10.白き瞳の華麗なる襲撃
時刻はまもなく午後7時。
【White Eye's】の襲撃予告まであと10分を切ったことで警備員を始めとした関係者全員に緊張が走っていた。
6時までには来場者全員の退場を完了させ、慌ただしく最終確認をしているうちに犯行予告時刻まであとわずかになっていた。
【月下美人】の周りには神成組のなかでも腕利きの6人の屈強な男達が固め、その周りをぐるりと警備員が囲んでいた。
監視カメラのモニター室とは定期的に連絡を取り、館内の監視を強化。
博物館の外には警官隊が囲み野次馬やマスコミの整理及び、いざという時の犯人の捕縛を担当してくれている。
月ノ宮家からは当主の月ノ宮 満と月ノ宮 水蓮が従者を連れてやって来ていた。
そしてその横には館長の村山 善二と神成組の組長・迅雷 源三郎が立っている。
厳戒態勢の中、いよいよ犯行予告時刻の5分前となった。
「モニター室へ、不審な人物はいるか?」
『こちらモニター室。監視カメラに不審人物等は映っていません』
「了解。引き続き頼む」
ピーン ポーン パーン ポーン♪
「「「!!!?」」」
突然鳴り響いた館内アナウンスのチャイム。
フロアにいる全員に混乱と緊張が走る。
『ザザ……あ、あーマイクテス、マイクテス。んと、聞こえてる?』
合成音声のような加工された声がスピーカーから流れ始める。
その口調は聞いている者の緊張とは裏腹にひどく気の抜けたものだった。
『えーこんばんは。はじめまして【White Eye's】です。今日はお集まり頂きありがとうございます。本日はホームページに載せた予告の通りに【月下美人】を頂きに参りました』
予告通りにやって来た【White Eye's】。
フロアの中は極度の緊張で張り詰め、犯人の次の言葉を待った。
『しゃべるの疲れた……やめていい?』
気だるげな一言に比喩抜きで数人がずっこけた。
「モニター室何をしている!?監視カメラの確認を急げ!」
いち早く冷静さを取り戻した善二が通信マイクに向かって叫んだ。
『あ、監視カメラの映像はハッキングしてるからモニター室は役に立たないと思う』
どうやら善二達の通信を傍受しているようで、軽い調子の指摘がスピーカーから発せられる。
善二はその言葉で監視カメラ以外に取り付けた電子システム制御の防犯装置も役に立たなくなったことを悟った。
『えと……これも読むの?めんどくさい…』
覇気の感じられない放送は続く。
『はぁ……私達【White Eye's】が予告状を出した訳を説明します』
用意された原稿を読んでいるような口調。
だが会場の人々はスピーカーの声に耳をすませた。
『孤宝博物館の館長村山善二は月ノ宮家に偽の借用書を使って脅しをかけています』
「!!?」
驚愕の視線が善二に集まる。
善二は【White Eye's】がその情報を握っていたことに口を半開きにした。
『その担保が【月下美人】。しかもそれだけではなくもう一つ弱味を握って月ノ宮水蓮の身柄を要求している。建前上は婚約ということにしているけれど、これは立派な脅迫罪』
「何を根拠に!!」
すぐに硬直から立ち直った善二はスピーカーに向かって噛み付いた。
『ん?孤宝博物館の執務室に盗聴器をしかけておいたから悪巧みの内容はバレてるよ?』
「3時のおやつはクッキーだよ」みたいな軽い口調でそう返す【White Eye's】。
『とりあえず【月下美人】を貰いに来ただけ。いくら盗難とはいえ月ノ宮家から借り受けている形のものを盗まれたとあっては大事。孤宝博物館は泥棒に簡単にやられるところという悪評がついて今後外部からの展示品の貸し出しは渋られるよね?』
善二は否定せず、スピーカーを睨みつけるだけだ。
『他にもいっぱいあるけどめんどくさいからまた今度。適当に証拠をマスコミと警察に送っとくから。そういうわけで【月下美人】はもらうね?バキュン』
ビシビシビシッ!!
