3 ~side 藤井悠太~
ピッピッピッピッピッ
たくさんの管。
病室に響く電子音。
白い鉄パイプのベットに横たわる母。
母さんが、倒れてから1週間。
俺はほとんど寝ずに、母さんのそばにいた。
母さんは、あの日からずっと目覚めない。
母さんは、あの日からどんどん痩せていった。
入院手続きとかいろいろな世話をしてくれたのは、母方の祖母だった。
あのあと、必死で救急車を呼んだ俺は、電話帳を開いて一番上に乗っている祖母へ電話した。
九州に住んでいた祖母は、すぐに飛行機で飛んできて、「悠太よぉ頑張ったねぇ」と抱きしめてくれた。
杏奈は、母さんがいなくなってずっとぐずっていたけれど、祖母が来てくれたおかげで落ち着いた。
「ママは、いつおきるかな?」
自分と反対側のベットのそばに座る祖母に問いかける。
「悠太が一生懸命祈ったら、ママは絶対に目覚めてくれる。悠太、全然寝てないやろ?今日は眠らんと、疲れてお祈りできんなるから」
優しく微笑む祖母。
俺は、小さくうなずくと、母さんが横たわるベットに顔を伏せて瞼を閉じた。
俺はその日、夢を見た。
一週間前の夢。
親父の車を追いかける夢。
どうして、親父は連絡一つくれないんだろう。
あれから一週間。
親父の連絡先を知っているのは母さんだけだったから、祖母も俺も親父に知らせる事が出来なかった。
でも、家の机の上に病院の連絡先を書いた紙を置いていたから、家に帰っていれば、ここに来るはず。
来ないと言う事は、あれから一週間家に帰っていないと言う事。
親父って、何で母さんと結婚したのだろうか。
分からない。
そう考えると、頭の中が真っ暗闇になった。
そして、とても悲しい気持ちになった。
ふわふわ。
誰かが、俺の頭をなでている。
ゆっくりと瞼を開くと、もっとはっきり、自分が撫でられていると自覚した。
ばっと起き上がると、そこには、数日ぶりの母の笑顔があった。
「おはよう。悠太」
親父の声は、数日聞かないでいると、本物かどうか分からなくなるのに、母さんの声はすぐに分かる。
思わず「ママ!」と叫びながら母さんに抱きついた。
「こら、悠太。ママ苦しいでしょうが」
祖母に言われて、すぐに母さんから離れた。
「いいのよ。大丈夫。ほらおいで悠太。心配かけちゃったね」
そう言って両手を大きく広げる母さんに、今度はゆっくり抱きついた。
母さんが笑ってる。母さんが抱きしめてくれる。母さんが俺の名前を呼ぶ。
嬉しかった。嬉しくて涙が出た。
「悠太が病院に運んでくれたんだって?杏奈の世話も、おばあちゃんも呼んでくれて…悠太本当にありがとう」
愛おしそうに俺を見つめる母親。
「あのねっ!ぼくね!」
いままでの事を話そうと口を開いた瞬間。
ガラララララッと、スライド式の病室の扉が開く。
振りかえると、そこにはピシッと高級そうなスーツを着込んだ親父が立っていた。
ちらりと母の顔を見て親父は一言こういった。
「なんだ、元気そうじゃないか」
踵を返すように病室から出て行こうとする親父。
俺が呼びとめるより先に、「お待ち!剛!」
剛というのは、親父の名前。
「…お、お母さん」
ベットのわきに座っていた祖母に気付いていなかったのか親父は、驚いた顔で祖母を見る。
「なんだいその言い方は!千鶴はねぇ!…千鶴は…」
「お母さん、もういいから。あなた、仕事あるんでしょ?私は元気だから、ただの過労だから、仕事行ってください」
「千鶴!あんたは…いつも自分を」
そのやりとりを、俺が見ていることに気付いた祖母は、「悠太と杏奈が怖がるから、話は外でしようか」と親父の方へ歩いて行った。
ガラララララララッと音を立てて再び閉まる病室の扉。
「おばあちゃん、パパとなにはなすの?」
「………………っ…」
母さんは、俺の問いには答えずに、顔を覆って泣いた。
「どうしたの?どっかいたい?」
「…っ…くっ……っ」
声を押し殺して泣く母。
数分して、手で涙をぬぐった母さんは、悲しげな顔が残る表情で笑った。
「なんでもないの。なんでもないのよ」
切なげに愛おしそうに俺を見つめるその顔を俺は一生忘れない。
「16時36分、ご臨終です」
母さんはそれから3週間後に、息を引き取った。
俺と、杏奈と祖母に看取られて。
親父は間に合わなかった。
親父が病院に着いたのは、母さんが亡くなってから数時間後。
霊安室で、泣きつかれた俺達のところに、あのピシッときめたスーツ姿で現れた。
「……っ!千鶴!」
母さんの名前を呼びながら、冷たくなった体に触れる親父。
「どうして、こんなことに」
親父のこの台詞に、俺は無性に腹が立った。
今まで抑えてきた怒りが込み上げてきた。
当時子供だった俺には、その怒りを言葉にするということができなくて、ただがむしゃらに親父にぶつかった。
「何をする!悠太!」
無言で殴りかかる俺。
子供の力は弱くて、すぐに腕を掴まれる。
「悠太!」
「パパなんかキライだ!キライだ!キライだ!キライだ!ママの代わりにパパがしんじゃえばよかったんだぁー!!」
俺は、何度もそう言うと、霊安室の扉を乱暴に開いて外へ走った。
「あの日から、俺は、親父が嫌いで仕方がない。母さんを、あんなに親父の事を愛していた母さんに冷たくしていた親父が嫌で仕方がない。…でも、ガキの俺は、一人で生きていけない。だから、義務教育を終えるまでは親父に従おうって決めた。義務教育を終えたら、もうそこからは自分の進みたい道に進める。だから俺は、引っ越し先の大阪を出てこっちにきたんだ。夢を叶えるため。自由になるために」




