五話 昔話をしよう
昔。
気の遠くなる昔から、死神と私、
土蜘蛛は志を同じくする同士だった。
そう言えば、ハクという白蛇もいたな。
今はどうでも良いが。
あいつは絡繰のような男だった。
人や、妖が死ねば黄泉へ送る。
まぁ、それが仕事だからね。
しかし、あいつには信念があった。
死は皆に平等にやってくる。
魂が迷わないように、黄泉へ還す。
輪廻転生を知っているか?
……ああ、そうさ。
死んで輪廻の輪に還り、そして生まれ変わる。
死神のあいつも、私でさえも、
死ねばその輪に還るのだ。
私たちはその理を守る側の存在として、
日々励んでいたよ。
妖ってのは、早々死なない。
しかし、人の寿命というのは短い。
たくさん黄泉へ送ったよ。
何年も、何年も。
人間というものは、善人ばかりじゃない。
物取りをする者。
詐欺を働く者。
人を妬む者。
人を恨む者。
そして……
人を殺す者。
だから私は辞めたのだ。
守る側をね。
善人も悪人も平等になんて、理解できるかい?
私にはできなかった。
私があいつから離れた時、
あいつは止めなかった。
お前の好きにしろと言われたよ。
あの冷たい目。今でも思い出せるよ。
好きにしろと言われたから、好きにしたさ。
手当り次第に殺したんだ。
善人も悪人も、関係なく。
人ってね、脆いんだよ。
簡単に死ぬもんだから、すぐに飽きた。
だからまぁ、興味本意で食ってみたんだ。
最初は肉を食ってみた。
不味くはなかったかな。
女も男も、子供も食ったが、
若い方が美味かった。
案外悪くないなと思って、
次に魂を食らってみた。
これが実に美味くてね。感動したよ。
それから私は、殺すよりも食うことに力を入れた。
どうすれば美味くなるのか。
そればかり考えていたなぁ。
そんなある日。
あいつが来たんだ。
「土蜘蛛よ……
久しいな……」
死神は静かに怒っていた。
「おー!
主。……いや、元主か。
どうした。そんなに怒って。」
「……お前の裁きが決まった。」
「は?
裁きとはなんだ?」
意味が分からなかった。
なぜ私が裁かれる?
誰に?
どんな理由で?
「……どうもこうもない。
お前は人を殺しすぎた。
それも、自分の利のために。
閻魔様からの通達があった。
……お前を殺して、黄泉へ還す。」
「……なんだそれ。
お前が好きにしろと言ったんだろうが。」
初めてあいつに怒りを覚えた。
死神の表情は変わらない。
ただ、淡々と結果ばかり言う。
さらに腹が立った。
「私はそちら側を離れたのだ。
私はお前らに干渉しない。
お前らも私に干渉しない。
それで良いではないか。
お前が好きにしろと言ったから、
私は好きにしたのだ!」
死神は黙っていた。
「お前は、
私が人を殺しすぎたと言ったな。」
「ああ……」
「では聞くが。
人間は減ったか?」
「……いや。」
「そうだろうよ。
私が食ったとて、数などたかが知れている。
人は増える。蛆虫のように。
それを食って、何が悪い。」
「人も動物も妖も。草や木、虫にも魂はある。
魂は循環する。それが理。それが真理。
それをお前は分かっているはずだろう、
土蜘蛛。」
「ああ、知っている。
嫌というほど見てきた。お前の隣で。
善人も悪人も関係ない。
魂は黄泉に戻り、平等に裁かれ、
そして巡る。」
「では何故だ。
何故その魂までも食ったのだ。」
静かに怒るあいつが分からなかった。
「だから言っただろう。
人は減らない。
故に魂を食らったところで、
問題にはならない。」
初めてあいつが表情を崩した。
悔しげに歪むその顔が、少し面白いと思った。
「……魂を、食らわなければ、
お前を殺さずに済んだのだ。」
苦しそうにそう呟くあいつの顔。
もう可笑しくて可笑しくて。
笑った。
「ハハッ。お前、そんな顔ができたのか。
……それで?
私を殺すことは、決定事項か。
そうか……
では、殺し合うとしよう。」
なかなか激しい闘いだったよ。
あいつは強い。
ずっと隣にいたからね。
知っていたさ。
だが私も同等に強かった。
でなければ、
あいつと並び立つことなどできなかった。
あいつは刀をどこからともなく出してきた。
それは妖だけを斬れる刀。
上の許可が無ければ、持ち出せない。
それほど強力で、扱うのが厄介な刀を、
あいつは私に向けた。
焦ったね。
あれで斬られれば、私と言えども死ぬだろう。
何度も何度も、斬撃をかわした。
こちらも防戦一方ではない。
殺し合いだ。
私も本気であいつを殺しにいったよ。
私の糸は使い勝手が良くてね。
あいつも結構傷ついていたよ。
消耗戦だ。
息が上がるなんて初めてだった。
油断すれば終わる。
一瞬だった。
ほんの一瞬だけ、あいつを見失った。
瞬きを一回するくらいの間だよ。
気づいた時には、心の臓を貫かれていた。
痛かったね。
口からも胸からも血が溢れるあの感覚。
死を理解した。
あいつは自分が刺した癖に、
私より辛そうだったよ。
あいつも私の死を実感したんだろう。
そしてあいつは油断した。
いや、躊躇ったのかもしれない。
あいつは私から刀を抜いたのだ。
私がこと切れるまで、
刀を抜くべきではなかった。
そうすれば完全に死に、
魂は黄泉に戻されたはずだ。
刀が抜けたおかげで、また血が溢れた。
虫の息だった。
私は幸運だった。
私はその隙を見逃さず、
自身の魂をふたつに割いたのだ。
私は魂を食っていたからね。
以前それを割いて食ったことがあったんだ。
その時はなんとも思わなかったがね。
知っているかい?
魂はふたつに割いてもどちらも消えないんだ。
きっとあいつらも、
上にいる神とやらも知らないだろうよ。
だって、そんなことする必要がないからね。
あいつは私がもう死ぬと分かって、
黄泉の門を開いた。
門を開く時、柏手を二回必ず叩く。
そしてあいつは目を瞑るのだ。
必ずな。
その隙に、私は片方の魂を逃がした。
あいつは全く気づかなかったよ。
魂の半分は地獄に堕ちたんだろうね。
それが半分だと気づかずに。
なんと滑稽なことか!
しかし私も半分になってしまった。
かなり弱っていたよ。
そこからは、人の体を借りて、
魂を食らって、肉も食った。
そうしてようやく、
妖怪土蜘蛛は戻ってきたのだ。
五話 昔話をしよう【完】




