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剣の楽土  作者: かが介六郎
第二部 現世の剣

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第91話

穏やかな空気が流れていた三〇一号室であったけれど、私は今日の本題を話さなければならない。

一条さんと浅倉さんが揃っているこのタイミングを、待ち望んでいた。


「一条さん。

今日の夜、浅倉さんとパトロールに出たいんです。」


「……そうですか。

あなたが同行する理由は?」


途端に”警官モード”の一条さん。

この提案に肯定的ではないだろうと予想はしていたけれど、思ったよりも感触はいい。


「現代の知識がない浅倉さんだけでは、警察や防犯カメラなどに対応できません。

もし戦闘になって、相手が複数だった場合は危険が大きい。

戦力を固めて夜警《やけい》に出るのがいいと思うからです。」


「…条件があります。

これが呑めなければ、許可できません。」


厳しい声色だけれど、絶対だめだ、という雰囲気ではなかった。


「まず、私も同行します。

次に、深夜零時までには帰ること。

この二つです。」


「え、でも…

一条さん、怪我してるし、休んでて欲しいんですけど…」


これは心からの本音だし、安静にしている方が傷は早く治ると思う。

戦闘になっても、まさか参加はしないだろうけれど、不安要素ではある。


「警察対応がどうこう言っていますが、あなたなら完璧に対応できるつもり?

それに、長物は私が預かっています。

さやが戦力になりたいなら、私の同行は必須です。」


「…わかりました。

でも、心配だから、危ないことはしないで下さい。」


「…あんたにそれを言われんのも、変な気分やわ。」


パトロールに出る具体的な時間を決めないと。

そう思い、スマホを確認する。

現時刻は、十一月 二十三日 十四時 五分。

もう昼過ぎになっていて、仮に夕方頃に出かけるなら、お母さんへの連絡は早めにしておいた方がいいな。

聞き慣れない通知音が鳴り、一条さんがスマホを取り出した。

トークかメールでも受信したのだろう。


「………上司から、注意事項と共に連絡がありました。

よく聞いて下さい。」


――来た。

直感がある。

剣士が起こした事件だと。


「また、なにか…」


不安な声を上げるちーちゃんは、死の恐怖を経験したばかりだ。

あまり刺激したくはないけれど…


「女性三名の遺体が確認されました。

死因が共通しており、心臓への刺創《しそう》。

同一の刃物によるものとみられ、包丁やナイフでは説明できない傷です。」


「女を狙う輩《やから》か。

剣士やのうて、外道やろう。」


「傷口から剣の種類がわかれば、剣士の見た目で特定できるかな…」


浅倉さんと私で、相手の正体を推測していく。

女性を狙ったのはたまたまか、なにか理由があるのか。

特定の人物を、決まったやり方で殺している…

心臓を一突きにする殺し方は、石剣の男がやったような、儀式めいたものを感じる。


「一条さん、被害者の年齢は?」


「…二十代が二人と、四十代が一人。

なにか気になる部分はあった?」


若い女性だけを狙う相手かもしれないと推測したけれど、どうにも当てはまるようには思えない。

なにか条件があって、被害者となる女性を選んでいるのなら、私たちが剣士を釣り出せる可能性はある。


「…おれの時代の武士なら、そんな殺し方はせん。

日本人やとは思えん。」


「それ、私も思った。

心臓をわざわざ狙う必要がないよね。」


私は、浅倉さんの方に人差し指を向けて言った。

少なくとも私が楽土で見てきた日本人剣士たちは、首や喉など、筋肉や骨格に守られていない急所を狙っていた。

…例外があるとすれば、太白を背後から突き刺した忌助さんくらいか。

わざわざ回りくどいやり方をしているというのが、少し引っかかる。


「そ、そうなの?

