第11話「調律」
レネーが牛の骨を持って帰ってきた。
「こんなもので大丈夫ですか?」
「んー……おう。完璧だ!」
レネーと共に牛の骨を洗った。
骨にこびりついた肉と脂肪などをそぎ落とすのをレネーにしてもらいつつ、俺は綺麗になった骨を加工する工程に移った。
まずは……骨を切って、鉛筆くらいの円柱にしないとな……ん、ちょっと待てよ……弦の先にボールエンド付けなきゃだめじゃん……
最初に作ったギターの様々な欠点が出てくる。
ボールエンドというのは、弦を引っ張る際に抑えるために使うパーツで、これがないと最悪ギターの弦で体のどこかを負傷しかねない。
「レネー……」
鼻歌交じりで骨を洗っているレネーのもとに向かった。
「どうされましたか?」
「ちっちゃい、金属のリングってない?」
「どのくらいの大きさですか?」
「ほんと、米粒二個をまげてくっつけたくらいの小ささなんだけど……」
「そんな小さいリングはないですね……」
「だよねー……」
非常に困った。
それがないと、俺はいつか怪我をしてしまうし、そもそも音もはっきりとした音にならない。弦がしっかりと安定しないからだ。
どうしよう……
「ないとだめなんですか?」
「そうだな……怪我をしてしまう」
「それはだめですね」
んー……ん、
「クラシックギターって……ブリッジピン使わないな……結んで固定だな……。レネー、やっぱりいいや」
「え? 大丈夫なんですか?」
「おう。要らないやつ作るわ」
「そんなことが出来るんですね」
「任せとけ」
俺が今あげたクラシックギター、それは弦をブリッジに結んで固定させる。ヘッドの部分も作り直しにはなるが、そこまで仕事量はない。
「レネー、ちょっとこっちを手伝ってくれ」
「はい。分かりました!」
レネーの手伝いもあって、俺はすぐにクラシックギターを制作できた。
「あとはチューニングしてからだな。ちょっと待ってろ」
レネーは報酬をくれと言わんばかりに、隣に座った。
新しくなったクラシックギターの弦に触れた。
温かく、心に響く優しい音が鳴り響いた。
おお……これだよ、これ……
チューニングは済んでいないが、それでも前の試作モデルのギターよりもはるかにいい音が鳴っているのは確かだ。
「完璧だぁ……!」
また俺は歌で音を合わせて、チューニングを終わらせた。
「レネー、お待たせ」
レネーの方を向くと、既に涙を流していた。
感受性豊かだな……
「前のより、めちゃくちゃいいですね……」
「だろ! ちょっとだけ聞かせてやるよ」
「お願いします……!」
ひとしきりにギターを鳴らしていると、店に誰かがやってきた。
まさか……
「カイト殿―」
俺の予感は的中していたようだ。
「フィレア様ですね」
「そうだな」
フィレア様はまた何か小包を持ってやってきた。
「今日のお駄賃だ。すでに弾いていたようじゃが、もう一度聞かせてくれんか?」
「いいですよ」
そこからはフィレア様もともになって音楽を楽しんだ。
「そういえば、仕事は大丈夫なんですか?」
「ああ、問題ないぞ。オトを聞いてからは効率がいいんじゃ」
へー……作業bgm的な感じなのかな……
「本当はずっと聞いておきたいんじゃが、そうもいかないだろう?」
でもやはり口調が面白い。しかも「じゃろう?」と「だろう?」の二つがあって、どっちつかずなのがまた面白い。
統一したらいいのに
「そうですね……まだまだ楽器を作り足りません。ここで止まるわけにもいきませんね」
「だと思ったぞ。お金が心配になったときはいつでも頼ってくれ。私が用意するぞ」
「そんな……」
「いいんじゃ。カイト殿には大変お世話になっておるし、そのオトというものの秘められた本領を発揮するまでの期間が早くなるのならば、なんぼでもお金を出したい」
やっぱ気前良すぎだな……
「ありがとうございます」
「それじゃあ私は責務に戻るな。また来るぞ」
「はい。お待ちしております」
「送ります!」
「よい。いつでもカイト殿のサポートに移ればよいぞ」
「承知いたしました」
「ではな」
フィレア様は足取り軽く、城の方へと帰っていった。
