づく犯行と見られ、致命傷は複数の刺創。
被害者の四人に共通点は認められず、無差別殺人の可能性あり。」
未成年殺人の剣士と、無差別殺人の剣士。
最悪な手合いだ。絶対に生かしておけない。
「刺創は十箇所に及び、致命傷を与えた後も執拗に刺し続けている。
…快楽殺人の傾向があります。」
「…犯行現場は?」
「いずれの犯行も、伏見稲荷大社の周辺です。」
転移してすぐ、いの一番に殺人を行ったのか。
未成年の外出自粛など、対策は多少取れるだろうけれど、この周辺は観光客が多い地域だ。
無差別殺人の剣士、こいつは真っ先に見つけ出さないと。
「一条さん、この件は報道されてるんですか?」
「正式な発表はまだ。
しかし、周辺の交通機関や宿泊施設には、自粛を呼びかけています。」
観光客が来れないようにする対応策。
久喜北高校の皆が帰った後は、また新幹線も止まってしまうかもしれない。
「浅倉さん、すぐ伏見稲荷大社の方へ。
私も後で合流する。」
「おう。見つけ次第、始めるぞ。」
「お願い。」
昼間だけれど、浅倉さんなら目立つことなく行動してくれるはず。
戦闘になればその限りではないけれど、目撃されても死人が出るよりいい。
「待って。
…さや、彼との連絡手段は?」
「それは、ないけど…」
伏見稲荷大社周辺といっても、規模は小さくない。
待ち合わせの時間と場所を決めていないと、合流して動くのは難しいだろう。
「一緒に行動します。
昼食後、水月楼を出ましょう。」
浅倉さんだけでも先に、というのは焦り過ぎだと、一条さんは戒める。
一刻も早く捜索に出たいけれど、ご飯を食べていないと、いざという時に力が出ないか…
「私、お弁当来てるか見てくる!」
ちーちゃんは張り切って部屋を出て行く。
現時刻は、十一月 二十四日 十一時 五十二分。
お弁当が配達されていてもおかしくない。
「さや、素振りしてみろ。」
「え、今?」
太刀を手渡され、言われた通りに素振りの準備をする。
距離を取って、中段に構える。
ザムエルとの戦いの前、浅倉さんには少しだけ素振りを見てもらったっけ。
「…あれ?」
「おかしいやろう。」
太刀を一振りしたところで、違和感があった。
柄が、上手く嵌っていないような感覚。太刀の茎と柄に、隙間でもあるのか、かたかたとずれるように動いてしまう。
「振り続けたら、その内抜けてくる。
直すぞ。道具、用意せえ。」
新品の目釘抜きと、竹の目釘をリュックから取り出して、部屋のテーブルに並べる。
その様子は一条さんも、興味深そうに眺めている。
ちーちゃんがお弁当を二人分持って戻って来た。
「え、なにするの?」
「太刀の修理というか、調整?」
「食いながらでええ、見とけ。」
浅倉さんに目釘抜きを渡して、お店の人に教わった通りにピンを抜き出す。
「ほう。上手いこと出来とるんやな。」
ピンが内蔵されている構造に、顎に手を当てて感心している様子の浅倉さん。
私とちーちゃんはお弁当を、一条さんは持参したおにぎりをそれぞれ食べ始める。
――こうしている間にも、人が死んでるかもしれないのに。
でも今は、体力を付けるために急いで食べないと。
「目釘も使う?」
「折れとったら使う。今はええやろう。」
感触でわかるようで、目釘の破損ではないと断定した。
私たち三人は昼食を食べてはいるけれど、浅倉さんの作業を夢中になって目で追っている。
まず、小槌とピンを使って、目釘を抜く。
あの刀剣専門店で見た高級目釘のように、飴色の目釘が柄からぽろりと落ちた。
「年季もんの目釘はこういう色になる。」
続いて、右手で柄を握ったまま、浅倉さんはもう片方の手で、自分の右手首の辺りを叩いた。
すると、固定された柄巻から自然に刀身だけが”持ち上がり”、柄と鍔の間に隙間ができていく。
刀身から柄が離れ、薄い金属板、鍔、もう一枚の金属板、そして鯉口に嵌まる金具が順に取り外されていく。
「この薄いのが、切羽や。
鯉口に嵌まるこれが、鎺。」
細かく名称の説明までしてくれるおかげで、すらすらと頭に作業手順が入ってくる。
全ての部品が取り外され、一本の刀身のみとなった。
浅倉さんは持っていた布で刀身を拭き、よく観察している。
「…おれの時代よりも古い太刀やな。
よう詰んどる、上作やろう。銘もある。」
「え、銘、わかるの!?」
楽土で共にあった小太刀の銘は、最後までわからなかった。
太刀を分解することで、銘が判明するのか。
「ここや、読んでみろ。」
お弁当を食べている途中だけれど、一旦置いて太刀を受け取る。
柄巻に隠れていた部分、茎には、文字が彫られていた。
「えっ、と…?
和泉国、住み。橘……宗次?」
文字は、荒々しく刻まれていて、かなり読みにくい。
「和泉国の刀工の作いう意味や。
そんで、橘宗次いうのが、その太刀の銘やな。」
橘宗次…
ああ、橘だ。つるさんの好きな、花と果実。
この太刀が私の手に導かれたのは、きっと偶然じゃない。




