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怪盗は迷い猫にいる  作者: うろこ雲
月下美人編
12/14

12.奪取と断罪


「初めまして諸君、俺の名は怪盗【BLACK(ブラック) MOUTH(マウス)】だ」


 姿を現した【BLACK MOUTH】に会場内が凍りついた。


 これまで噂話で聞いたことはあっても誰も目にしたことがない"虚無の怪盗"。

 その登場と不気味な仮面姿に誰もが言葉一つ発せず指一本動かすことが出来なかった。



 そして……



 この仮面の怪盗の正体はもちろん影山(かげやま) 天牙(てんが)である。


 天牙は不敵な態度で一礼しながら仮面の裏側では羞恥に(もだ)えまくっていた。


(あああああああ!!!恥ずかしい!なんだよ"諸君"って!?どこのキザ野郎だよ!こちとらその辺の男子高校生だっつうの!

 というかなにこの羞恥プレイ?衆人環視の中タキシードに仮面とシルクハットとか!!ここはフランスじゃねぇんだぞ!帰ったら絶対舌莉をぶっ飛ばす!!)


 さっき言ったセリフやこの格好を考えたのは黒条(こくじょう) 舌莉(ぜつり)である。


 【BLACK MOUTH】の会議でどう盗むかの作戦が固まり、いよいよ当日の変装の話になった時、舌莉が意気揚々と取り出してきたのがいま天牙が着ている格好なのだ。


 舌莉は試着の時点で羞恥に悶える天牙を見て溝口(みぞぐち) 小夜(さよ)と一緒に口を押さえてぷるぷる震え。

 何度も他の装備にするよう言って反対するも天牙の要求は聞き入れられず、多数決で無慈悲にも決定されてしまったのである。



(落ち着け天牙。平常心だ。俺は恥ずかしくともフロアにいるこいつらはビビってそれどころじゃないはずだ。素数を数えて心拍数を低くしろ。2、3、5、7、11…)


 だが平静を乱す冷たい声が右耳につけたイアホンから聞こえてきた。


『天牙君?聞こえてるわね?返事はいらないわ』

(!!)

『今小夜のハッキングした会場内の防犯カメラと天牙君のマイクから様子を見ていたのだけれど………っっっ最っ高よ』


 笑いを押し殺した声で最大の賛辞(煽り)を口にする舌莉。

 天牙はその場で転げ回りたくなるのを歯を食いしばって耐えきり、イアホンの向こうにいる舌莉へ呪詛を送った。


『まあ天牙君の恥ずかしい格好については後でじっくり楽しくお話することにして』

(くそっ毒舌莉め!)

『今は目の前のことに集中して。【月下美人】とアレは無事手に入れたわね?第2段階にいきましょう』

「分かった」


 天牙は仮面の内部に取り付けられたマイクに向かって小さくつぶやいた。





「ハッ【BLACK MOUTH】だと?」


 ようやく硬直が解けた善二が天牙を見て言った。


「その通りだが?」

「お前が【BLACK MOUTH】のわけがないだろう。奴は決して人前に姿を現さない怪盗だ。その姿を見た者は誰もいないんだからな!」

「それは噂話だろう?今こうして諸君の目の前に姿を見せているじゃないか」

「偽物だ!お前は【BLACK MOUTH】を(かた)っている薄汚いコソ泥でしかない!!」


 (つば)を飛ばしてそうまくし立てる善二。

 だがその手は(かす)かに震えていた。

 それは怒りと焦りによるものだと天牙は見抜いていた。


 善二は完璧主義者、つまり全てが自分の思い通りにいかないと気が済まないタイプだ。

 毎朝必ず同じ時刻に出勤し、仕事も食事も何もかも自分の計画通りに事を進める。

 少しでも狂えば取り乱し、無理やりにでも軌道修正を試みる。

 そういう男だった。


 ならばそれを崩すのは容易い。

 まずは彼の計画通りに事を進めさせ、あと一歩というところで梯子(はしご)を外してやればいい。


 今回は【White Eye's】に出し抜かれたふりをして偽の【月下美人】を(つか)ませ、調子に乗った善二が気を抜いたところで本物の【月下美人】を頂く。

 日頃から交流のある暴力団の組長なら善二に近づいても違和感はない。


 そして作戦は見事に上手く行った。


「偽物ねぇ」

「そうだ!貴様は偽物だ!!」


 いくらか調子を取り戻した善二の口元に笑みが戻るが、天牙はそれを許さなかった。


「だからどうした?」

「!?」

「偽物とか本物とかどうでもいいんだよ。問題は盗みが成功したか否かだろう?俺が【BLACK MOUTH】だろうがそれを騙った偽物だろうが今この手に【月下美人】があることが重要だろ?」

「ぐぬっ!」


 天牙が手もとで【月下美人】をちらつかせる。

 善二は真っ赤になって怒り狂いながらも言い返せなかった。


「【White Eye's】を出し抜いてさぞご機嫌だったんだろうが残念だったな。漁夫の利ってやつか?今【月下美人】を手にしてるの俺だ。コソ泥程度(、、、、、)に出し抜かれた気分はどうだ?」

