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死神様は生贄の娘を離さない  作者: 武村


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四話 死神と庭とうたた寝

ひんやりと冷たい手。

 けれど、不思議と嫌ではなかった。


 むしろ緊張して熱くなった体には

ちょうどいいくらい。


 男は何も言わず、

透子の歩幅に合わせてゆっくりと歩いた。


 砂利を踏む音が心地良い。

 風に揺れる木の葉の音。

 遠くで鳴く鳥たちの声。


 透子にはその全てが新鮮だった。

 こんなふうに誰かと並んで歩くのは、初めてで。


「…転ぶなよ。」


 低い声が降ってくる。


「は、はい。」


 思わず頷けば、

男は握る手にわずかに力をこめた。       

 

「ここは、静かだろう。」


「はい。

 とても、落ち着きます。」


 すると男は、少しだけ目を細めた。

 

「騒がしいのはいちくらいのものだ。」


 今までのいちの様子を思い出して、

透子はくすりと笑った。


「とても、元気な方ですね。」


「…元気すぎて、

もう少し静かにしてほしいものだがな。」


「ふふっ。

先ほどかまいたちの涼さんにもお会いしました。

このお屋敷には他にも妖の方がいるのですか?」


「ああ。河童は知っているか?」


「はい。見たことはありませんが。」


「…着いてこい。」


 物言いは冷たい男だが、

繋いだ手はそのままに、

男は透子をある場所へ案内した。

 



「ここは屋敷の炊事場だ。」


 案内された場所にはとても大柄な河童が一人。

 人など簡単に食べてしまいそうな

恐ろしい顔をしているが、

どこか恥ずかしそうに立っていた。


「あいつが今朝の朝餉を作った者だ。」


 あんな美味しい料理を作ったのが

河童だったなんて。

 透子は感動して、思わず声をかけた。


「あの!ありがとうございました。

 あんな美味しいごはん、

生まれて初めてで、とても嬉しかったです。」


 すると河童は目を見開いて、

スーッと消えてしまい、

持っていたお皿が床に落ちた。


 パリーン!


「あっ…

 お皿が。」


 ははははっ!と笑い声と共に

箒を持ったいちが現れた。


「河童さん、照れちゃったみたいですね。

 河童はきゅうりが好物と言いますが、

さっきの河童さんは

料理が一番好きなんですよ。」


「そ、そうなのですね。

 でも本当に美味しかったので、

お礼が言えて良かったです。」


 顔は怖かったけど、

照れて消えてしまうなんて、

ちょっと可愛いと思う透子だった。

 

 

 廊下を歩いていると向こうから、

しっぽがふたつに分かれた猫が歩いてきた。


「あ、主様。」


「猫又か。」


 猫又と呼ばれたその猫は、

スっと立ち上がると少年の姿に変わった。

 

 猫又の少年は橙子より少し背が低い。


 二つの尻尾をゆらゆら揺らしながら、

少年はじっと透子を見つめた。


「…どうした。」


 男が訝しげに問えば、


「別に。」


 と、また尻尾を揺らした。


「ただ、人間の匂いがするなって。」


 透子は視線を合わせるように、少し屈んだ。


「こんにちは。猫又さん。

 素敵な尻尾ですね。」


 この時、

透子はもう妖を怖いとは思っていなかった。

むしろ、人よりも親しみを覚えていた。


 尻尾を褒められた猫又は、

ボフッと音が出たかのように顔を真っ赤にした。


 あ、照れてる。

 可愛いなと透子は微笑んだ。


 男はその様子を無言で見つめていた。

 

「…ぬ、主様!

 こいつ、変だ!」


「どこがだ。」


「俺の尻尾見ても、怖がらない。」


 顔を赤くしたまま猫又は男に強く抗議した。

 透子はキョトンとしている。

 先の褒め言葉も透子の本心なのだろう。

 男は口元を少しだけ緩めた。

 

 

 猫又は不思議そうに男を見つめた。


「…主様。なんか、楽しそうだね。」


「は?」


 猫又は耳をパタつかせた。


「あ、いちが呼んでる。」


 するとまた猫の姿に戻って

走って行ってしまった。


 透子はなんだか難しい顔をしている男を見て

首をかしげた。


 楽しそう?

