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「ただいまー」
「おかえり陽依」
ん?この声はお父さん?
いつも8時すぎるころに帰ってくるのに、なんでこんなに早いんだろう。
玄関の時計を確認すると、17時30分をさしている。
靴を脱いでリビングのドアを開ける。
「なんでお父さんいるの?」
「いちゃいけないのか…陽依…しくしく」
お父さん…きもちわるいよ。それ。
そんな感情を言葉にすると、お父さんはもっと気持ち悪くなりそうだったので言うのはやめといた。
「いちゃいけなくはないけど…いつもこの時間まだ仕事でしょ?」
「今日は取引先との会合だけだったから早かったんだ!そうだ陽依、今日の晩ご飯俺が作ったんだぞ!」
えっへん!と言わんばかりにお父さんは胸を張った。
お父さんの料理っておいしいんだけど…盛り付け方が…ワイルドすぎるっていうか雑っていうか…。
「お父さん、陽依も学校から帰ったばかりで疲れてるんだからそれぐらいに…陽依も着替えてらっしゃい」
庭の方からお母さんの声が聞こえた。
「お父さん、ちょっとこっちに来て洗濯物たたむの手伝って!」
「はーい」
お父さんはうれしそうにお母さんの元へ走って行った。
そんな二人の姿を見ていると、心がぐーっとあったかくなった。
お父さんとお母さんって本当にお互いがお互いを想い合っていていい夫婦だと思う。
お母さんとお父さんって、社内恋愛だったらしいけど…馴れ初めっていうの詳しくきいたことないな。
どっちがどういうふうに告白して…結婚することになったんだろう。
聞いてみたいな。
藤井先輩に想いを伝えたいって気持ちはあるけど…どんなふうに言えばいいのか分かんないし…。
よし、お父さんもいることだし、今日の晩ご飯の時に聞いてみよう。
私は部屋に戻ると、部屋着に着替えて、今日出された課題に取り組み始めた。
「ひ~よ~り~。夕飯だぞぉ~」
近所に絶対聞こえるような声で私を呼ぶお父さんの声。
恥ずかしいってば!!
私はいそいで階段を降りる。
「お父さん!」
「陽依!そんなに急いでおりてきて、そんなに俺のご飯がたべたかったか!?そうかそうか」
「お父さんが私の名前大声で呼ぶからでしょ!」
私が声を荒げて言うと、お父さんはあからさまにしょんぼりして「…ちがうのか…」とすね始めた。
お父さん一体何歳!!
「はいはい。お父さんのご飯が食べたかったから急いで来たのー」
棒読みでそう言うと、お父さんはすっかり元気になって「そうかそうか」と席についた。
「「「いただきまーす」」」
三人で食卓をかこんで晩ご飯は久しぶり。
最近お父さんは、仕事が忙しいみたいで、いつもお母さんと私の2人で夕ご飯を食べてた。
「どうだ?陽依おいしいか?」
「うん!おいしいよ。見た目は…アレだけど」
「なんか言ったか?」
「ううん?なんでも」
今日のメニューは、豚のショウガ焼きに海鮮サラダ、豆腐とワカメの味噌汁。
味はとってもおいしい。
味噌汁を洋食器のスープ皿に入れてスプーンで飲むってのと、海鮮サラダを丼ぶりに盛ってるっていう見た目がおかしいけれど、味はおいしいから、文句は言えない。
「あなた、いつも言ってるけど、お味噌汁はスープ皿じゃなくて、お椀に入れてちょうだい」
お母さんは、スプーンですくった味噌汁を見ながら、お父さんに言った。
「べつにいいじゃないか。味噌汁は英語で“miso soup”だろ?スープをスープ皿に入れて何が悪い?なぁ陽依」
「陽依は、絶対にまねしちゃだめよ」
「う、うん」
あっそうだ。
お父さんとお母さんの馴れ初め聞かなくっちゃ。
「ねぇ、お父さん、お母さん」
「なぁに?」
「なんだ?」
二人がこちらをむく。
いざ聞くとなると、ちょっと恥ずかしいような。
でも、参考のために。
「聞きたいことがあるんだけど、お父さんとお母さんってどんなふうに付き合い始めたの?告白したのってどっち?」
「………」
「………」
二人とも黙ったまま。
顔は徐々に赤くなっていってる。
