懇願
『何やら私のことを話しているようなので改めて自己紹介をしようかと思います』
スッと立ち上がった男は一言で言うなら不気味だ。確かに身長は高い、だが筋肉質というわけでなく肥えてもいない。少なくとも兵士や探索者のようには見えないこの男がどうしてフィリスと一緒に、ましてや嫁に行くことになったのかが不思議でたまらなかった。
まばたきをした瞬間、奴の姿が消えていた。
思わず右に左に首を振って確認するも姿は見えず、すると耳元から
『ナイア・アウトサイダーと申します、レント・サタリューヤ城塞伯様とは、嫁のフィリス共々懇意にさせていただければと思っております』
と囁きが聞こえてきた。
音もなく背後に立たれた。
【城塞伯】という地位になる前は一介の衛兵だった。それでも修練を重ね腕には自信があり国王親衛隊への推薦、国王直々に極秘部隊への入隊の誘いもあった程には鍛え抜いていたのだ。年々衰えは感じるが野盗程度なら片手で葬れる力量は残っているはずだ。
動いた素ぶりは立ち上がった時のみで、音もなく、気配すら感じさせず背後に立たれ囁かれるまで後ろにいることすら気づかなかった。
『フィリスとはある契約を結びましてね、それから共にいるわけです』
振り向くと目元は前髪に隠れ見えないが口元は見てるこちらが痛いくらいに耳元まで裂け、白い歯を見せびらかし、こう続けた。
『ほんの少し興味が湧いたですよ、柔肌を、光を無くしても神に祈る振りをするフィリスに。身体を治す対価は?と聞いたら全てを捧げると叫んで訴えてきたんですよ。惨たらしい姿で生き永らえるのは、若い娘御にはさぞかし苦痛だったのでしょう』
裂けた口元を長く真っ赤な舌が這いずり回る。男から目が離せない。先程とは雰囲気が変わり過ぎて言葉が詰まり唾液が止まらない。
『城塞伯殿、御気分が優れませぬか?』
肩に奴の手が置かれた瞬間、置かれた右肩から爪先まで怖気が走り、情けなくも震えてしまった。
「っだだ、大丈夫だ!」
精一杯振り絞って出した声は裏返りそうになりながらも言い切れた。だが一つハッキリとしたことがある。
ナイア・アウトサイダーはヒトではない
ヒトではないモノでなければフィリスを治せたりはしない。
80年周期で訪れると言われている異世界からの【来訪者】でなければ不可能だ。【来訪者】が訪れる場合は主神ファンマから七大聖天教会へ御告げがあり主要国の王侯貴族に伝えられる。そして桁外れな治癒能力を持つ者は七大聖天教会総本山で療養中と伝え聞いたことがある。
コイツが桁違いの治癒能力保持者だったら多額の寄付金を積んで終わりにできるが、それではないと何かが訴えてくる。
『城塞伯殿、怖い顔になっておりますよ。何か気に食わないことをしてしまいましたか?』
フィリスを嫁にする時点で気に食わない!と言おうと奴の顔を見た
金色の瞳は次々に色を変え宝石のように煌びやかな輝きを見せ始めたのだ。
『フィリスを治した対価は私の嫁になること。全てを捧げると言われたのだ、その程度苦でもありますまい』
目を背けることが出来ない輝き
この世のモノでは表現できない色彩
下等生物を見るような蔑む眼差し
飽き始めた声色
『彼女を傷つけることは致しませんから御安心を。それと最後に』
指を鳴らすと窓の外から奇声が聞こえてきた
『コイツをこちらに預けておきましょう。餌は必要ありませんし小屋を用意する必要もありません。城塞都市周辺の監視をさせましょう』
なんなんだあの黒色のバケモノは?
頭部は馬のようにも見えるが胴体は馬の何倍もあり鱗で覆われている。脚には猛禽類のような巨大な鉤爪、翼に見える部分は何やらギラギラと輝いていて綺麗に見えてしまった。
『コイツを通じて私たちと手紙で連絡がとれます。何卒無碍に扱わないでもらえればコイツも安心して暮らせましょう』
コイツが暮らす?城塞都市で?何の冗談だ?こんなバケモノがいては市民は元より貴族どもが黙ってないじゃないか?!
『声も出せないほど喜んで頂けるとはプレゼントした甲斐がありますよ!』
先程から怒鳴ろうとしても声が出せない。
喉で詰まり、口を開くも間抜けな音が出るだけで呼吸が苦しくなる。
『それでは最後にフィリスの顔を見ながらお別れと致しましょう』
フィリスは終始不思議な顔をしており何が起こっているのか分からない様子だった。
「ふぃ、フィィイィリスッ!逃げるんだ!!!」
『それでは叔父様、さようなら』
意識が瞬時に遠のき、気付いたのはムンナ秘書官が肩を揺さぶりビンタを三往復してる最中だった。




