4
藤井先輩の話を聞き終わり、改めてパパさんを見る。
見る限り、人の良さそうな人が、藤井先輩やママさんにそんな仕打ちをしただなんて、想像できない。
パパさんは、膝の上で拳を握りしめていた。
とても悔しそうな顔で。
「なぁ、陽依。俺卑怯もんやろ?」
藤井先輩は標準語ではなく、いつも通りの話し方に戻っていた。
「結局は俺、逃げたんや。夢とか自由とか…全部うそや。親父の顔が見たくなくて…逃げてたんや」
そんなことない。
先輩は、ただ逃げたんじゃない。
「先輩は、卑怯者なんかじゃないです!先輩は、夢に向かって頑張ってたじゃないですか。ちゃんと前を向いて!私知ってます」
だって、逃げて来たのだとしたら、あんなに座り心地のいい白いベンチ作ったりできないもの。
休日に妹のために本棚とかつくったりしないもの。
この部屋に散在している手作りのインテリア達だって、先輩が夢に真剣だと言う事を証明してくれている。
「私、先輩が夢に真剣な事知ってます」
「陽依」
「…すべて」
いままで口を閉ざしていたパパさんが、突如言葉を発した。
「すべて…僕がいけないんだ…」
「僕がすべてを壊した…あの日まで僕はずっと、自分の才能に酔いしれていたんだよ。情けない話だよな。あいつが…千鶴が死んでから、そんな自分の愚かさに気付くなんて…」
パパさん。
パパさんは、藤井先輩を見るでも私を見るでもなく、ただ遠くを見ていた。
「パパさんは…どうして、藤井先輩を大阪に連れ戻したいんですか?どうして藤井先輩の夢を反対するんですか?」
パパさんは、藤井先輩の事が嫌いなんですか?
率直に私は、となりの優しげなパパさんに聞いてみた。
先輩が傷つく答えが返ってきたらどうしよう。とは、思わなかった。
今のパパさんは、藤井先輩を傷つけるようなことは言わないって、妙に自信があったから。
「僕は、僕自身が憎くて仕方がないんだ」
震える声でゆっくりと語る藤井父。
「僕は僕自身が憎くて仕方がない。仕事に追われ、自分を買いかぶり、家庭を顧みなかった自分が憎くて悔しい」
「いまさら遅い…いまさらそんなこと言われたって俺は、親父がずっと嫌いや」
先輩。
「それでいい。僕の事を嫌いなままで構わない。だが、これだけは僕の願いを聞いてくれないか?」
「インテリアデザイナーを目指すなと?」
「あぁ」
ガタンッ!
藤井先輩が突然立ち上がり、その反動で椅子が倒れた。
「っざけんな!」
「せっ先輩!」
怒った先輩やっぱり怖い。
けど、夢をあきらめろって言われて、怒らない人なんているだろうか。
「頼む」
「親父に従う筋合いはない」
「僕と同じ後悔はさせたくないんだ!」
今まで小さな声でしゃべっていたパパさんが、大きな声を出した。
「悠太、お前には才能がある。でもな、お前には僕と同じ悲しみを味わってほしくないんだ」
まるで縋るような目で先輩を見るパパさん。
「僕には分かる。お前は僕とにてるから、きっと同じことをすると。お前に好きな奴ができて、付き合って、結婚して…忙しい中で子供を育てて欲しくない」
その言葉を聞いた藤井先輩は、ちらっと私の方を見た。
「………?」
なぜこのタイミングでこっち見たんだろう?
「俺は親父とはちがう」
「違わない」
「俺は両立できる」
「できるわけない」
「あの~」
ここで私が口を挟むのはいけなかったかもしれないけれど、右手をずぅーっと伸ばして、割り込んだ。
「ちょっといいですか?」
2人の視線が私を捕らえる。
うっ……。
2人ともイケメン過ぎる。
目力がすごくて話しにくいなぁ。
上げたままの右手を引っ込めながら、開きかけた口を閉じた。
「何か言いたいみたいだね?」
「陽依、遠慮せんでええんやで?言ってみ?」
よ、よぉし!
言います。
「あの~、立ち話もなんですし、座りませんか?」
背の高い2人が私の前で立ち上がり口論すると、身長の低い私は威圧感たっぷりで、2人が優しいってことは分かってるのに、もっと怖く感じる。
「あー、すまん」
先輩とパパさんは、倒れた椅子を直したり、ソファーから落ちたクッションを拾いながら席についた。
ふぅ、私が思ったことを正直に言おう。
私なんかがでしゃばっていいか分からないけれど、余計なお世話かもしれないけれど、親と子、家族は仲良い方がいいもの。
「まずは…パパさん」
隣に座っているパパさんの方に少しだけ体をむける。
「パパさんは、藤井先輩のことをもっと信じてあげてください。先輩はパパさんと全く同じ人間じゃないですし、親子がどれだけ似ていたとしても、その人生まで生き写しになんてなりません。先輩はきっと大丈夫です。私が保証します」
私が保証しますとか言っちゃったけど、後輩の私なんかが言っても説得力ないような。
「それに、親が信じてあげなきゃ、誰が信じてあげるんですか?」
完璧にえらそうなこと言ってしまった。
「えっと私みたいな小娘が生意気なこと言ってごめんなさい」
何も言わないパパさんの方を向いて頭を下げる。
「………」
「親父なんか言えや」
藤井先輩の声が響く。
パパさんやっぱり怒っちゃったかな?
