第96話
アラームの音が耳元で鳴り、静かに目を開く。遅めのお風呂に入った後、すぐに眠ったのだった。
現時刻は、十一月 二十四日 七時 一分。
すぐ隣で、ちーちゃんが寝息を立てている。
「あ、もう…」
布団と寝間着が大きくはだけて、お腹が出てしまっている。
お腹下しちゃうよ、もう…
ちーちゃんの布団を整えて、服を着替えた。窓を開けて、頭を突き出して屋根の方を覗いてみる。
「おう。」
こちらからでは見えないけれど、浅倉さんの声が届いた。
そうだ、彼に頼みたいことがある。
「太刀、預かってくれない?」
「渡せ。」
竹刀袋に入れたまま、窓から屋根の方に向けて太刀を持ち上げた。すぐ上に引っ張られて、浅倉さんが受け取ってくれた。
これで、部屋に掃除が入っても、太刀が見つかる心配はなくなったな。もうすぐ朝食だし、ちーちゃんを起こしてあげないと。
「さや。」
「あ、なに?」
屋根の方から、またも浅倉さんの声。
「目釘抜き、用意しとけ。
柄が緩くなっとる。」
「めくぎぬき…?
ちょっと、調べとく!」
ちーちゃんを起こすと、やはりお腹が冷えていたようで、すぐにおトイレに走って行ってしまった。
私は早速、めくぎぬき、とやらをネットで検索してみる。
”目釘抜き”。日本刀の目釘を抜き、柄と刀身を分解する際に必要な道具らしい。
楽土にいた頃、つるさんに小太刀の各部位の名称を教わった。
目釘孔という穴が、柄巻きと、そこに隠れた”茎”と呼ばれる部分に空いている。
その穴に目釘という部品を打ち込み、柄と茎を固定することで、刀身がすっぽ抜けるのを防いでいるのだ。
この目釘を抜くために、細いピンと小さな金槌を使用するようだ。
ピンと金槌がセットになったもの、目釘抜きは、ネット通販か刀剣専門店で手に入るらしい。
ネットで注文して、水月楼に届けてもらうにしても、いつ配達されるかわからない。
調べると、ここから電車で三十分の距離に、刀剣を取り扱うお店があるようだ。
あとで電話して、目釘抜きを取り扱っているか聞いてみよう。
「うう~…
お腹痛いよお…」
「ちーちゃん、腹巻き持ってないの?」
「なあい…」
寝相が悪いのは、自覚しているのかな…
朝食の時間となり、一階の食堂へ降りていく。
途中、えりちゃん先生と会った。
「ああ、真白さん。
今朝、一条巡査から連絡もらったよ。
昨日、遅かったんだって?」
「え、一条さん…
あ、ああ。そうなんです、ちょっと、遅くなっちゃって…」
「いいよいいよ。」
メンタルケアのカウンセラーを紹介する、というのが昨日の外出の口実だった。
けれど、実際には行っていないので、ボロが出る前に食堂に急いだ。
わざわざ、こんな朝早くに先生に電話をしてくれたんだ、一条さん…
「今日も、放送あるのかな?」
食べながら、ちーちゃんが呟く。毎日のように、先生からの連絡事が放送で共有されている。
…さすがに、そろそろ埼玉に帰る準備ができたのだろうか。
私が帰らないつもりでいることは、ちーちゃんにも伝えていない。
学校とお母さんには迷惑をかけるけれど、人が死ぬよりはいい。浅倉さんと二人で、狩りを続けるのみだ。
三〇一号室で待っていると、放送が始まった。
『久喜北高校の生徒の皆さん、おはようございます。皆さんにお知らせがあります。
明日の午前中の新幹線、全生徒と教員の人数分のチケットを確保しています。
今日中に荷物をまとめていて下さい。明日、皆で埼玉に帰りましょう。』
周りの部屋から、歓声が上がる。
ここまで、半ば監禁状態だった生徒たちからすれば、朗報だろう。
「よかったね、さやちゃん!」
「う、うん…」
私は、覚悟していたはずだった。
明日、ちーちゃんや学校の皆とお別れしたら、もう一生会えないかもしれないと。
私が生きて埼玉に帰ることは、ないかもしれない。
大切な親友と、ずっと心配をかけているお母さんには、もう会えないのかも。
…それが、私の。
朝の点呼も終わったところで、一度、刀剣のお店に電話をしてみる。
外出するのは本当はいけないけれど、太刀の調子が悪いのなら仕方ない。
ちーちゃんには事情を説明して、また非常階段から入れてもらうようになった。
「浅倉さんは、刀の分解とかできるの?」
「ね。そういうのって、鍛冶職人さんがやるものじゃないのかなあ。」
ちーちゃんと二人、太刀の手入れの話をしていると、ふと考え付いた。
確かに、武士とか刀を扱う人が、日常的な手入れを当たり前にこなせてもおかしくはない。
戦場で得物の不具合が出たとして、刀鍛冶の職人さんを探すわけにもいかないだろう。