頼み事をしようと思ってレネーの方に顔を向けると、どこか悲しそうな顔を浮かべていた。
「どうした?」
「ああ……いえ」
「言ってみろ」
そういうと、レネーは一呼吸入れて喋りだした。
「カイト様に言うことでもないとは思いますが……最近、カイト様のそばにいすぎて、フィレア様から見捨てられてしまうのではないかと心配なんです……」
そんなこと絶対にしないだろ……あの人
「さっきも前も、送ろうとしたら断られてしまって……このままでいいんでしょうか……」
うーん……
「別によくない?」
「そうですかね……」
「まず、俺はレネーを見捨てるつもりはないってことと、フィレア様はたぶん、レネーに俺のことを任せたいんだと思うぞ。いわば、それも仕事の一環としてだな」
「なるほど……」
「嫌ってるからじゃなくて、信頼を置いてるからこそ、この貴重な俺のお手伝い係を任せてるんだ。誇りを持った方がいいぜ」
「自分で言いますか……」
レネーの鋭いツッコミに、俺の心はやんわりと抉られた。
「でも……その通りかもしれませんね。私のタスクは、カイト様のお手伝いをすること。あなたを護衛することなんですね」
「今のところ、俺が全部護衛してるけどな?」
「そうですね……では私は」
「戦闘面は、俺も勇者だ。そんくらいは任せとけ。それ以外をやってくれればいいさ」
「カイト様……」
レネーは目を輝かせて俺を見た。
「どうだ? 惚れ直したか?」
「あ……いえ、そういうつもりは」
「あのレネー、これってジョークって言うんだよ?」
レネーは本気にしたように、申し訳なさそうな顔を浮かべている。
流石に俺も傷つく。
「そうですね。今は、とにかくガッキを作りましょうか」
「おう……おう、」
俺はその言葉しか出せなかった。
でもやっぱり、レネーはどこか思いつめたような顔を変えなかった。
仕方ない……
「レネー、このギターもうちょっと堪能したいから、草原に連れて行ってくれないか?」
「草原ですか?」
「おう。そこにばっちりなメロディーが浮かんだんだよ。レネーも来いよ。そんなに急いで決断せずとも、俺は死ぬわけでもないし」
笑いながら言う俺に、レネーは静かに頷いた。
レネーに連れられて草原にやってきた。
「いい場所だな」
「はい。ここには中立的な魔物しかいませんし、心置きなく眠ることだってできるんですよ」
へー……中立的な魔物か
「どんなのがいるんだ?」
「例えばー……あ、あの白くてもこもこした小さい生物、見えますか?」
レネーが指さす方向には、ハリネズミくらいの大きさをした、小さくもこもこした生物がいた。
おぉ……
どことなく猫ような可愛さと、羊のようなもこもこ感と、ぬいぐるみのようなまん丸い目が特徴的な生物だ。
「あれはフワツジっていう魔物なんです」
「へー……」
フワツジ……ふわふわな羊? まあいいか
フワツジを横目に、俺はギターの音色を鳴らした。
そよ風に音色が飛ばされていく。
風で重なる木の葉のざわめきと、草花の静かな囁き、遠くから聞こえる水の音がとても心地よい。
ギターの音色をもっと響かせた時だった。
俺の体にこつっと何かが当たった。
「ん……? どうしたレネー」
「え?」
「……え?」
レネーが触れたと思ったが、そうではなかったようだ。
じゃあ何が……
後ろを振り向くと、そこには俺の顔を覗くフワツジがいた。
おお……かわいい
「フワツジ……どうしたんでしょう? 本来、人から遠ざかって暮らす魔物です」
「そうなのか?」
「はい。ここまで接近してくることはありえません」
「ふーん……」
レネーがフワツジを抱えると、フワツジは小さい足をばたつかせながら、鳴いた。
ん?
その鳴き声は、とても調律がしっかりとしたウッドピアノのような音色を奏でた。
レガシーな雰囲気と、木のぬくもりが感じられる。
それに感化された俺は、ギターを鳴らした。
すると、フワツジは羽を出して、俺の膝に座った。
「なついた……?」
「……かもしれません」
これも音の力ってこと……?
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