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アイリスと勉強

今回はアイリスです。

「……何でここなんだ?」

「仕方ないだろ。詰所は狭い。二人きりになれる場所が、ここしかないのだ」

 それに、とアイリスは嘆息する。

「アオバ。君は一応機密扱いになっている。公然の秘密程度だが。しかし、本来は護衛を張り付けてもよいのだ。なのに君が頑なに拒否するから、私と居る間ぐらいは我慢してくれ」

「それは……ご苦労様」

 トランプの国に来てから一週間、スペードの国から戻ったアイリスと再会したのは一時間ほど前。朝、玄関の扉がノックされて開くと、軽甲冑姿のアイリスだった。

 ひたすら謝罪されて俺とチヤはビックリした。その後、詫びのお茶菓子と共に談笑していた。

 そしてチヤに笑顔で見送られながら連行。現在、人生で二度目の取調室である。

「それで、本当に良いのか?」

 アイリスが俺を試すように見据える。

「ああ、俺はチヤと一緒に暮らす」

 俺は答えた。

「衣食住完備だぞ?」

「それならチヤのところでも揃う」

「小遣いが入るぞ。普通の生活では得られないほどの金が」

「チヤに働けって言われたから良いよ」

「私たちに協力しないのか?」

「協力するよ。俺はスペードの人間だ」

 俺とアイリスは互いに黙った。だがアイリスが微笑んだ。

「そうか。あの子と仲良くなったのだな」

「まあ、元の世界に妹が居たからな。それに近い感覚だけどな」

「それでも良いさ。あの子は知り合いが多くても親しい人間が少ないから」

 アイリスの微笑みに悲しさが混じる。

「チヤには家族が居ないのか?」

 俺の問いにアイリスは目を見開く。

「何だ、聞いていないのか?」

「一人なのは知ってるけど……直接訊くのは、な」

 恐らくチヤと彼女の両親は何事かの理由で会えないのは気づいていた。だが、そのうえで本人に直に訊くのは気が引けるだろう。俺の関心で彼女を傷つけたくはない。

 アイリスは嘆息する。

「あの子は話してくれると思うぞ」

 でも、と渋る俺にアイリスは折れた。

「それなら少し、歴史の授業をしよう。トランプの国の歴史を」

 今から百年前、大陸には一つの大帝国が存在していた。だが一枚岩ではなかったのだ。

 大帝国は帝室を重んじる皇帝派と女神教を尊ぶ教皇派で水面下の争いをしていた。

 その火種が戦火となって大陸を覆うことになるのは今から五十年前。

 当時の十三代大帝国皇帝と女神教教皇六世が大帝国を再び一つにするために大陸の中心ーー現トランプの国で和平への握手を交わそうというときだった。

 二人の前に突如、黒長髪の少女が顕れた。そして謎の絶世の美少女に二人は心を奪われた。国のために幼少時代を犠牲にした若い彼らにとっては衝撃的な初恋だった。

 それだけなら良かった。だが、目撃したのは彼らだけではなかった。侍従に神官、兵士に信者、大帝国の平和が訪れる、その瞬間を見たいと訪れた多くの民たち。

 彼らは見てしまった。

 皇帝が教皇派に兵士をけしかけて、少女を連れ去るところを。

 教皇が奪われた女神を取り戻せ、と信者を扇動したところを。

 この事件後、教皇派は聖戦と謳い、皇帝派に宣戦を布告。

 大陸戦争の勃発となった。

「その美少女が?」

「ああ、大陸で初めて確認されたニホンジンだ」

 俺の問いにアイリスは強く頷く。

「だが、大陸戦争に大きな変化が起こる。今から三十年前のことだ」

 大陸を二分した東の皇帝派ーー白の国と、西の教皇派ーー赤の国。戦時中この二国に保護と言う名の監禁を受けていたニホンジンの少女は自殺した。これが新たな火種を蒔いた。

「愛した者を失った悲しみは皇帝と教皇の争いを止めるどころか、苛烈にした」

 兵役や税は厳しく、苦しくなり、すでに皇帝には誇りが消え、教皇には信仰が欠けていた。

 そして起こった。革命の嵐が。

 最初は皇帝の命による兵役や重税に堪えられなくなった白の国の民が反乱を起こし、続いて女神の名を理由に横暴な行いをした教皇に対して信仰心が揺らいだ赤の国の民も反乱した。この二つの反乱を率いたのは二人のニホンジン。反乱は後に革命となり、十年かけて大陸の南半分を皇帝、教皇両者から解放した。