こうなったら…土下座で謝るしかない?
「おっ親父?!」
藤井先輩の裏返った声。
おそるおそる顔をあげると、
「……ほぇ?」
我ながらなんともアホらしい声を出してしまった。
だってしょうがないじゃん!
パパさん、泣いてるんだよ!
「……すまない…男らしくないな。涙なんて」
眉間をおさえて涙を止めながらパパさんは、笑う。
そして、高級そうなシャツの袖で涙をぬぐうと、片方の手で私の頭をなでた。
「ありがとう、陽依ちゃん」
頭に乗せられた手がそっと離れる。
「そうだよな…。悠太は藤井悠太であって、藤井剛とは別人だものな。…そんな些細な事、人に言われるまで気付けないなんて、どこまで僕はダメ親父なんだろう」
「…ちがいますよ」
パパさんは変わったじゃないですか。
藤井先輩が話す父親面影なんて一つもないじゃないですか。
「パパさんは、ダメ親父なんかじゃないです。過去は変えられないけれど、パパさんは頑張ったんじゃないですか?過去を振り返って反省して…だから今ここにいるんですよね?」
私には、優しいパパさんだとしか思えないもん。
「君は僕を泣かせるのが得意らしい」
「えっ?」
パパさんはプイッと私から顔をそらした。
涙は見せたくないんだろう。
よし!つぎは藤井先輩だ。
言いたいこと言っちゃいます!
私とパパさんのやりとりをじっと見ていた先輩の方に体を向けた。
「えぇーと…次は、藤井先輩にたいへん恐れ多いですが、言いたいことがあるので聞いてください」
深呼吸、深呼吸。
「陽依、遠慮せんとなんでも言ってくれ」
藤井先輩は優しく微笑む。
「先輩は、パパさんの事本当に嫌いなんですか?」
「嫌いや」
微笑みが一変、無表情…というより悲しげな顔に変わる。
「本当に嫌いなんですか?」
「ほんまに嫌い」
「質問ばかりでごめんなさい。…じゃあ、なんでインテリアデザイナーになりたいって思ったんですか?」
これは私のカケ。
でもきっと、多分、絶対…そうだと思うから。
「いつから、インテリアデザイナーを目指したいって思ったんですか?」
その私の問いに、先輩は一瞬ハッとした顔になり、また悲しげな顔になった。
「ちっさいころからの夢やねん」
ぽつり、ぽつりと語る先輩。
「…物心ついたころからやったかもしれへんし、もっと前からなりたいって思ってたかもしれへん」
夢を語る先輩はいつも悲しげ、夢ってやっぱり目を煌めかせて笑顔で語ってほしい。
今日をその一日目にしてもらいたいから。
「先輩は、うそつきです」
大事なことなので2回言いますよ。
「大うそつきですよ」
「な、なんでや?」
「本当は、パパさんのこと大好きなんですよね?」
「嫌いだなんて、嘘」
でしょ?先輩。
小さな頃、私だってママのように綺麗になりたいって思ったことがあった。
ママに内緒でドレッサーに座って、真っ赤な口紅やアイシャドーを勝手に使ってお化粧したことだってある。
子供の頃に憧れるものって、実は親の職業とかだったりする人が結構いる。
先輩だってパパさんのように、なりたかったんだと思う。
「……小さいころな?母さんもいて、まだ杏奈が生まれて間もないころ。親父の部屋にこっそり忍び込んだことがあってん」
「はい」
「そこで、家の模型を見つけたんや。机の上に置いてあって、≪我が家≫っていう紙が貼ってあった。屋根を持ち上げると、中まで精密に作ってあって、家具や内装まで綺麗に作られてた」
「はい」
「親父は家を造るのが仕事だって母さんから聞いてたから、子供ながらに俺は家具をインテリアをデザインして、親父のデザインした家に俺のデザインしたインテリアを置きたいなって思ってた」
それが先輩の夢の始まり。
「でも…母さんが死んで俺っ、もう親父の事信じられへんようになって…」
うつむく先輩。
「先輩!先輩はいつまで昔のパパさんばかりを見ているんですか?」
私はドカドカと先輩の前まで歩いて、座っている先輩の頬に両手を置いてグイッとパパさんの方へ向かせた。
すごく失礼なことしてるけれど、あとであやまればいいや!
「“今”をちゃんと見てください!」
「今?」
「パパさんは、昔と同じですか?」
「親父は…………昔と……違う」
「パパさんは、藤井先輩を信じるって言っています」
「あぁ言ってた。俺の夢応援してくれるって…」
「でも先輩、変わらないものが一つだけあるんじゃないですか?悪いことではなく良い事で変わらないものが」
たったひとつだけ、先輩とパパさんの間で変わらないものが、きっとある。
「俺は親父を尊敬してる」
自分の中にあった答えに驚きながらもその言葉を口にする先輩。
「俺が、親父に対する尊敬の想いは何一つ変わってへん」
藤井先輩は、そう言うとまたうつむいて、小さな声で「親父のこと……ほんまは…嫌いやない」とつぶやいた。




