紅蓮の二人 5
数日後―――
「ただの貧血で一週間も入院なんてついてませんわ」
「綾姉、一応病人なんだから寝ときなよ」
綾姉が入院して、一週間ほど経つ。
特に綾姉の体調に変わりはない。
でも少しばかり痩せたような気がする。
「もう一週間も藤井様のお顔を見ていないなんて、気が狂いそうだわ」
手帳から藤井悠太の写真を取り出して、愛おしそうに見つめる綾姉。
今日もあたしはなれない手でリンゴの皮をむく。
なかなかうまくむけない。
「江梨香、リンゴむくのに一体何時間かけるつもりなの?」
ふと、時計を見ると午後5時をさしていた。
ここにきたのが10時で、むきはじめたのが1時ぐらいだったから…。
約4時間むいてることになる。
「もう、江梨香ったら不器用なんだから。貸してみなさいよ」
綾姉はあたしの手からナイフとリンゴを取ると、スルスルと皮をむきはじめた。
「すごい」
「あたしを誰だと思ってるの?」
やっぱり綾姉は最強だ。うん。
リンゴを食べながら、綾姉は思いついたようにこっちを見た。
「なに?どうしたの?」
「そうだわ!江梨香、頼みごとがあるんだけどいい?」
綾姉はごそごそと引出しからカメラを取り出して私に手渡した。
デジカメ…?
これで一体何を?
「このカメラで藤井様の写真を撮ってきてほしいの!!」
は…はぁ!?
「だってあと何日入院するか分かんないし、藤井先輩のお顔を見ないともうあたし死んじゃうわ!」
「死ぬなんて言わないで!!」
あ…あたし、何言ってんだろう。
そう言う意味じゃないのに。
ハッとして顔をあげると、綾姉は微笑んでいた。
「お願い、江梨香」
「う、うん。分かった」
綾姉は、いつもこんな顔して笑ってたっけ?
こんな優しい笑顔。
「じゃ、明日からよろしくね」
「えっ!?あした?」
「よろしくね~」
この有無を言わせない笑顔。
こっちが綾姉らしい顔だ。
というか、こっそり高校へ忍び込んで盗撮まがいのことしていいのか?
まぁいいや。
「ファンクラブの方には江梨香のこと伝えておくから、困った時は夏子を頼りなさい」
「うん」
あたしはカメラを持って家に帰った。
というわけで、高校の校門まで来たものの。
これからどうすればいいやら。
朝、10時。
きっと藤井悠太のクラスは授業中だろう。
このままうろうろしてるのも、不審者と思われたら…おっぱらわれそうだし。
藤井のクラスは確か、1階だったっけ…。
よし、木陰に隠れて移動しよう。
あたしはひっそりと、植え込みの陰や、物置の後ろに隠れながら、校舎に近づいた。
校舎に近づくにつれて、各々の教室から先生の声が聞こえてくる。
あたし…中学に行かずに高校で写真撮ってるなんて…一体何やってるんだろう。
キーンコーン…うそっ!チャイムが鳴ったということは、授業が終わって休み時間。
人が出てくる。
隠れなきゃ。
くそぉ…こんなことなら赤い髪、スプレーか何かで黒くしてくればよかった。
必死に木陰に隠れようと体を縮めていると、上から声が降ってきた。
「あれ?この子…」
うそ、見られた!?逃げなきゃ!
上を見上げると、綺麗な顔の女の人が窓からこっちを見ていた。
「やっぱり、あなた綾女の妹でしょ」
えっ…?
「ちょっとそこで待ってて」
逃げるべきか考えていると、さっきの綺麗な女の人がこっちに走ってきた。
とっさに逃げようとすると、
「逃げなくていいから、私は夏子。綾女から聞いてない?」
この人が、夏子さん?
確かファンクラブの書記の人。
「写真、撮りに来たんでしょ?なら、こっちに来なさい」
「は、はい」
黒髪が腰まで伸びて、品が漂う女性。
目元にほくろがあって綾姉より大人に見える。
「あ、言っておくけど。私はファンクラブの書記してるけれど藤井には興味ないわよ」
えっ?