「お母さん?」
「お父さんに聞いて」
お母さんは目を泳がせて、チラチラとお母さんを見る。
「なっ…なんでだよ。陽依、お母さんに聞きなさい」
お父さんもあわててるし…。
二人ともどうしちゃったの。
「しかたないわね…」
お母さんは、スプーンを置くと、私の方に向き直った。
「もう、本当に恥ずかしいから一回しか話さないからね」
「うん」
お母さんは、深呼吸して顔を仰ぐと、
「お父さんのことを好きだって思い始めたのは入社してすぐよ。お父さんと私は同期でね。最初は、カッコよくてよく会社の女の子たちに囲まれてたお父さんを遠くで見てるだけだったの」
お母さんって奥手なほうだったんだ。
「でもある日ね、私が仕事でミスしちゃって…一人会社に残って残業してた時に、お父さんが手伝ってくれたのよ」
へぇ。お父さん優しいじゃん。
「どうして、手伝ってくれたんですか?って聞いたらお父さんなんて答えたと思う?」
「ん~分かんない」
「おいっ母さん!」
お父さんはすごくあわててる。
「『ほっとけなかったんだ。君のことが気になって』って。その時は、その言葉に深い意味はないって思ってたんだけど。それがお父さんの告白だったみたいで、それから毎日のように一緒にランチ食べたり、家まで送ってくれたりしてくれてたの」
「お母さんが鈍感すぎるんだ」
なんだかこんな話聞いたことあるような。
梶瀬君を思い出した。
私の鈍感っぷりは、お母さんからの遺伝みたい。
「会社の中でも、お父さん、女の子たちからの誘いを全て断っていたし、もしかしたら彼女でもできたんじゃないかなぁって思って、一緒にランチ食べてるときに聞いてみたのよ『お付き合いしてる方がいるなら、ランチ一緒に食べないほうがいいんじゃないですか?彼女さんに誤解されてしまいますよ』って」
お母さんすごい。
お父さんは、お母さんと付き合ってるつもりなのに、そんなこと言っちゃうなんて。
でも…分かるかもしれない。
私の好きな人が、自分のことを好きでいてくれているなんて、そんなこと考えられないもんね。
そんなふうに思えても、ありえないありえないって思ってしまうもん。
「そしたらお父さんはなんて言ったの?」
「『彼女はお前だろうが!!』って大声で…さっき陽依を呼んだときみたいに」
えぇー。
ランチって、社内の食堂でしょ。
社員の人がいっぱいいるのに、あんな大声で!?
信じられない。
「しかたなかったんだよ。ずっと俺は付き合ってるって思ってたんだから。あれは母さんが悪い」
むすっといじけるお父さん。
「まさか、私が彼女だったなんて思ってなくて、お母さんうれしくて泣いちゃって、そしたらお父さん…やけになっちゃって。『俺と結婚してください』ってまた大声で叫んだの」
へぇぇぇ~。
びっくり。
お父さんってそんなに大胆だったんだ。
お父さんは恥ずかしそうにあさっての方向を向いてる。
「私もずっと好きだったし、断る理由なんて一つもなかったから、『はい、よろしくお願いします』って言ったの。そしたら周りのランチ中の社員みんなが拍手してくれて…あの時はもう恥ずかしかったわ!ほんとに!」
お母さんは、また火照った顔を両手で仰いぐと、「さっ、ご飯が冷めちゃうわ」と黙々と夕ご飯を食べ始めた。
お母さんとお父さんの馴れ初め。
聞けて良かった。
大声で好きだっていうのは、私にはできないかもしれないけれど。
いろんな伝え方があるって分かったし。
それに、ちゃんと言わなきゃ分からないって分かった。
「「「ごちそうさまでした」」」
お皿をかたずけて、部屋に戻ろうとした私をお父さんが呼びとめた。
「陽依」
「なに?お父さん」
「そういえば…どうして俺達の馴れ初めなんか聞いたんだ?」
私はニコっと笑って
「参考のためだよ」
と言うと自分の部屋に戻った。
リビングでは―
「参考ってなんの参考だろうな?母さん」
「なにって、愛の告白の参考に決まってるじゃないの」
「なんだと!!?」
「陽依も大きくなったわね…うふふふっ」
「色恋なんぞ陽依にはまだ早い!お父さんは許さんぞ!!」




