チヤとの日常
今回はチヤとのお話です。
「起きてください、アオバさん」
俺は身体を揺すられて目を開ける。
「ん……ん?」
目の前にチヤの顔があった。潤む垂れ目が、柔らかそうな唇がーー
「うおッ!?」
「痛い!」
驚いた俺はチヤと額を思い切りぶつけてしまう。
「急に起きないでくださいよ。あいたた」
額を押さえて涙目で睨んでくるチヤ。
「ごめん」
ベットの上で土下座する俺。
「もう良いですから。朝御飯にしましょう。顔を洗ってきてください」
俺は水瓶から桶に水を注ぎ、庭でバシャバシャと顔を洗う。顔をタオルで拭うと朝食が用意された席につく。
「ふふん♪」
「……どうした?」
焼かれた食パンをかじる俺を微笑みながら見つめてくるチヤ。
「いえ。なんだか良いな~と思いまして」
チヤはニコニコ笑う。
「何が嬉しいんだ?」
「家族みたいだなって」
確かに俺は今の時間に安らぎを感じた。赤の他人とは共有できないものだ。
「私がお姉さんで、アオバさんが弟」
「……それ、逆じゃね?」
「そうですか? でもアオバさんはお兄さんらしくないですよ」
「うッ!?」
図星を突かれて俺はパンを喉に詰まらせる。
「もう何してるんですか」
呆れるチヤに水を貰う。
「ありがとう。助かったよ」
俺はパンを呑み込む。
「食べ終わったなら出掛けますよ」
「どこに?」
「アイリスさんのところですよ。とても心配されていました」
「そうだな。無事を知らせないと」
俺たちは身支度を済ませてスペード地区の詰所に向かう。
「アイリスが居ない?」
「はい。アイリス様は本国より緊急の呼び出しを受けまして現在、外出されております」
詰所に着いたは良いが兵士に訊くとアイリスはスペードの国に戻ったらしい。
「居ないのなら仕方ないですね」
「そうだな。どうする?」
「それならーー」
チヤはポンと手を叩く。
「私の買い物に付き合ってください」
ダイヤ地区でゆっくりするのは今回が初めてだった。ちなみにJOKERの力で今はハートの3になって髪はピンクだ。これなら目立たずに外出できる。
「色々あるんだな」
広い路地の両端は売店が隙間なく並べられて祭りのようだった。人もごった返している。
「ダイヤ地区は商売の街。揃わないものはないと言われています」
人波に揉まれながらチヤが説明してくれる。
「それで何を買うんだ?」
「そうですね。一週間分の食材を。おわっと!?」
歩行人に背が当たり、チヤが倒れそうになる。
「大丈夫か?」
「はい。ありがとうございます」
俺は支えるとチヤの手を握る。
「これなら大丈夫だな」
「はい」
チヤは嬉しそうに笑う。
「アオバさんが初めて、お兄さんらしく見えます」
「……そうですか」
俺たちは肉屋に魚屋、青果屋を回り、屋台の串焼きで小腹を満たした。
「意外と荷物少ないんだな」
俺は買い物バックを片手で持ち上げる。
「独り暮らしですので」
チヤは悲しげに目を伏せる。だが嬉しそうに微笑む。
「でも、今はアオバさんが居ますから」
チヤは自分も持っていた買い物バックを俺の前にずい、と掲げる。
「それは……良かった」
俺は気恥ずかしくなり、頬を掻く。
(ん?)
ある一角に俺は気づいた。
「あそこは何の店だ?」
若い女性たちが続々と入っていく店を指差す。
「あそこですか。あれは『イカれた茶会』です。今、大人気の服屋さんですよ!」
俺は凄いネーミングだと思った。確かに看板もひっくり返したシルクハットにティーポットから紅茶を注いでいる絵だった。名前通りイカれている。
「服屋なら行ってみるか?」
俺の提案にチヤは首を振る。
「私の、お給金では高いんです」
「それなら俺が買ってやるよ」
金貨はまだある。
「悪いですよ」
「良いんだよ。俺がチヤにお礼をしたいだけだ」
でも、と渋るチヤを無理やり引っ張って俺は店内に入る。
「なんか懐かしいな」
内装は俺が知っているものと同じで若い女性向けの洋服が所狭しと並べられている。ショッピングモールで、よく妹に連れられてきたことを思い出す。
「わああ! 凄い綺麗です!!」
チヤは瞳を輝かせている。
「初めてなのか?」
「はい! いつもは外から覗くだけだったので」
少女らしくはしゃぐチヤを見て俺は心が温かくなった。
「おっと、すみません」
他の客の女性とぶつかってしまう。
(客が増えた?)
