11.裏の裏のそのまた裏
厳重な警備の中、まんまと【White Eye's】に出し抜かれて【月下美人】を奪われてしまった。
だが孤宝博物館の館長・村山 善二は銀縁の眼鏡を指で押し上げ、不敵な笑みを浮かべて言った。
「【月下美人】は盗まれてなどいませんよ?なぜなら今日は一日中ずっと私の胸ポケットに入っていたのですから」
「どういうことだ?」
月ノ宮 満が困惑顔で尋ねる。
善二は周囲の人間に向かって薄気味悪い笑みを浮かべると、両手を広げて大袈裟な身振りで説明を始めた。
「今しがた【White Eye's】に奪われた【月下美人】は良くできた偽物です」
「偽物…だと?」
「ええ。しかもあれには発信器が内蔵されているので、今頃彼らはGPS信号を辿った神成組や警察に追われていることでしょう」
ニヤリと笑う善二。
そこで善二はおもむろに上着の左の内ポケットから青い化粧箱を取り出した。
「こちらが本当の【月下美人】になります」
善二は化粧箱をゆっくりと開いた。
「水蓮、確認を頼む」
緊張した顔で満が娘に鑑定を任せる。
月ノ宮水蓮が善二から化粧箱を受けとり、中をあらためた。
「確かにこれは【月下美人】です」
じっと眺めていた水蓮は顔を上げて"本物"であると断定した。
「【月下美人】は無事、おまけに怪盗一味が捕まるのも時間の問題ですね」
善二は水蓮に手を差し伸べて言った。
「では水蓮こちらに来なさい。私達のことについて重要なお知らせをここで発表しようじゃないか」
薄く笑いながら水蓮を手招きする善二。
「どうした?」
だが水蓮は善二の下へ行こうとはしなかった。
「言ったはずです。私は貴方のものにはならないと」
「あ"?バラされたいのか?」
「っっ…!」
ガラリと口調を変えて本性を露わにした善二に水蓮の肩が震えた。
「月ノ宮家が黒条家にすら隠していたその秘密を知られてもいいのか?」
「そ、それは…」
「偶然とはいえ私に知られたその"力"が広く知れ渡ればどうなるか分かっているだろう?世界が傾きかねないその"力"を狙って月ノ宮家に大量の犠牲者が出るぞ?」
「貴方だって、私の"力"が欲しいだけではないですか!!!」
叫ぶ水蓮を善二は笑い飛ばした。
「クハハハッ!!当然だろう?誰もが夢見た"力"が欲しくならないわけがない。だが俺なら上手く制御できる!!月ノ宮家に被害が及ばないようにすることも可能だろう」
「来い水蓮。どの道お前に選択肢などないのだから」
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月ノ宮 水蓮には不思議な"力"がある。
彼女がその"力"に気づいたのは7歳の時だった。
いつもの朝、父の満と母の鏡子に挨拶をして目が合った時にそれは起こった。
仕事場で暴漢に襲われ、ナイフで深く傷つき、たくさんの血を流して動かなくなる父の姿。
まるで自分が目の前で見ていたように、現実で起こったかのようにその映像が"視え"、ショックのあまり水蓮は気絶した。
それが初めて"力"を使った時。
30分ほどで目を覚ました私を覗き込んでいたのはひどく心配した様子の両親の顔だった。
私は起き上がるとすぐに気絶する前に"視た"ことを話した。
混乱して取り乱し、泣きじゃくりながら何度もつっかえて説明する水蓮に両親は辛抱強く耳を傾けてくれた。
そして幼い水蓮の突拍子もない話を半信半疑ながらも無視しなかった両親は、すぐに満の会社に連絡して警備を強化した。
行かないでと強く握った裾を引っ張る水蓮の頭に満は優しく手を乗せて、「大丈夫だ」と宥めて会社に出掛けて行った。
夜になって帰って来た満は無事だった。
だけどとても驚いていて、そして深刻な顔をしていた。
水蓮が"視た"通り、会社に入った瞬間に満はナイフを持った男に襲われた。
だが、あらかじめ警戒していたおかげで大事に至ることもなく暴漢を取り押さえることが出来たと水蓮にお礼を言った。
そしてすぐに家のごく近しい間柄の者だけを話の内容を誰にも聞かれないような部屋に集めた。
水蓮の"力"のこと、そしてその制御と秘匿のこと。
幼い水蓮にも分かるように丁寧に、そして厳しく満は話した。
お話の間母の鏡子は私を抱きしめて泣いていた。
水蓮の使える"力"は2つ。
一つは目が合った相手に起こりうる未来を見通す力。
もう一つは自分の手が頭に触れた相手の過去を覗く力。
この"力"は制御が難しく、意図せずとも"視え"てしまうため幼い水蓮は"力"を行使してしまった反動で何度も寝込んだ。