 

「…あいつは、適当なことばかり言う。」


 ちょっと不機嫌そうに言う男の顔を、

透子はまじまじと見た。


「…なんだ。」


「いえ。でも、少しだけ…

 猫又さんとお話されてる時は、

お優しいお顔をされていました。」


「……」

 

 男はわずかに眉を寄せると、

ふいと視線を逸らした。


「…お前は、変なやつだな。」


「…変、でしょうか。」


 不安げに答えた透子に、男は少し慌てた。


「いや…

 お前は人なのに、俺たちを恐れない。」


「そうですね…

 ここの人たちはみんな、お優しいです。

 怖いのは、いつだって人の方です。」

 

 

 その言葉に、男は黙り込んだ。

 透子の声は静かで、

その静けさがどれほど

この女が傷ついてきたかを物語っていた。  

 

人の方が怖いと言う女は俯き、

じっと何かに耐えているようだった。

 たまらず男は握った手に力をこめた。

 

 透子は少し驚き、顔を上げた。


「…黄泉守様?」


 名を呼ばれた男はハッとして、

自分が無意識に手に力が入っていたことに

気づいた。

 

 男は気まずそうに手を緩め、視線を逸らす。


 透子は、握るその冷たい手を見つめ、

目元が緩むのを感じた。


「黄泉守様の手は…

 あたたかいですね。」


「……」


 固まった男に透子は気づかずに続けた。


「…なんだか、ほっとします。」


 男は困ったように頭をかいた。

 

「…お前は本当に、変なやつだ。」


 その声は、さっきまでとは違って優しく、

透子の耳をくすぐった。

 

 透子の手を優しく握り返した男は、

やがてゆっくりと歩き出した。


「…次はどちらへ行かれるのですか?」


 男は少し考え、静かに答えた。


「……書庫だ。」


「本が、お好きなのですか?」


「…嫌いではない。」


 男の新たな一面に透子は嬉しくなった。


「私も、本が好きでした。

 小さい頃、母が読んでくれたことがあって。」


 もうあまり覚えてはいないけれど。


 寂しそうに透子は笑った。


「…ここが書庫だ。」

 

 男がガラリと木の扉を開ける。


 あ、古い紙の匂い。

 ほのかに木の香りもする。


 どこか懐かしく、

胸の奥がきゅっと締め付けられた。

 

 男はしばらく黙っていたが、

やがて一冊の本をそっと棚から抜き出した。


「…これは昔話だ。

 人間はこういうものが好きなのだろう。」


「…そうですね。

 昔、母が読んでくれた本も、

なにかの物語だった気がします。」


「…読むか。」


「え?」


 男は透子を座布団の上に座らせると、

自分も横に胡座をかいて、

その本を読み始めた。

 

 低く落ち着いた声が、静かな書庫に響く。


 文字は見えないはずなのに、

 透子にはその物語の景色が

不思議と浮かんでいた。

 

 ページをめくる音が書庫に溶けていく。

 穏やかな時間がすぎていった。


 しばらくして、透子はうつらうつらし始めた。


 低く優しい声が、心地良い眠気を誘う。

 

 男は本から視線を上げた。


 こくり、こくりと船を漕ぐ透子を見て、

読むのを中断した。


「…眠いのか。」


 その声に透子はハッとして


「いえ!

 どうぞ、続けてください!」


 目をぱちぱちさせながら、透子は続きを促した。


「…そうか。」


 男はふっと小さく息を吐くと、

話の続きを読み進めた。


 しかしすぐに、またその声が透子を眠りに誘う。

 こくり、こくりと船を漕ぐうち、

ついに男の肩へ。

 

 男は動けなかった。

 これはどうするべきなのか、

考えあぐねていると、


 スパーン!

