第94話
太刀の鞘を地面に置き、中段に構える。
相手も、ロングソードを既に構えている。
「確認だけど、女性を三人殺したのは、あなた?」
「そうだ。
罪深き者を断罪した。」
悪びれもせずに…
話すのは無駄のようだし、殺すのみ。
街灯の光が届く、狭い範囲での戦闘になる。
…無抵抗な女性しか狙わない相手とはいえ、油断はしない。
一気に距離を詰め、太刀の切っ先で喉を狙う。
剣の腹でそれを大きく逸らし、マティアスは勢いのまま、横振りの軌道を取る。
重いロングソードの軌道は目で追える程で、僅かに後退して紙一重で躱す。
脇腹を狙った横薙ぎは空振って、マティアスは大きな隙を晒した。
――まだ、決定打は無理か。
がら空きになったマティアスの脇腹を逆に斬り、先手は取った。
「これは、なんの罪かな?」
「女あ!」
怒ったか。沸点の低いやつ。
扱いやすくて助かる。
怒りに任せて、猛烈な突きを連続で放つマティアス。…腕だけで剣を扱っている。
肩と肘の伸縮だけで、まるで体重を乗せていない連撃。
軌道を読むのは容易い。やはり戦闘慣れしていない。
相手は大きく息を乱して、連撃は止んだ。
「罪、罪、罪!」
「なんのだよ。」
今度は小刻みな攻撃を繰り返していくマティアス。無茶苦茶な振り回しだ。
本当に私を狙って攻撃しているつもりか。
足回りだけで躱し、振り終わりにカウンターを決める。
膝に浅い斬り込み。続いて、左手の甲にも薄く太刀が走った。
骨の感触を手元に感じたが、断ててはいない。
小さくダメージを積み上げていき、相手の体力もどんどん削っている。
けれど、私はまだ決めにはいかない。焦って攻めても、隙を晒すだけだ。侮るのは早い。
「ふうーっ…!ふぐう…」
「ここだよ、心臓。狙わないの?」
左手で自分の胸を指差し、相手を煽る。乗ってくるか。
「ぎぎぎ…!」
息を整える暇は与えない。太刀の先端が触れる距離を維持し、突きを主体として攻め立てていく。
相手のロングソードは、防御には向いていない。正確には、マティアスにはこの剣を満足に扱える力がないだけだ。
見てからの防御は間に合わないと判断したのか、私の太刀の軌道を読んで、足回りで回避をするようになっている。
なら、今度は足回りを潰す。膝の浅い傷によって、既に動きは多少鈍い。
大きく一歩を踏み出し、下段を払うように太刀を走らせる。
マティアスは咄嗟に跳ぶように後退して、背後にあったブロック塀に背中をぶつけた。
私は構えたまま前進し、プレッシャーを与え続ける。
必死の形相のマティアスは、どこか怯えているようにも見えた。もう下がれない。
「ぐう!」
私の首の位置を狙って、剣が横薙ぎに走る。左から右、続いてその逆向きに二連続。
近寄ることを拒否するような、雑な暴れだ。
身体を反らして横振りを躱し、素早く前進しながら屈み込む。
それを見たマティアスは、両手で剣を掲げ、大きく縦に振る挙動を取った。
――ここ。
アスファルトの地面に剣が激突し、目を見開くマティアスの顔を、私は間近で見ていた。
大振りの一撃を外せば、こうなる。
私は相手の脇腹に、斜め下から太刀を突き入れ、身体を貫通させた。
そしてすぐさま、太刀を”捻り”、引き抜いた。広がった傷口からは、大量の血が零れ落ちている。
「そうや。」
「こうだね。」
浅倉さんからの短い称賛に、同じく短く返す。
崩れ落ちるマティアスの身体。まだ致命傷ではないけれど、もう抵抗する意思は折れたようだ。
「怖い?」
「ぎっ…お、女…!わた、私は…
魔女め、地獄で報いを受けろお…!」
強がりながらも、恐怖の表情が張り付いている。…いたぶるのはもうお終い。
「さや…!殺すのは…」
「止めても無駄。
こいつ、人間じゃないよ。」
虚ろな目で私をぼんやり眺めるマティアス。
無防備な喉を太刀で突き刺した。そのまま引き抜いて、血の泡を吹き出している。
見開かれたマティアスの目を覗き込む。
「地獄行きは、お前。」
震える手でしっかりと十字架を握り締めたマティアス。
その手が力を失い、瞳から光が消えた。終わりだ。
「奥白石に似てきたな。」
「そう?」
マティアスの死体を担ぎ上げながら、浅倉さんはそう評価してくれた。
私からすれば、これ以上ない褒め言葉だけれど、今は素直に受け取れない。
なにも感じていないつもりだけれど、殺しにはまだ慣れ切っていないようだ。
……まだ二人目か。
「相手の心も殺す。奥白石の業やろう。」
「ああ…そうかもね。」
ロレンツォの死体を隠した空き家に、再び戻った。
浅倉さんがマティアスの死体を遺棄して、今日のパトロールは終了だ。
一条さんは、さっきよりも気分が悪そうだ。はやく帰らせてあげたい。
「一条さん、お家まで送るよ。」
「…先に、水月楼へ。私は、大丈夫やから。」
体調が悪そうだ。無理もないか。ここ数日、休む暇もなかったのだから。
一条さんの背中を擦って、顔色を覗う。
「吐き気、ない?