入ったときより客数が多くなり、店内が狭くなる。
(なんだ? やけに客の落ち着きがないな)
女性客が商品を手にそわそわと周りを見渡し、何かを待っている。
「あの、アオバさん」
チヤの声に俺は振り返る。
「アオバさんは、どちらが良いと思いますか?」
若草色のワンピースか、薄桃色のブラウスか。迷うなあ。
「じゃあどっちもで」
「ええッ!?」
俺の独断で購入が決まる。
「淑女の皆さん、こんにちは!」
会計を済ませようとしたときだった。店内に少女の声が響く。
「今から一時間『誕生日じゃない日を祝おうセール』を始めま~す!」
「げッ!?」
声の方を向くと正体はシルクハットのカミラだった。客に紛れて俺のことは分からないみたいだが、このまま見つかれば追いかけられそうだ。
「チヤ、財布を預けるから会計してきたらどうだ?」
「そうですね。セールで、おしくらまんじゅうになっていますし」
女性客が我先にと掴んだ商品を会計していく。
「じゃあ外にいるな」
「はい。すぐに向かいますね」
俺は店の外に出て新鮮な空気を吸いーー
「あれ? お兄さんじゃん。お買い物してたの?」
思いっきり、むせた。
「大丈夫、お兄さん?」
ミカヅキが心配げに俺の顔を覗く。
「あ、え~と」
俺の目はさぞかし泳いでいただろう。
「ん? あ~!」
ミカヅキの卯耳バンダナがピョコンと揺れる。
「安心して。お兄さんを捕まえようなんて思ってないから」
「そ、そうか」
俺は文字通り胸を撫で下ろす。
「でも今度は暇なときに遊びに来てほしいな。今は書き入れ時だから」
「あの『誕生日じゃない日を祝おうセール』か?」
「そうだよ。カミラちゃんが考えたんだよ!」
「……何で誕生日を祝わないんだ?」
ミカヅキは不思議そうに小首を傾げる。
「だって誕生日は一年に一回だけでしょ。それじゃあ限られた人しか楽しめないよ!」
「でも、何でもない日を祝うのは変じゃないか?」
「変じゃないよ!」
ミカヅキは、グイと顔を俺に近づける。
「悲しいことが何も起こらず、普通に暮らせることだって大事な祝日だよ!」
これはマフィアとして日々、殺しあっている彼女だから言えることなのだろう。
「そうだな。普通が一番だな」
この世界は俺にとっては普通じゃないが。
「分かってくれた?」
「ああ、何となくだけどな」
「アオバさん、お待たせしました」
買い物を終えたチヤが店から出てくる。
「連れが来たみたいだね。じゃあね、お兄さん!」
ミカヅキはチヤとすれ違うように店に入った。
「アオバさん、今の人ーー」
「うん? ミカヅキを知っているのか?」
俺はチヤに思いっきり肩を叩かれる。
「知ってるも何も、有名なモデルさんですよ!」
チヤは瞳を輝かせる。
「モデルって、服の?」
「もちろんです! デザイナーのカミラさんにファッションモデルのミカヅキさん。女の子たちの憧れです!」
鼻息を荒くするチヤをドウドウと落ち着かせる。
「アオバさん、凄いですね。お知り合いなんて!」
「ま、まあな……今度、サインでも貰うか?」
昨日追われていたとは言えない。
「本当ですか!?」
「会えたらな。じゃあ帰るか」
「はい!」
チヤは満足そうに返す。
「ふふふ」
「? どうした?」
帰り道、時々笑みを漏らすチヤ。
「いえ。何か楽しくて、つい」
「そうか?」
「はい。こんなに胸が踊ったのは初めてです」
先を歩いていたチヤは俺の前でくるりと振り返る。
「これもアオバさんのおかげです。ありがとうございます」
チヤの笑みは桜だった。とても美しく、だがどこか儚げだった。
「そうか。それなら良かった」
俺からも笑みが漏れた。
「では帰って、お昼にしましょう」
「ねえねえ、あれがJOKER?」
「だねだね、あれがJOKERだ」
幼い双子は顔を見合わせてーー笑った。
「「やっと見つけた♪」」
「アオバさん、これをどうぞ!」
「……何これ?」
昼食を食べ終わったテーブルに紙束がバンと置かれる。
「求人表です。アイリスさんに貰うだけじゃなくて自分で働いて稼ぎませんと」
「確かに」
ヒモ生活は何か嫌だ。それに働く方が帰るための情報が集まるかもしれない。
「働くと言えば今日は休みなのか?」
「大丈夫です。今日はーー」
懐中時計を見たチヤの顔が青ざめる。
「遅刻しました!?」
チヤは勢いよく外へと飛び出していった。
「モミジとは似てないな」
俺は食後のコーヒーを啜った。
チヤーー年齢としては十六才。主人公の妹と瓜二つだが性格は逆。バイトをいくつも掛け持ちしていて、稼いだ給料の半分ほどは教会に献金する奉仕命の少女。幼い頃に両親は亡くなっており、ハートの国の孤児院で育つ。家事は得意で、よく近所の手伝いにいっているためハート地区では親しまれている。形見と贈られた懐中時計を持ち歩いているが、時間にはとてもルーズ。




