第14話「俺の存在」
服の縫い目が気になるレネーと昨日狩ってきた大蛇を解剖してみることにした。
「触った感じはビニールだな……」
「カイト様が求めていたものですね」
「そうそう」
後は耐久性とか、どんなけ固いのかだな……
「とりあえず皮をはいでみよう」
「は、はい」
やはりこのパートが一番むごくて馴れない。
「レネー頼んだよ」
今日もレネーに一任しようとすると、首根っこが掴まれた。
「今日くらいは一緒にやりましょう」
「い、や、だ」
「私だって嫌です! とくに、こんな皮を剥がすなんて……」
頭に色んな嫌な光景が浮かんでくる。
叫び声を上げながら皮をはがれる生物。むごたらしく血がにじみ出てきて、鼻にツンと鉄分の匂いが蔓延する空気。めりめりと肉と皮がはがれる音。
想像するだけで気持ちが悪くなってくる。
「無理だ……レネー頼むよぉ……」
「今日ばかしは嫌です!」
いつもなら少しむすっとはしながらもやってくれるレネーだが、今回ばかりは本当に受け付けないみたいだ。
「一緒にやらないと言うのであれば、私はやりません!」
「えー……」
そう言ってそっぽを向いて固まった。
まいったなー……
「おじゃまするぞー」
お……?
押し付け合いの争いが勃発している最中、フィレア様が店にやってきた。
これはいい
やけにハイテンションで応答すると、レネーが何かに気づいたのか、顔を顰めた。
「フィレア様、よくぞ起こしになさいました」
「なんだ。今更そんなに堅苦しくする必要はないぞ」
「いえいえ、親しき中にも礼儀ありという言葉がありましてね」
「まあそうじゃが、別に私に対してはそんなに堅苦しくするな。逆に距離が離れたように感じるわい」
わい……!?
初めての語尾で驚いていると、レネーが俺の前に立ちふさがった。
「フィレア様、今日はカイト様の体調があまりよろしくないので、移らぬように帰った方がいいですよ」
こいつ……!
「ん、そうなのか?」
フィレア様はきょとんとした顔を浮かべては俺の額に手を伸ばした。
「あ、皮膚から移るかもしれません!」
レネーはすぐにフィレア様の手を掴んだ。
「そんな病気は聞いたことがないぞ……難病なのか?」
「そ、そうなんです。実はカイト様はその難病を患いながら、私たちに手を貸してくれていたようなんです。ここは一度、お休みになられてはいかがかと伺っていたんです」
よくそんなに嘘がつらつらと出せるな……
レネーの嘘設定の細かさに逆に驚かされる。
「そうだったのか……それは、本当に悪いことを」
フィレア様は頭を深く下げた。
お前心苦しくないのかよ……
そんな気持ちをレネーへ向けると、やはり心苦しいようで、胸のあたりで手をぎゅっと握って悶えている。
「と言うことなのでフィレア様、今日はもう帰りましょう。もしフィレア様に映ってしまったら、この国の指揮者が居なくなってしまいます」
「じゃが……カイト殿。それは直せる病でないのか?」
お人よしだな……まあ、俺が芝居をする意味もない
「レネーの嘘ですよ」
「は?」
レネーの顔を見ると、小刻みに首を横に振って顔を青ざめた。
この展開は考えてなかったのか……あんなに饒舌だったのに
「ん……? 難病を患って」
「ないですよ」
「……レネー?」
フィレア様は静かな怒りの視線をレネーに向けた。
哀れなレネーだな……元はと言えば、俺が駄々をこねたばっかしに
「も、元はと言えばカイト様が悪いんですよ!1」
あ、言った……
「と言うと?」
フィレア様を怒らせるのは、大蛇の皮をはぐよりも怖いことかもしれない。
なにも顔を動かしていないのに、確かな怒りが伝わってくる。
「カイト様が、大蛇の皮をはぎたくないって駄々をこねるんです!」
「……はあ」
フィレア様は弟、妹の喧嘩を見ている姉のように、呆れた顔を浮かべて俺の方へも顔を向けた。
「単刀直入に言います。フィレア様、皮をはぐのを手伝ってあげてください」
「まあ……そなたの願いならよいぞ」
おお……
思ってもみない答えが得られて、俺は逆に同様してしまった。
でもそれはレネーも同じようで、目を点にして固まった。
「じゃ、じゃが……また今度、オトをしっかり聞かせてくれ」
「ええ、もちろんですとも。というわけだレネー」
放心状態のレネーをフィレア様は連れて行った。
よし……逃れた!
一件落着した俺はドラムの枠組みを作ることにした。
そうだな……丸太をそのままくり抜くほうが作りやすいか? でも、そうなると巨木が必要だしな……一番いいのは曲げられる木を作ることだが……無理だしな……今のレネーに聞くのはちょっと怖いし
連れていかれる前にレネーは俺のことを薄目で睨んでいた。
きっと納得がいかなくて怒っているんだろう。
困ったな―……丸太くり抜きとかめちゃくちゃむずいし……やるとしても職人技になってくるぞ
「カイト殿―」
設計図を書きながら頭を悩ましていると、フィレア様の声が聞こえた。
「どうされました?」
「剥がすことができたぞ」
「おお……! ちょっと失礼して……」
フィレア様が掲げた皮は透明感があり、すべすべとした感触、伸びなさそうな固さ、反発具合もちょうど良さそうな皮だった。
まさにこの世界のビニール、プラスチックと言えよう。
「助かりました!」
「ああ、気軽に呼んでくれ。そなたの望みなら何でも叶えよう」
気前良すぎだろ……
「お言葉に甘えます」
「ああ、頼ってくれ」
そう言ってフィレア様は一歩俺に近づいた。
「出来たら、」
「あ、カイト様!」
何かを言いかけたフィレア様の言葉を遮るように、レネーが大声を出した。
「なんだよ」
「いえ、なんでもありません」
なんだよ……憂さ晴らしか?
「まあ今日は帰るとするよ。レネー、送って行ってもらってもいいかな」
「はい」
なんだがぎこちない二人を見ながら、俺は大蛇の皮に頬ずりをしていた。
素晴らしすぎる素材だ……これほどにない
結局、丸太をくり抜くことにした俺が作業に取り掛かろうとしたときだった。
後ろからレネーが軽く殴ってきた。
「いて……なんだ、憂さ晴らしか?」
「違います」
「じゃあなんだよ」
「いえ……なんでも」
なんだよ……
さっきからどうもレネーの機嫌が悪い。
よほど俺との知恵比べに負けたのが悔しいのだろうか。
まあ知恵と言っても、俺がフィレア様にとってどれだけ大切な顧客なのかをもっと考えるべきだっただけの話で、それは正直俺も考えさせられるところだったから、レネーが腑に落ちないように感じるのも無理はない。
「ギター聞くか?」
「……いえ」
それだけ言って奥の部屋に行っては大蛇の後処理を始めた。
ギターに食いつかないとは、なかなかだな
流石に後で謝るべきだろうか。
そんなことを考えながら、俺はドラムのくり抜き作業を続けた。
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