お家に、お薬とか…」
「…よう、平気でおれるな。」
「え、なに…」
「人を殺しといて、よう普通に喋れるな。
…あんた、おかしいで。」
…そっか。
私、勘違いしてたな。体調が悪いわけじゃないんだ。
私が人を殺したのが、ショックだったんだ。
…そんなことも、わからなくなってる。
「――今日は、もう休んで。
水月楼には、浅倉さんと戻るから。」
「……帰るわ。」
しぶしぶ、一条さんは受け入れてくれた。
彼女を護衛するように、二人で後ろから付いて行く。
一条さんのお家は、十五分くらい歩いた場所にあるマンションだった。水月楼への帰り道の方向だったので、私としても助かる。
マンションの入り口に到着し、一条さんがこちらを振り向く。
…暗い表情だ。
「もう、人を殺すのは、やめて…
私、見てられへんよ。」
「ごめん。これは、私の責任なの。
被害に遭った人たちが、安らかに眠れるように――」
「あんた、まだ十七歳やろ…!
そないな責任やなんて、重すぎるやろ…」
「…茉琴、おれが殺すのはええんやな?」
ここまで口を挟まなかった浅倉さんが、割って入った。
「お前、おれがあの短刀使いを殺した後、礼を言うたな。
そんなら、おれが何人殺しても、文句ないな?」
「そ、れは…」
「待って。
そんな言い方しないで!」
追い詰めるようなことを言うのは、さすがに黙っていられない。
…彼女の言っている倫理は、理解出来る。私が言う責任とは、どこまで行っても平行線だろう。
「…長物は、持っとき。
私は、それを預かる資格ないわ。」
「さや、もう行くぞ。」
冷たく言い放つ浅倉さん。今は私がなにを言っても、彼女には響かない。
…もう、これで最後かもしれないな。
「一条さん。
ありがとうございました。」
深く頭を下げ、心からの感謝を伝えたつもりだ。私と、ちーちゃんの分も一緒に。
ここまで戦えたのは、彼女のおかげだ。
無言のまま、マンションに入っていく彼女の背中を見送り、私たちも帰路に着いた。
言い表せない感情が、胸の中に渦巻いている。
…私が彼女を傷付けてしまったのかな。
「今日はようやった。」
「ありがと…」
剣士を二人倒して、こちらは無傷。どうしてこんなに気分が晴れないんだろう。
好き勝手に殺人を繰り返した相手を殺して、なにがいけないの?
…いけないよね、多分。
でも、責任が…ああ、もう!
「…茉琴は、我が儘なんやろう。」
「わがまま?」
「おれが殺すのはええ。他人やからな。
やけど、お前が殺すのは堪えられん。…まだ、子供やからや。」
一条さんは、真面目な人だ。私たちを、ずっと守っていてくれた。暴力からも、警察からも。
守るべき未成年だから、命懸けで前に出てくれていた。
子供が人を殺すのを見たら、気持ち悪くて当然だ。
…でも私は、もう彼女が思うような人間ではなくなった。
あのマティアスの死に際の顔。
――ざまあみろと、嘲笑った。
地獄行きを告げられた、あの絶望の表情。
被害者の女性の無念を思い知れと、そう思うよりも先に、暴力を行使することに、確かな悦びを感じていた。