「ぬぉおお!!」


 挑発に怒りが(せき)を切り、善二が拳を振り上げて天牙に踊りかかった。


 だが素人に毛が生えた程度の、しかも怒りに任せた攻撃が天牙に通用するはずもなく。

 天牙がチョキの手で手首をつかみ飛びかかった勢いを利用した投げ技をかける。

 善二は宙を舞い、地面に勢いよく叩きつけられた。


「がハっ!!?」

「おいおいもう少し粘れよ。張り合いが無さすぎるぞ自称策士」


 頭上から天牙の呆れた声がかかるが、衝突の勢いで肺の空気を一気に吐き出された善二はそれどころではなかった。


「ナルシストの方が良かったか?執務室の鏡で何回髪型直すんだよ。オールバックの意味がないだろ。オッサンに変装してる苦痛が倍増したぞ」

「ぐっこのコソ…ぐあああ!!」

「うるさい」


 反撃のために起き上がろうとした善二の胸の上を天牙のブーツが踏みつけて黙らせた。


 そこで舌莉から呆れたような声で通信が入った。


『天牙君、お楽しみのところ悪いのだけれどそろそろ本題に入ってもらえるかしら?あと口調が乱れに乱れているわよ?』

「おっと失礼」


 天牙はヤクザじみた口調になっていたのを芝居がかったものに戻す。


「さて、このまま帰ってもいいのだが……こんなものがあってな?」


 天牙の取り出したものを見て善二は大きく目を見開いた。


 天牙の手にあるのは月ノ宮家の借用書だった。そしてその裏にもう一枚、水蓮の秘密を話さない代わりに彼女と善二と婚約させる旨の誓約書があった。


「そ、それは金庫にしまってあったはず!!?」


 驚きで口を大きく開ける善二。


「ん?執務室の金庫のダイアルを適当に回したら簡単に空いたんだが」

「き、貴様勝手に……!」

「おっさんに変装してたから簡単に盗み見ることができたぞ。まあ次から金庫を開ける時はもう少し気をつけるんだ。俺みたいに覗き見る人間がいるかもわからないからな」

「うぉおおおお!!」


 自分を押さえつけている足を掴み、全力で起き上がろうとする善二。

 だが天牙は重心を上手く捉えてつま先一つで容易く押し返した。


「ぬあああ!」

「工夫がないぞ」


 そして芝居がかった口調で組み伏せている善二に笑いかけた。


「それはそうと夏なのにクーラーで肌寒いんだが……ちょっと暖を取りたいと思わないか?」


 続けて(ふところ)からライターを取り出した天牙を見て善二が焦り出す。


「まさかっ」

「はいちょっと火を使うから気をつけてくれたまえよ」

「やめっ!!」


 善二の制止は足先で抑えられ、ぽうっと灯ったオレンジ色の(ほのお)がメラメラと紙を燃やしながら書類の下から上へと登っていく。


 全てが燃え尽き、灰と化したのを見届けると天牙は満足そうに頷いた。


「これでよし」

「殺す!絶対に貴様はこの手で殺す!!」


 天牙に押さえつけられた善二は射殺さんばかりの視線で天牙に呪詛を撒き散らした。


「ん?そんなに大事なものだったのか。悪かったな。そのかわりにいいものをあげよう」

「いいもの?」

「そうだ。暖かい食事と寝床が約束されるいいものだ。ほれ」


 そう言って天牙は横に置いた黒いバッグを持ち上げ、中身をぶちまけた。


 大量の書類が中から飛び出て、空調機の風に乗って宙を舞う。

 そのうちの1枚が手元に来たのを水蓮が(つか)んだ。


「これは……!!」


 目を見開く水蓮。

 その他の人々も落ちてきた書類を見て驚きの表情を浮かべた。


「な、何をした!」


 周囲の反応を見て慌てた善二の側にも紙が落ちてくる。


「な、なー!?」


 手で引き寄せた書類に目を通して青ざめる善二。


 それは脱税や横領、詐欺、脅迫など善二が今まで神成(かみなり)組とやって来た数々の悪事の証拠が書かれていた。


「お前の今までの不正その他の証拠だ。言った通り暖かい食事と寝床が提供されることになるだろう?ただし鉄格子のある物件だけどな」


 呆然とする善二から足をどけてスタスタと離れる天牙。


「き、貴様何者だ!」


 背を向けて立ち去る天牙に掠れた声で叫ぶ善二。

 その顔には絶望と怯えが浮かんでいた。


「怪盗【BLACK MOUTH】だ。最初に言っただろう?」


 天牙は振り返ることなくそうつぶやいた。


 そこで舌莉から通信が入る。


『天牙君、不審に思った警官隊が突入して来たわ。小夜が脱出ルートを割り出すからそれに従って退場しなさい』

「分かった」



「こ、殺してやる!!」



 天牙が背後から聞こえた大声に振り返ると、全てを失った善二がナイフを構えていた。

 だが刃物を見た天牙の反応は淡白だった。


「銃刀法違反だぞ?つーか学習しろよ、そんなオモチャでどうにかなるとでも思ってんのか?」


 コキッと指を鳴らした天牙に血走った目の善二がゆっくりと近づいてくる。


『天牙君、彼は水蓮の力を知っているわ。きっちり口封じなさい』

「あ〜そうだったな、了解」


 早口で告げられた舌莉の指示を聞くと、天牙は右足を引いて腰を低く構えた。

 肘を曲げて右手を後ろに、中指と人差し指の2本を突き出し、狙うは襲いかかってくる善二の側頭部。


「舌莉の命令なんでな、悪いが消すぜ?」


 にやりと獰猛(どうもう)に笑った天牙がグッと指に力を込めた。

 すると天牙の2本の指がうっすらと光を放ち始めた。


「死ねぇええええええ!!!!」

「影山流奥義ノ三・改『海消(うみげし)』」


 善二が飛びかかりナイフを振り下ろしたその刹那、天牙の体が掻き消え、光が爆ぜた。


次の話は7/8までに投稿したい!これ以上遅れるわけには!

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