 

 「主様ー! おやつを……」


 そこまで言うと、いちは固まった。


 書庫の中。


 主の肩を借りて、すやすや眠る透子。

 微動だにせず、こちらを無言で見る主。


 数秒の沈黙。


 いちの目は、かっ!と見開かれる。


「ぬ、主様!!??」


「うるさい!」


 いちの叫びに、

つい大声で返してしまった男は、

まずい!と思い、とっさに透子を見た。


 透子はいまだ、気持ち良さそうに眠っている。

 男はほっと息をついた。



「え?えっ!?

 な、何をされてるんですか!?」


「俺が聞きたい…」


 いちは音をたてないように、

二人の近くまで寄った。


「…眠っておられたのですね。」


 いちは小声でそう言った。


「あ、主様…

 えっと……

 動けないんですか?」


「……動くと起きる。」


 いちは、両手で顔を覆い、

いろいろと我慢して、震えた。

 

 なんとか我慢できたいちは、

ふーっと息をついて、

この状況をどうすべきか思案した。


「…このままでは、透子様、

首を痛めてしまうのでは?」

 

 男はさらに硬直した。


「…どうすればいい。」


「私に聞かれても…」


 男は眉を寄せた。


「お前、こういう時はどうしている。」


「…私は座敷童子ですよ?

 肩で眠るような相手はおりません。」


「そうか…」


 真剣に悩む主に、いちはまた両手で顔を覆った。


 しばしの沈黙の後、男はいちに指示を出した。


「座布団と、あと何かかけるものを持ってこい。」

 

 

 そっと書庫を後にしたいちは、

一番近い主の部屋から座布団と

男の羽織を持って戻った。


 そしていちは、また震えることになる。


 目の前には膝枕をしている主が見える。


 もうやめてくれ!いや、もっとやれ!


 心の中で叫びつつも、

いつもより静かに二人に近づいた。


「主様。お持ちしましたよ。」


「ああ。

 …なんとか体を横にはできたが。

 …動けぬ。」


 いちは顔を背けて、震えた。  


「…主様。

 本当に、透子様がお好きなんですねぇ。」


 いちがぼそりと呟いた。


「……は?」


 あ、まだ気づいておられない。

 

 やれやれと若干あきれつつ、

あとは私がやりますねと、

動けない主の代わりに透子に触れようとした。


「待て。」


「なんです?」


「…お前がやっては、起きる。」


 いちの持つ座布団を奪って、

男は慎重に、透子の頭をその座布団に乗せた。

 

 最後に羽織をかけてやると、

男はふーっと体中から力を抜いた。

 

「…主様。お疲れ様です。」


 主の頑張りに労いの言葉をかけたいちに、

男は真顔で返した。


「妙に疲れた。」


 しかし、その表情は穏やかだった。

 主の初めての顔に、

いちは自然と笑みがこぼれた。   

 

 起きる気配のない透子を見つめる。


「…いちよ。」


「はい、なんでしょう?」


「こいつは…

 人間にしては、痩せすぎではないか。」


「…確かに。そうですね。」


「目も、生まれつきではないと言っていた。

 …薬師に見せるべきかと思うが、どうだ。」

 

 いちも透子を静かに観察した。

 痩せ気味な細い体。

 

ここに来たばかりの頃より、

今は少し血色は良くなっているが、

気絶した透子を運んできた時は、

死人のようだったと、

その時のことを思い出していた。


「…主様は、透子様を助けたいのですね。」


「…放っておけぬだけだ。」


「私も、透子様には元気でいてほしいです。

 後で薬師を呼びましょう。

 きっと部屋でいつものように

薬を煎じていますよ。」


「…ああ。

 少し出てくる。」


 部屋に二人を残して、扉に手をかけた。

 開ける前に、少し振り返る。


「…そいつが起きるまでには戻る。」

 

 男が去ったあと、

 透子は眉を寄せ、羽織を手繰り寄せた。

すると安心しきったように、また眠り続けた。   


 四話 死神と庭とうたた寝 [完]


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