中庭に降りて、ネットで調べた店舗に電話をかける。
すぐに繋がり、目釘抜きについて尋ねる。
『はい、取り扱っております。
真鍮製の目釘抜きがございます。』
「あ、そうなんですね。
…ちなみに、おいくらですか?」
刀剣の手入れに使う道具の値段は、正直想像が付かない。
『目釘抜き単品ですと、二一〇〇円となります。』
「あ、では店舗まで伺います。
ありがとうございます!」
普通に手の届く値段なようで助かった…
「気を付けてね…」
「うん、ごめんね。
一時間くらいで戻ると思う。」
出発前に時間を確認する。
現時刻は、十一月 二十四日 九時 四十六分。
お昼前には戻れそうだ。
「浅倉さんと待ってるね~。」
非常階段から水月楼の外に出て、すぐそばにある駅から電車に乗る。
知らない土地の知らない路線は、少しだけわくわくする。
浅倉さんには、出かける旨を伝えているけれど、電車の知識はまるでないので、お留守番してもらっている。
一度だけ乗り換えて、刀剣専門店の最寄り駅で降りた。
「いらっしゃいませ。あ、お電話の…?」
「はい。目釘抜き、下さい。」
刀剣専門店の店員さんは若い男性の方で、私が学生であると知ると驚いていた。
あまり嘘は吐きたくなかったけれど、お土産に買うんだと言っておいた。
店員さんから、簡単に使い方を教わる。
「小槌の上のここ、これを回すと中からピンが引き抜けます。
このピンを目釘に当てて、小槌で叩きます。」
「わあ…
これ、セットになってるんですね。」
「はい、失くしにくいように作られています。
目釘も、取り外すと紛失しやすいので、気を付けて作業するよう、親御さんにお伝え下さい。」
「丁寧にありがとうございます!」
せっかくなので、他の商品も見てみる。
本物の刀剣が置いてあり、数十万円から百万円以上する品がざらにある。
美術品としての価値もあれば、骨董品として収集する人もいて、引き取り手は様々らしい。
陳列棚には、新品の目釘も置いてあった。
「え!
目釘の方が高い…」
飴色に輝く目釘が、ショーケースの向こうに飾られている。
長さ三センチメートルくらいの棒状の物で、円錐状に先細った形だ。
これが、柄の内側に入っているんだ…
「ああ、それは上質な品ですので。
お求めやすい目釘もございますよ。」
「これって、木でできてるんですか?」
「当店では竹製の品のみ、販売しています。
目釘孔のサイズがわからなければ、一番大きいサイズにするのがおすすめです。
竹なので、簡単に削って調整できます。」
釘というからてっきり、鉄で作られているものとばかり…
さっきの高級目釘は、とても質のいい竹で作られているそうだ。
太刀の茎に空いた穴のサイズは不明だけれど、大体五、六ミリメートルが一般的らしい。
竹製の目釘、直径七ミリメートルの物が五本入ったセットを購入することにした。
正直お財布にはダメージが大きい…
「いえ、お安くしておきます。実は、在庫を多く抱えておりまして。
それに、お客様は刀剣に非常に関心がおありのようなので、私からのサービスです。」
「え!それは、助かります!」
結果的に、目釘抜きと目釘五本が、かなりお安く手に入った。
とても気前のいい店主さんだ…
本当にありがたいな。
お店を出て駅に向かう。
現時刻は、十一月 二十四日 十時 四十四分。
行きの電車は三十五分くらい乗っていて、帰りも同じなら、予定通りお昼前には水月楼に着ける。
そんなことを考えていると、着信があった。
「え…」
電話は、一条さんからだった。
出るのが、少しだけ躊躇われた。上手く話せる自信がない…
「…はい、真白です。」
『…あんた、謝ることないか?』
「その、昨日は、私…
一条さんにあんな顔させるつもりは…」
『…はあ。
それはええよ。』
「よくない…!
私、一条さんの気持ち、台無しにして…
でも、責任があるからって逃げて…」
『さや。
今、私が怒ってるのは別件。
あんた、勝手に外に出たやろ。…すぐ帰っといで。』
「…え、水月楼に、いるの?」
『そうやけど?
お説教、お楽しみに。』
通話が切れた。
でも、また彼女とお話できた。
一条さんは大人として、私を見放さないでくれた。
『お菓子でも買って行こうか?』
トークでちーちゃんに聞いてみる。
すぐ近くにコンビニがあるので、なにか甘い物でも…
通知音がして、返信を確認すると――
『ごめん、一条さんに見られちゃった。
はよ帰って来い。
お説教一時間延長や。だって。』
あー…
やっちゃった…