勉強は嫌いではなかったため家庭教師の先生に教わり相応の知識は身につけていた。
だが、安定しない"力"の行使とそれが発覚してしまった時の恐れで学校に行くことは出来なかった。
外に出掛けるのにも制限がかかる。
外に出ればそれだけ多くの人に出会い、その中で"力"を使ってしまえば負担がかかるからだ。
両親は"力"をもつ水蓮を突き放すことなく疎むこともなく優しく接してくれた。
15歳になる頃には分別がつき、"力"の制御も出来てきた私に自由に外に外に出ることや学校に行くことを許可し、また勧めてくれた。
しかし水蓮は、自分"力"が発覚し月ノ宮家に大きな被害が及ぶことを恐れ、家から出ることがなかなか出来なかった。
そしてある時恐れていたことは起こる。
【月下美人】の展示の交渉に月ノ宮家を訪ねてきた村山 善二に水蓮が"力"を従者に使っているところを見られてしまったのだ。
善二は鋭く、すぐに水蓮の"力"の正体に気づき、その有用性目をつけ、それを利用しようと考えた。
その後善二は家令を娘を暴力団に誘拐させて脅し、偽の借用書を作ると、私の"力"を言いふらされたくなければ私の身柄を差し出すように要求して来た。
建前上は水蓮と村山との婚約だが、実際は善二の都合の良い駒としてその支配下に入れられる奴隷のようなものだった。
満はその要求を突き返して黒条家に助けを求めようとしたが、水蓮の"力"が発覚することによって彼女の身になにかあってはと案じて逡巡するうちに期限の時が来てしまったのだ。
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「来い水蓮。どの道お前に選択肢などないのだから」
手を差し伸べ、強い口調で言う善二。
だが水蓮は動かなかった。
「どうした?早く来い。月ノ宮家の者たちがどうなってもいいのか?」
「いいえ、私は貴方のところには参りません」
「なに?」
水蓮の持つ"未来を見通す力"と"過去を覗き見る力"は強力だ。
善二のように悪意ある者に知られてしまえば水蓮を求めて争いが起こるだろう。
「私はお断りしています」
水蓮は気づいていた。
善二はの"力"を利用しようと考えると同時に恐れてもいるということを。
だから今も水蓮に目を合わせようとはしない。
そして水蓮は"力"で一度だけ善二を"視"て知っていた。
善二のシナリオ通りに、彼の思い通りにはならない。
善二の計画も悪意も全て不気味に笑う仮面の怪盗が打ち破るから。
「私は貴方の物にはならない。貴方の計画通りに事は運ばない」
「そういうことだ」
善二の横からぬっと手が伸びて、【月下美人】の入った化粧箱が奪い取られた。
犯人は善二に協力しているはずの神成組の組長・源三郎だった。
「組長さん、なんの冗談でしょうか?」
驚愕の表情を浮かべながらも言葉だけは冷静になる善二。
「いや、儂はただ単にこの【月下美人】が欲しかっただけだぜ?」
「冗談はよしてもらおうか、迅雷 源三郎殿」
ギロリと睨んだ善二に源三郎はニヤニヤをした笑みで答えた。
「おいおい、俺を暴力団のジジイと一緒にすんなよ」
急に若々しい男の声になる源三郎。
その変貌に周囲は聞き間違えかと源三郎を困惑顔で見た。
「空耳だと思ってるのか?じゃあ今聞こえている声はなんだろうな?」
源三郎が顎の辺りに手をかけたかと思うと、ベリッという音がして顔が剥がれ、中から不気味な仮面が現れた。
「誰だお前は!!」
見知らぬ男の登場に善二が声を荒げる。
源三郎らしい突き出た腹は男がボタンを外すと空気の抜ける音と共にみるみるしぼみ、白髪混じりの鬘を外すと黒々とした髪があった。
脱いだ派手なスーツから現れた細身の全身は引き締まり、鍛錬を感じさせる身体をしている。
黒いタキシードに白シャツ、黒ネクタイという出で立ちの男の顔は不気味に笑う口元がくりぬかれた白いマスクで隠れていた。
そして男はどこからか取り出したシルクハットを被ると、肩を鳴らして質問に答えた。
「ん?まあ俺を知らないのも無理はないか。巷じゃ都市伝説か何かだと思われてるみたいだしな」
「都市伝説だと?」
「ああ、人知れず忍び込んでいつの間にか美術品を盗み出すとか大層な尾ひれが付いてんだよ」
男は頭をかきながらそうボヤいた。
手で外したシルクハットを胸の前にあて、粗暴な口調に合わない優雅な礼をした。
「初めまして諸君、俺の名は怪盗【BLACK MOUTH】だ」




