紅蓮の二人 3
「へぇそんなことがあったんですの。江梨香よく頑張りましたわね!お姉さんとてもうれしいわ」
「気持ち悪」
「何が気持ち悪いのかしら?お水飲む?」
そのしゃべり方が気持ち悪いんだってば、綾姉。
ここは楠木家。
両親と綾姉が住む家。
久しぶりに綾姉のところに遊びに行ったら、部屋の感じがすごく変わってて、しゃべり方も変わってて、見た目も変わってて…すごく驚いた。
「綾姉…家ぐらい普通に話せば?」
「いやですわ!いつどこでボロが出るかわかりませんもの。だから常にこの口調にするんですの!」
聞いてるこっちが、疲れるよ。
「それに、私のことは“綾姉”ではなく“綾女お姉様”と呼びなさい。江梨香」
「ぶほっ!」
飲みかけの緑茶こぼしちまったじゃねぇかよ。
「あ、綾女お姉様?」
言っただけで鳥肌立つ!
「そうよ。そういうふうにこれからはお呼び」
紅蓮の総長だった面影0だなこりゃ…。
「で、好きな奴とは進展あったわけ?」
唐突にそう聞くと、綾姉…綾女お姉様は、顔をおおって恥ずかしがった。
…おいおい。
「ちょっと聞いてよ江梨香!!今日ヤバかったのよぉ!!席替えでね!!」
「隣の席になれたの?あーよかったね」
「ちがうの!!席替えで移動するときにすれ違ったの!!」
は…はい?
「すれ違った?…え?…それだけ?」
「そうよ!」
そんなに恥ずかしがりながら喜ぶこと!?
「もう心臓破裂するかと思ったわよ!」
そりゃ大変だ。
熱くなった顔をパタパタと両手で仰ぐ綾姉。
あたしはまだ信じられない。
関東一、いや、全国一最強と呼ばれた綾姉がこんなマジメちゃんになってるなんて。
人ってこんなにも変われるもんなのか?
そう思っていたら、綾姉をここまで変えさせた男の顔がみたくなった。
どんなツラしてんだろう。
「ねぇ、綾姉…綾女お姉様?」
「なにかしら?」
涼しい顔で微笑む姉。
「綾お姉様の好きな奴の写真とかないの?」
「えっ?」
綾姉は「ちょっと待っててね」と言うと、学生カバンのポケットをごそごそとあさった。
「あったあった」と取り出した、いかにも女の子らしいピンク色の手帳を開くと、そいつの写真があった。
「彼が私の想い人、藤井悠太様よ」
ふじい…ゆうた
こいつが。
オレンジ色に近い色素の薄い短い髪。
優しそうな笑顔。
こいつが…綾姉の…。
あたしは時間を忘れてじーっと写真をみつめていた。
「ほらっ、もう返しなさい!」
バシッと奪われた写真。
綾姉は大事そうに手帳に写真をしまった。
「…。」
「どうしたの?江梨香…あっ!もしかして悠太様に一目惚れしちゃった!?」
「…えっ!!?んなわけねーだろ!!そんな弱そうな奴好きになるわけないじゃん!」
何動揺してんだよ。
写真一枚で人を好きになるわけない。
絶対…ない。
「あやしい!」
「好きじゃないってば!」
「うん。わかってるわ。江梨香は男らしい人が好きだもんね」
「そーだよ」
綾姉は納得したのか、それからまた藤井悠太という男の好きな所を長々と語り始めた。
綾姉の話す藤井悠太の姿は、それはそれはかっこよくて、なんでもできて王子様みたいでと漫画の主人公のようだったけれど、本当かどうかはわからないけれど、でも、ちょっとだけ、ほんの少しだけ彼に興味を持った。
藤井悠太のことを知りたいって…思った。
「あっ、そうそう。これ見て江梨香!!」
「なんだよ」
綾姉は制服のポケットから名刺みたいなものを取り出して見せる。
白い紙に黒いワープロ文字で、
≪藤井ファンクラブ代表兼監督部長:楠木綾女≫
と書かれてあった。
「なにこれ…作ったの?」
半ばあきれ顔で問う。
「私が作ったのではないのよ。私パソコン苦手だもの。書記の夏子さんが作ってくださったの」
書記?
「ごめん。綾姉」
「綾女お姉様!!」
ひっ、鬼の形相。
「綾女お姉様。最初から順序立てて話してくれなきゃ分かんねぇよ」
睨むと紅蓮の顔になってるよ綾姉。
こりゃ化けの皮がはがれるのも時間の問題じゃないのかな…
「そうね。私、紅蓮の時もそうだったけど…トップという位置がとても好きなの。観覧車も一番上に来るとMaxにテンションあがるし、レストラン行くと一番高いメニュー頼むし」
なんでも一番じゃないとすぐすねるもんね。
すねた時の後処理、たいへんだったなぁ。
周りにいる奴、誰かれ構わず殴り倒してたから。
「だから、≪藤井ファンクラブ≫っての作ってそのトップに君臨しようと思ったわけよ」
へぇ、いかにも綾姉らしい。
「で、今ファンクラブに何人いるの?」
つくったばかりなら、いても10人ぐらいかな。
「…300人はいたわね」
綾姉は携帯を開いて、メモリ数を確認している。
「さっさんびゃく!??」
「ほら、ごらんなさい」
綾姉は、携帯のアドレス帳をあたしに見せつけた。
≪藤井ファンクラブ≫というフォルダに、316人という数字が並んでいる。
「なんでこんなに…」
「全学年の男子には秘密裏に、この心理テストを在学中の女子生徒全員にやってもらったの」
綾姉の左手には手作り感あふれるメモ帳に≪心理テスト≫という文字が書かれていた。
「これ…もしかして綾姉特製?」
「そうよ。毎晩練りに練った心理テスト!的中率99.9%!」
す、すごい…。
「この心理テストの結果を収集して悠太様に恋心を抱いている女子を呼びだして、ファンクラブの加入を勧めたのよ」
呼び出された女子達…怖かっただろうな。
綾姉のことみんな知ってるもんなぁ、紅蓮のトップだって。
そりゃ、言われたらファンクラブに加入しないと後が怖いって思って入るわ。
飽きれつつも、幸せそうに学校生活を語る綾姉の笑顔を見ていると嬉しくなった。
グレてた頃も笑ってたけど、こんなに幸せそうな笑顔初めて見たかも。
今度こっそり写メ撮って、仲間に見せようかな。
でも見つかったらすっごい怒りそう。
「綾姉、今、幸せ?」
「私はいつだって幸せよ、あ、ですわよ!」
「言いなおさなくてもいいんだってば、普通にしゃべろうよ」
「いやですわ」
―――――このときの私は、まさか、綾姉の幸せが消えてしまうなんて、知る由もなかった。
それは突然。
それは本当に突然だった。