 平民による自由な国を目指した南東、信仰を捨てて武力と利益を求めた南西。二つは解放した土地を国として旗を掲げた。

 これがクローバーの国とダイヤの国の始まりだ。

「二回目の出現?」

「そうなる。だが革命者であった二人の青年ニホンジンは、クローバーの国とダイヤの国の建国後、ひっそりと姿を消した」

「死んだのか?」

「詳細は明らかになっていない」

 最後にトランプの国が作られた話だ。

 クローバーの国とダイヤの国が誕生し、領土の半分を奪われた白の国と赤の国は、それでも戦争を続けた。白の国はスペードの国、赤の国はハートの国と名乗った。そして理想も理念も違う四国は二十年間も大陸に血を流した。だが計四十年も戦争をしていたら国が保つわけがなかった。人々は理性では終戦を考えたが感情では勝利を切望した。それほどまでに四国は人を殺し、殺され過ぎた。

 そこで現れたのは四人男女のニホンジン。彼ら、彼女らは四国を巡り、代表者に提案した。『停戦してみては』と。そして条件を提示した。『四国で実験都市を造り、今後の戦争の行く末を決める。都市が成り立てば終戦へ。崩壊すれば戦争へ。これが大陸を再び統一するための策だ』と。

「そして見事にトランプの国が完成して今に至る」

「今の歴史にチヤが関係するのか?」

 ただ授業を受けていた俺は訊いた。

 アイリスは強く頷く。

「四国を停戦に導いたニホンジンのうち二人は夫婦だったのだ。そしてチヤはその夫婦の"忘れ形見"だ」

「なッ!?」

 俺は絶句するしかなかった。チヤが俺と同じく、この世界に来た日本人の娘なんて信じられない。

「それは本当……なのか?」

 俺は動揺を隠せないままだった。

「ああ。スペードの国が集めた情報では、そうなっている」

 アイリスは複雑な表情で俺を見返す。

「チヤは自分が戦災孤児で、ハートの国に引き取られたと思っている」

「チヤの両親も消えたのか?」

 アイリスは頷く。

「トランプの国が完成したときには行方不明になっている」

 何てこった。チヤも俺と同じ日本人だったなんて。

 そこで俺は気づく。

「チヤはJOKERじゃないのか?」

 両親が日本人なら娘であるチヤも日本人のはず。

「いや。チヤは確かにハートの国の住人だ。親がどうであれ、生まれたのはハート国で間違いない」

 つまり両親が外国人でも子供は生まれた国の国籍を持つということか。

「というわけだ。同じニホンジンの子供という縁でチヤのことを頼むよ。彼女の友人を自負する私からの願いだ」

 アイリスは柔らかく微笑むと立ち上がった。

「さて、話すことは終わったな。外に出よう。ここは狭苦しいから」

「……最後に一つ」

 俺はアイリスを引き留める。

「俺が元の世界に帰れる方法を知らないか?」

 アイリスは扉のノブに手を掛けたまま止まった。

「言っただろう。ニホンジンは全員、死亡または行方不明だ。帰ることが出来た者を私は知らない」

 背を向けていたアイリスは振り返る。

「戻りたいのか、故郷に?」

「ああ、俺は帰りたい」

「チヤが悲しむ」

「それでもだ。この世界で死ぬには多くのものを置いてきちまった」

「この世界では代えが利かないのか?」

 俺は強く頷いた。

「……そうか」

 悲しげに笑うアイリス。俺は彼女から視線を逸らした。

「まあ良いさ。しばらくはトランプの国に居るんだろ? そのときが来るまではチヤと仲良くしていてくれ」

「どうして、そこまでチヤを気にかけるんだ?」

 友人とアイリスは言ったが、それにしては過保護な気がした。

「私が彼女の騎士だからだよ」

 アイリスは恥ずかしげに微笑むと取調室を出た。


 俺とアイリスは詰所の前での別れ際。

「この前の金貨は使ってくれて構わない」

「それを聞いて安心したよ。色々買っちまったから」

「君という奴は」

 アイリスは苦笑した。

「今度はゆっくりと食事をしよう」

「そうだな。チヤと三人で美味い店に行こう」

「良い店に連れてってやるよ」

 俺とアイリスが談笑しているとスペードの兵士が息を切らしながら駆けてきた。

「あ、アイリス様!」

「どうした?」

 不穏な空気を感じてアイリスは兵士を促す。

「ハンディ姫が家出しました!?」

 兵士の報告にアイリスは深く、深~く嘆息した。

「またなのか」

 

 アイリスーートランプの国でスペードの兵士を統率する騎士の一人。年齢は二十歳。トランプの国の治安維持に尽力している。チヤとは幼い頃からの友人で彼女の姉のような存在である。辛いものが好きだが、チヤが苦手なので控えている。普段はスペード地区の詰所で寝食をしているが休みの日はチヤの家で過ごすほど、彼女のことを大切にしている。通常業務以外にも最近はアイリス目当ての見合いの話やラブレター(八割が女性から)が大陸中から寄せられていて、それを捌くのも彼女の仕事になっている。

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