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急いで正面玄関まで行くと、藤井先輩がこっちに手を振っていた。
今日は午前中だけだったから、校内にほとんど生徒が残っていなくて、人だかりもできていない。
「先輩、お待たせしてすいません」
「そんなに待ってへんよ。ほな、帰ろか?」
「はい!」
藤井先輩の隣を歩く。
数メートル進んだ先で、
「その、話なんやけど」
すごく小さな声で、藤井先輩が話し始めた。
ヒソヒソ話ってことは、すごく重要なこと?
「……てるか?…いう…、もし……へんか?」
あまりにも小さな声すぎて、内容がほとんど分からない。
「あのー」
「なっなんや!?返事か!?」
「返事?って…すいません。聞こえなかったんですけど…」
「あっ…俺そんな小さな声で話してたか…。すまんすまん」
ゴホンと、咳払いした先輩は、もう一度はっきりした声でいった。
「この前、約束したん覚えてるか?祭一緒に回ろうっていう…あれやねんけども、あれから予定変わってへんかったら…一緒に回らへん?」
先輩ことことをいうために、私を呼び出したの?
自然と私の顔は笑顔になる。
「約束忘れてるわけないじゃないですか!あのときも言いましたが…私でいいんですか?一緒に回るの。先輩だったらもっと可愛い子が」
「陽依以上に可愛い奴なんかおらへん!!」
「先輩?」
「いや、その、なんというか…あれやあれ、そうやあれや」
人差し指を振りまわして、「あれなんやな、うん」と連発する藤井先輩の慌てように私は思わず楽しくなって笑ってしまう。
「あははっ…先輩、慌て過ぎです」
「ところで先輩、お祭って何日からでしたっけ」
街並みはずいぶん夏祭りの雰囲気になっているけれど、実際のところ、お祭が8月の何日からあるのかは知らない。
毎年、ユカに誘われるまま行ってるからかな。
「陽依、明日からやで?祭」
「へっ?」
あっ明日!?
そんなに早かったっけ。
そういえば、いつも登校日にユカと祭の話していたような。
「3日間のどの日が空いてる?」
「えーっと、ユカとはいつも最終日に行っていたから…それ以外なら大丈夫ですよ?」
「じゃあ、明日!明日や!!善は急げや!」
藤井先輩は、拳を振り上げてなぜか燃えていた。
「明日でええか?陽依」
「はい!大丈夫ですよ」
それから、藤井先輩と私は、お祭の出店でなにを食べるかとか、射的で競争しようとか、いっぱい明日の予定を話ながら帰った。
翌日。
バタバタバタバタ
「おかあさーん!私の浴衣どこー」
「2階の納戸の箪笥よ」
バタバタバタバタ
「おかあさーん!!帯見つからないよぉ~」
「一緒の箪笥にあるでしょ?」
「これじゃないー。去年買ったやつだよー」
「………おかあさんは知らないわよ」
バタバタバタ……
もう!
帯は一か所においててよ。
納戸に置かれている収納ボックスや箪笥の引出しを片っ端から開けて探していると、お目当ての帯が見つかった。
「これだよ…」
ほっと息を吐く。
そして、時計を見るともう15時。
先輩との待ち合わせは16時に駅前。
うっそ!もうあと1時間しかないじゃん。
移動時間とか考えたら、30分もないかもしれない。
あぁーどうしよう。
なんで今日に限ってお昼寝なんかしちゃったんだろう。
浴衣と帯を手に持つと、いそいで1階の母のいる場所へ走る。
リビングの扉を勢いよく開けた。
バタン!
「陽依!さっきからバタバタ走りまわって、ドアも乱暴に開けて、落ち着きなさい」
扉を開いた瞬間、鬼のような形相のお母さんが待ち構えていた。
「だって時間がないんだもん!」
「それは陽依が昼寝なんてするからでしょ!」
「それくらいにしてやらないか。今日はお祭なんだ」
腰に手をあてているお母さんの後方からお父さんの声がする。
今日は、お父さん仕事休みの日だ。
「お母さん!浴衣着せてよ」
「もう!高校生なんだから自分で浴衣ぐらいきなさい」
「えぇ~」
神様に見放された気分になった。
自分で着るとなると、きっと1時間といわず3時間ぐらいかかる。
泣きべそかきそうになっていると、
「ふっ、しょうがないわね。ほら陽依こっちに来なさい」
と優しくお母さんが手招きした。
浴衣の着付けが終わると、お母さんのドレッサーの前に座らされる。
「え?」
「そんなボサボサの髪型で行くつもりなの?」
鏡に映る自分を見る。
家じゅうを走り回ったせいか、髪の毛はヤマンバのようになっていた。
「お母さんが魔法をかけてあげる」
そう言って、櫛で髪をとかし始める。
私は頷いて、瞼を閉じた。
「ほら、できたわよ」
お母さんが肩をポンポンと叩く。
目を開けると、ボサボサだった髪は頭の上でオダンゴでまとめられている。
そして大きな赤いリボンがついていた。
「題して、“陽依スペシャルおリボンのせ”よ」
「本当はもっとアゲアゲにしたかったんだけどね。お母さんまだまだ勉強不足で…ごめんね陽依」
アゲアゲって…。
でも、自分で結うよりかわいい!
あ、髪型がね!髪型が!
「お母さんありがとう!リボン可愛いし!」
「そう?良かったわ!ほら、お父さんにも見せてらっしゃい」
「うん、でも時間内からこのままいくね!帰りは遅くならないようにする!じゃ行ってきまーす」
お父さんに浴衣姿なんか見せたら、またうるさそうだからね。
私は急いで玄関をでた。
うーん。間に合うかなぁ……。
「なんだ?陽依はどうした?」
陽依を送り出してリビングに戻ってきた母に、陽依父は陽依の姿をさがす。
「もう行きましたよ?」
「なに!?俺はまだ陽依の浴衣姿みてないぞ」
「帰ってきてから見ればいいじゃないの」
陽依父は、深くうなだれた。
「……まさかとは思うが、お祭の相手は、男じゃないだろうな?」
その言葉に、母はにっこりとほほ笑んで、
「さぁ、どうかしらね」
と意味深に微笑むのだった。