フロアの角から銃撃が放たれ、防弾ガラスに被弾。
フロアにいた人間の多くが恐怖で床に伏せる。
だがそれに対策を怠っていなかった善二は涼しい顔で立っていた。
「はっ!このショーケースは防弾ガラスなんでね。そう簡単に……」
『やっぱり事前に準備したのは対処されたか〜裏にしたものを表に戻されるのはきついよね〜』
スピーカーから聞こえる声がさっきよりも少し高く妙に間伸びしたものに変わる。
どうやら館内放送ジャックは【White Eye's】の2人目のメンバーに交代したようだ。
『まあ、それのさらに裏をかけば問題ないけど〜?』
「?」
その一言に全員が首を傾げる。
次の瞬間、ブシュッと空気の抜ける音がしたかと思うと、防弾ガラスで出来た囲いが台座から弾き飛ばされた。
「なぁっ!?」
『台座に仕掛けておいて防弾ガラスを弾き飛ばせばわざわざ割る必要はないよね〜?』
にこにことスピーカーの向こうで笑っているのが分かる楽しげな口調。
「絶対に渡すな!周囲を警戒しろ!!」
露わになった【月下美人】を死守するように檄を飛ばす善二。
銃声に蹲っていた男達が素早く起き上がったのとほぼ同時、警備員の輪の中から1人の女性警備員が【月下美人】目掛けて飛び出した。
「そいつが【White Eye's】だ!止めろォ!!!」
叫ぶ善二。
それを素早く抑えにかかる男達。
女性警備員は抵抗したが、屈強な男数人の前では無力だった。
「やっぱりお前か。17日前から潜入していた女の警備員。お前が怪しいことは最初から分かっていた」
数日前に部下に調べさせた中で一番怪しかった女の警備員。
善二は組み伏せられた【White Eye's】のうちの1人に薄気味悪い笑みを向けた。
「さしもの【White Eye's】もこの警備のなかでは無力だったな。まあハッキングその他の手腕については認めてやる。言い訳は牢屋でゆっくり聞いてやるよ」
「えっと、私はそのホワイトアイズさん?とは関係ないですよ?」
警備員の帽子を外した女の警備員が首を傾げてそう言った。
「はっ今さらそんな言い逃れが通用するとでも?」
「よく分かりませんが、私は3週間くらい前にある女の人にここの警備員になるよう頼まれただけです。後は7月7日の午後7時5分にショーケースに向かって走るように頼まれました」
「何?」
嘘を言っている様子のない女に善二は眉をひそめる。
逃亡しないように左右を男で固めさせて一旦立ち上がらせ、話を続けるように促した。
「変な依頼でしたがお金をたくさんいただいたので。依頼は達成したのでもう帰ってもいいですか?」
服についた埃を払ってそう言った女の警備員に善二は目を大きく見開く。
「ちょっと待て。お前は【White Eye's】じゃないのか!?」
「よく分かりませんが違うと思います」
「そういうことよ」
後ろから響いた快活な声に善二達は一斉に振り返った。
「なっ!」
そこにはいつの間にか現れた全身黒いスーツの仮面の女が立っていた。
女の手には【月下美人】が輝き、横にいた男達が白目を剥いて気絶し、床に転がっている。
「思ったより簡単だったわね。Showの変装術もたまには役に立つわ」
『Rainちゃんひどいよ〜|』
「必要ないことは多かったわ。仮面で十分だと思ったことも何度かあるし」
『うぅ……いつも頑張ってるのにひどいよ。Light ちゃん慰めて〜』
『うっとおしい』
館内放送をジャックしながら緊張感のない会話をする【White Eye's】のメンバー。
2人はどこにいるか分からないが、これで【White Eye's】のメンバー全員が確認出来た。