「ならどうして?」
「私はお金が恋人なの。藤井ファンクラブ会員にグッズを売ればがっぽり儲かるのよこ・れ・が」
そう言って夏子さんは大笑いした。
いい人なんだか、違うんだか…。
「写真をとるなら、この地図を頼りに撮りなさい」
夏子さんは一枚の手書きの地図をあたしに手渡した。
「これって」
「私が見つけたベストショットスポットよ。コレ一応商売道具だから、絶対失くさないようにね」
もう一度地図を見ると、校舎やグラウンドのいたるところに赤い印があり、小さい文字で事細かに撮るタイミングなどが書かれていた。
「じゃあ、あとはご自由に…あぁ、あとコレかぶってなさい」
そう言ってあたしに迷彩柄のキャップをかぶせると、足早に夏子さんは去って行った。
「……台風みたいな人」
あたしは、地図を見ながら移動を始めることにした。
いっぱい写真撮って綾姉に見せてあげなくちゃ!
………寒い。
秋風吹きすさぶ中、あたしは木に登って藤井のクラスにピントを合わせた。
藤井…藤井は…あ、窓際じゃん。
ここバランスとりづらいから、なかなか藤井にピントが合わない。
くそっ。
何とかピントを合わせて、じっとシャッターチャンスを待つ。
あっ、後ろ向いてるし。
こっち向け!いや、こっち向いたらバレるか。
せめて横顔を!
じっと藤井を見つめる。
ほんとうにオレンジ色の髪の毛してる。あ、でも茶髪なのかな。
日光に照らされてオレンジ色に見えるのか。綺麗。
それに意外と背が高いんだなぁ。
笑ってる顔、かわいいかも……。って!!
何考えてるんだあたしは!!
写真撮らなきゃいけないんだぞ。
それからあたしは無我夢中でシャッターを押した。
場所を移動したり、アングルを変えてみたり。
「綾姉!写真撮ってきたよ」
高校をあとにしたあたしは、その足で病院へ直行した。
「あら、見せて見せて」
本当にうれしそうな顔。
「ほら、江梨香。こっちに来て一緒に見ましょうよ」
ぽんぽんとベッドを叩いて微笑む綾姉。
「うん!」
一枚一枚どんなところで、どういう場面を撮ったのか、詳しく話すと、綾姉は嬉しそうに頷いて、「私も退院したら、一緒に撮ろうかな」って笑った。
同じクラスなんだから写真撮らなくてもいいじゃんって笑うと、綾姉は「それもそうか」ってまた笑ったんだ。
そんな毎日を過していたあたしは、忘れてしまっていた。
綾姉の命は3ヶ月だということを。
もう、すでに倒れた日から3ヶ月経とうとしていることを。
毎日来ていて、綾姉の変化に気付けなくなっていた。
日に日に増える管の数や、痩せてこけてしまった頬、私の目にはなぜか綾姉はずっと元気なままで映っていた。
たぶん、綾姉が死ぬわけないっていう思いがそういうフィルターをかけていたんだと思う。
「ねぇ、江梨香。紅蓮のみんなは元気?」
いつものように2人で藤井の写真を見ていたとき、綾姉は静かにあたしに聞いてきた。
「元気だよ」
「そう。江梨香はすごいね。あたしの頼みごとも紅蓮も両立してくれてて。ありがとうね」
「なにぃ?急にどうしたの?」
「ううん。なんでもないのよ。ふぅー…。今日はちょっと疲れちゃったみたい眠るわね」
「うん」
綾姉は布団にもぐると、頭まで布団をかぶって寝息を立て始めた。
今日はどうしたんだろう。
「じゃ、帰るね。おやすみなさい」
あたしは、少し不思議に思ったけれど、病室をあとにした。
「江梨香、おやじ、母さん……ありがとう」
その夜のこと、病室の窓から見える月を見て綾女はそうつぶやいて、最後の息を吸い込んだ。




