兄妹の二人 4
兄妹の二人編、完結です。
「藤井さん、家まで送る」
食器を洗っていた坂上が後ろから声をかけてきた。
「え、別に一人で帰れるよ」
「藤井さん、今は物騒な世の中なんだからさ、性別が女なら襲われる対象になるの。たとえどんな人間でも」
むっ。標準語しゃべんなや。上から口調がなんかむかつく。
「えー、おねぇちゃんもうかえっちゃうの?」
ハルカちゃんは残念そうにしょぼんとする。
「うん。ごめんね」
「……また、きてくれる?」
上目遣いでそう言われちゃ、断れません。
「行く!!ハルカちゃん大好き!」
思わず、ハルカちゃんを抱きしめてしまった。
「ハルカもねぇちゃんダイスキ!」
持って帰りたい!
ハルカちゃんに見送られて、玄関を出た、坂上とあたし。
しばし無言で暗くなった道を歩く。
そっと坂上の方を見る。
全く、何考えてるんやろ。
みーんなこんな男のどこがいいんやろ。
まぁ、確かに顔はイケメンで、頭良くて、背高いし…優しいところもあるし、妹思いやし…。
「俺の顔なんかついてる?」
はっ。
「べっべつにー」
見とれてたわけちゃうもん。
ただ…ただ?ただ…何?あたし何考えてんねん。
ないないないない。そんなのない。ありえへん。ないないない。
「今日は、ありがとう」
突然隣から聞こえてきた言葉に、私は思わず歩くのをやめた。
「なっ、なによ。いきなり。びっくりするやん」
「ハルカと一緒にカレー食べてくれて助かった」
坂上は、前をむいたまま話し続ける。
「ハルカ、最近一人で晩ご飯食べること多くてさびしそうにしてたし」
「ハルカちゃん可愛いね」
「俺の妹やから当然」
なんかムカツクなぁ。
「……ハルカちゃん、お兄ちゃんが一番好きやって」
「え?」
「坂上が皿洗ってるとき、ハルカちゃんに聞いてん」
「ふーん」
今日、坂上の家に行って、あたしはなんだか気づいてしまったかもしれへん。
でもそれを認めたくなくて、違うって思いたくて、必死で言い訳してた。
ハルカちゃんの坂上のことを好きな気持ちと、あたしのお兄ちゃんを好きな気持ち。
「一緒なんかな…」
言葉に出してしまうと、少しだけ楽になった気がした。
そして、少しだけ泣きたくなった。
「あたし、お兄ちゃんのこと好きやねん」
「うん」
「おっちょこちょいなとことか、嫌々行っててもあたしのお願いきいてくれることとか、頭をくしゃって撫でてほめてくれるとことか…全部」
あたしのバカな言葉を、坂上は無言で、こっちを見ずに聞いてくれる。
「めちゃくちゃ好き…」
「うん」
視界が涙でぼやける。
と、同時に、あたしの体はふわっと何かにつつまれた。
「さ、か…がみ?」
あたし…抱きしめられてる?
「うん」
あたしが名前を呼ぶと、耳元から坂上の声が聞こえてくる。
「なにしてん…の」
しゃくりあげながら聞くと、坂上はいつもの口調で
「抱きしめてる」
と返してきた。
ほんと、意味わからん。
でも……落ち着く。
「藤井さん、言いたいこと言って、俺聞いてるふりするから」
「何それ…」
「いいから、全部言ってしまえ」
坂上は、ぎゅっと強くあたしを抱きしめる。
あたしは、その言葉に甘えて、心の中のドロドロした気持ちを、声に出すことにした。
坂上になんて一生素直になることないって思ってたんやけどな。
「ずっとお兄ちゃんと一緒やと思ってた」
「うん」
「でも…お兄ちゃん突然あたしの前から消えて」
「うん」
「お兄ちゃんの一番やったあたしが…二番目になってた」
「うん」
「陽依、可愛いから。会ったとき負けたって思った」
「うん」
「お兄ちゃん、陽依と付き合いだしてから…前のように構ってくれへん」
「うん」
「どんどん遠くに行って、あたしだけ一人ぼっち」
「うん」
坂上の心地良い相槌にまかせて話していたら、いつの間にか涙は引っ込んでいた。
「でも陽依、ええ奴。優しいし、お兄ちゃんにピッタリ。だからあたし…自分の気持ち認める」