"Rain"と呼ばれた女の足下には男物と思われる大きめスーツが置いてあった。
そして【月下美人】を囲んでいたはずの男が1人いない。
「まさか神成組の構成員に化けていたのか!?」
「女に化けるとは誰も言っていないわよ?」
「だがどうやって!?」
ピッタリしたスーツを着ているから分かるが"Rain"の体型はかなり引き締まっている。
がっしりとした筋肉質の男に扮するのはかなり難しいはずだった。
「ん?ああそれはLightの発明ね」
「発明?」
「これでどんな体型でも思うままに偽装できるわ」
スーツの中から肌色の布のようなものを取り出して見せる"Rain"。
どうやら【White Eye's】には特殊な道具を発明するエキスパートがいるらしい。
「ま、詳しく説明するほどお人好しじゃないけれど」
そう言って黒い袋に着ていたスーツなどを詰め込んでいく。
Rainは床に倒れたまま動かない屈強な男達を見下ろしてため息を吐いた。
「あんまり強いのがいなかったわね。不意打ち気味とはいえもう少し粘れないの?」
呆れたようにそう言うが、今回善二と源三郎が選出した男達は腕に覚えがある者ばかりだ。
Rainのような華奢な体躯の女が簡単に倒せるものではない。
「時間ぴったりね。もらうものはもらったから失礼するわ」
右腕にはめた時計を確認してそう言う"Rain"。
時刻はちょうど7時7分。
予告通りの時間だった。
「この人数相手に逃げられるとでも?」
「そうだけど?」
善二の言葉に軽く答える"Rain"。
だが彼女のいる場所はフロアのど真ん中。
四方を警備員に取り囲まれて逃げ場はない。
「捕らえろ!!」
善二の掛け声で一斉に"Rain"に詰め寄る警備員達。
「あ〜動くと危ないわよ?」
捕まえようと真っ先に手を伸ばした警備員の体が突然ビクッと痙攣し、そのまま床に倒れた。
よく見るといつの間にか"Rain"の周囲半径1メートルに細いワイヤーのようなものが張り巡らされていた。
そのワイヤーは"Rain"の持った黒い箱に接続している。
「Light特製の"痺鋼線"よ。触るとスタンガンと同じ効果があるわ」
触れれば高圧電流が流れるワイヤーと聞いて警備員は"Rain"に近づけない。
すると天井の通気口から1本のロープが垂れ下がって来て"Rain"はその端を腰のベルトにカチリとはめた。
「今度から天井の通気口もきちんと確認しなさい。じゃあね」
瞬く間に上に引き上げられ、【月下美人】を奪った"Rainは天井の通気口の裏に消えた。
「奴を追え!逃がすな!!外の警察に連絡しろ!!!」
声を限りに叫ぶ善二。
大勢の警備員は慌てて外に出て行った。
だが……
「フフフ……」
「フハハハハハハハハハハ!!!」
突然狂ったように笑い出す善二。
周囲の人間は気が触れてしまったのかと笑続ける善二を引きつった表情で見た。
「いやあ我ながら素晴らしい演技だったと思いますよ?」
ようやく笑うのをやめて顔を上げた善二はそう言った。
「善二の坊よ【White Eye's】を捕まえるつもりはなかったのか?」
不機嫌そうに睨む源三郎に善二は肩を竦める。
「いえ。本気で捕らえるつもりでした。まあ向こうの方が1枚も2枚も上手でしたが」
「だが、【月下美人】を盗まれたことは事実だ。どう弁償するつもりなんだ?」
それまで黙っていた月ノ宮 満が怒りの目で善二を糾弾する。
「いえ【月下美人】は盗まれてなどいませんよ?」
「は?」
善二は上着の左の内ポケットから青い化粧箱を取り出してニヤリと笑った。
「なぜなら今日は一日中ずっと私の胸ポケットに入っていたのですから」