心臓って、一番の弱点なんじゃ…」


ちーちゃんの言う通り、心臓に剣を受ければ即死は間違いない。

けれど、実戦で狙うのは難しい。


「肋骨に守られてるし、剣の軌道を読まれやすいから対処は難しくないの。

相手が無抵抗だったり、不意打ちじゃないと上手くいかないはず。

…一条さん、その刺創って、正面からのものですか?」


「ええ。

正面から背中にかけての致命傷のみで、他に外傷はなし。

肋骨のやや下から、斜め上に向けて突き刺したようです。」


声にならない声がした。

私はちーちゃんの手を静かに握って、彼女が少しでも安心できるように、そばにいる。


「…剣士やないな。」


「うん…

浅倉さん、あの首切り役人のザムエルとの戦いを覚えてる?」


楽土で見た浅倉さんの一対一での戦闘は、あの一回のみ。

あとは複数戦で、当時の私には観察する余裕も無かった。

あの石剣の男やザムエルのように、剣と剣での戦闘をしていたわけではない人であっても、楽土には招かれる場合がある。

今回の殺人者も、恐らく同じ類だろう。


「おう。

あれと似た相手やと思うか?」


「うん。

自分の中になにかの基準があって、殺す相手を選んでいるのかも…」


「…女性だけを狙う剣士は、楽土にいたの?」


一条さんは、勿論楽土を知らないので、その質問はもっともだ。

けれど、こういう手合いは楽土でもかなり日陰の方にいたに違いない。


「楽土には女性が少ないから、いたとしてもわからなかったと思う。

…それに、私の知る女性剣士は、全員とても強い人だった。

生半可な剣士では、相手にならないくらい。」


私が出会った楽土の女性剣士は、つるさん、セラ、忌助さん、太白の四人。

全員、男性との筋力差や体格差を、身体能力や技術で埋める実力の持ち主だった。


「でも、もうやらせない。

一条さん、浅倉さんとパトロールに出る時間を決めたい。

長物も用意して、私たちはいつでも出られるようにしておく。」


ちーちゃんの手を握りながら、今後の動きを整理していく。

相手の剣が大型なら、目立つのを避けるために、日が落ちるのを待つだろう。

逆に小型の短刀とか、懐に忍ばせられる得物を使うなら、その限りではないけれど…

一条さんの話では、包丁やナイフでは説明できない傷という話だし、少なくとも小太刀くらいの刃渡りを持つ得物である可能性が高い。


「さや。

お前と茉琴で、道を堂々と歩け。

おれは隠れてお前らを追う。」


いつの間に…

出会ったばかりの一条さんを名前呼びする程、この人はフレンドリーな印象はないけれど。

ちーちゃんも名前呼びにしているし、意外と打ち解けるのは早いタイプなのかも。


「…釣り出せれば、すぐに終わるね。」


「奥白石の言うた通り、出来るようになったな。」


「え、つるさん褒めてた?」


「……真剣に聞かんか。」


”出来る”というのは、つるさんには言われた覚えはない。

この言葉をつるさんが使うのは、敵味方問わず、かなりの実力者相手だけだった。

私は結局、楽土での最後の戦いで、歳黒からこの言葉をもらったのみだったな。

いつか、直接彼女の口から、同じ言葉を聞ける時が来るだろうか…


「パトロールに出る時間は、夕食後にしましょう。

それまでに、私の方でも用意をしておきます。

車は出せないけど、大丈夫?」


「あ、はい。

一条さん、お休み中なのに、ありがとうございます。

徒歩で大丈夫なんですけど、外出の口実は?」


「…メンタルケアのため、カウンセラーを紹介する、という形にします。」


学校側への説明に適した内容だと思う。

ちーちゃんと一緒でないのが若干不自然ではあるけれど、学校側からすれば、一条さんの説明を疑う理由はない。


「おれは、先に見回りに出とく。

暗くなる前にはここの屋根に戻っとる。」


「うん。

浅倉さん、それでお願い。

一条さん、時間は十九時半くらいでどうかな。」


「了解。

また連絡します。」



一条さんと浅倉さんが部屋からいなくなり、ちーちゃんと二人の時間が流れる。

…この子は、強くなったな。

つい昨日、立石とマラフの一件があったばかりなのに、もう前を向こうとしている。

けれどきっと、心は弱っているはず。本当は、一人にしたくはない。

今日で剣士を発見できれば、また一緒にいてあげられる。


「さやちゃん、怪我だけはしないで。」


「わかった。」


私が傷付けば、この子は悲しむ。

ちーちゃんの心を守るには、私が無事でいないと。

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