「うん」
あたしは坂上の胸を押して、離れた。
カバンから携帯をさがして、アドレス帳を開く。
あたしは何のためらいもなく、その番号にダイヤルした。
プルルルルップルルルルッ…
『もっ…もしもし?どちらさまですか?』
おどおどした声が聞こえる。
「あたしや、杏奈」
『杏奈ちゃん!?え?』
「陽依、アンタに言いたいことあって電話した!」
受話器の向こうの陽依は、パニック状態。
『本当に杏奈ちゃんなの?』
「杏奈やてさっきから言ってるやろ?」
『うん』
「悠太と付き合いだしたんやって?」
『あっ……ごめん』
「なんで謝るん」
『………』
陽依は、困ったように黙り込んだ。
「アンタは、あたしの自慢のお兄ちゃんと付き合ってるんやから、自信持ち!」
『はいっ!』
「お兄ちゃん…よろしくな」
『うん』
「お兄ちゃんめっちゃ泣き虫なんやからね!絶対泣かすなよ!」
『えっ!!うん!!」
あたしは、電話を切った。
陽依にお兄ちゃんを譲った。
あたしはお兄ちゃんのこと好きやけど、これは恋愛とちゃう。
ただの家族愛。
ただ、あたしはさびしかっただけ。
お兄ちゃんが離れていくのが。
オトンは仕事がいつも忙しくて、かまってくれへんかったから、あたしにはお兄ちゃんだけやった。
あたしももうお兄ちゃん離れせなあかんね。
「大丈夫か」
携帯を抱きしめて、うつむいてるあたしに、坂上が声をかける。
「だいじょうぶ。なんかスッキリしたわ。ありがとう坂上!」
「そっか」
「坂上ってええ奴やね?抱きしめて慰めてくれるなんて。だから女の子にモテるんやね~」
なんか、こいつが女子に人気あるの分かった気がするわ。
「さ、帰りましょー坂上さん」
鼻歌を歌いつつ歩き始めると、坂上がぼそっと呟いた。
「俺が誰にでもあんなことすると思ったわけ?」
「え?」
坂上は、呆れた顔でこちらを見る。
「俺はただ、藤井さんがお兄さんのこと忘れてほしかっただけ」
「はぁ?それどういうこと」
さっきから、坂上は意味分からんことばっかりや。
誰か、坂上の取扱説明書持ってきてー。
「……ブラコンの上に鈍感かよ」
「坂上、アンタ頭おかしいんちゃう。大丈夫か?」
それから坂上は大きなため息をつくと、あたしの家の前まで終始無言だった。
なんか考えてるっぽい表情してたけど。
「あたし、ここやから家。じゃ、また学校でな」
「おい、今週末、俺に付き合え」
家の中に入ろうとしたあたしを引きとめる坂上。
今週末?
「あ、ごめん。週末はお兄ちゃんとこに…」
「断れ」
「なんで!?」
「お兄ちゃん離れしたんちゃうか?」
「あ…」
そう言えばそうやった。
「週末は俺とデートええな」
でっデート!!??
爽やかに笑う坂上渉。
不意打ちスマイルに、不覚にもドキッとしてしまった。
なっなんで、あたしがこんな奴と…。
「デートって、アンタあたしのこと好きでもなんでもないのに。デートってのは、好きな人とするもんであって」
あたしが、熱くなった頬を両手で冷やしながら、御託をならべていると、
「俺、藤井さんのこと好きだから。じゃ、また明日学校で」
と、坂上は満足気な表情で帰っていった。
坂上が、あたしを好き?
はあああぁぁあ!?心臓がバックンバックンと音をたててる。
うるさい黙れ心臓。あんなの冗談…。
でも不思議と、嫌悪感はない。
どうして、あんなに嫌な奴やと思ってたのに。
週末…どうしよ。
服、この前買ったワンピースでええかな。
どこ連れてってくれるんやろ。
ハルカちゃんにも会いたいし…。
坂上って意外とええ奴やし。
って!!あたしは、何考えてねん!
もーうじうじ考えるのはやめや!やめ!
週末になってから考えよう。
部屋に入ると、あたしはクローゼットから服を出して一人ファッションショーを始めた。
…なんだかあたし、まんざらでもないみたい。




