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「……はい?」
「ここは、どこだろう?」
「駅ですけど」
「ハッ!駅だったのか、ここは!」
なにをおっしゃってるのでしょう。
ダンディなジェントルマンさんをもう一度ゆっくりみてみると、おかしな部分を発見した。手に持っている物。
「……それって」
「あぁ、実は僕、方向音痴でね、地図がないとだめなんだよ」
えぇと、しかしですね、その地図は、
「それって、世界地図ですよ?」
「そうだけど?」
キラキラ紳士スマイル眩しすぎます。
「この地図を見て駅を目指していたんだが、まさかもう着いていたとは、驚いた。案外僕は方向音痴ではないのかもしれないな。だとすると、これから行く目的地もすぐ着けるかもしれん」
逆に凄いです。
世界地図でここまでくるなんて。
そもそも目的地ってどこなんだろう。
「どこに行きたいんですか?」
「星谷町なんだが…」
あ、先輩の住んでる町だ。
「でしたら、電車ですぐですよ?」
「そうかい?じゃあ僕は電車に乗るよ。乗り場はどこだろう。ふむ。こっちかな。あ、君ありがとう。では」
ダンディなジェントルマンは、私の両手を持って握手をすると、本屋の方へ歩いて行った。
「あの!」
まさかだけど。
「どこに行こうとしてます?」
一応聞いておこう。
「切符売場だよ」
この人、きっと一人じゃ星谷町に辿りつけないよ。
「あの…もし迷惑じゃなかったら、案内しましょうか星谷町まで」
そう言うと、ジェントルマンさんは、とびっきりの笑顔になった。
切符を買い、改札を通って駅のホームに並んで立つ。
「すまないね。ついてきてもらって」
「いえ、私も暇を持て余していましたから」
「そうか。…君は中学生?」
「いえ…高校一年生です」
「えっ!?」
そんなに驚いた顔しなくても。
私ってそんなに幼く見えるのかな。
身長は低いけど、大人っぽく見える人はいくらでもいるし、いいなぁ大人の女性ってうらやましい。
「僕にも同じぐらいの息子と娘がいるんだよ」
「お子さんがいらっしゃるんですか?」
「見えないかい?僕はこれでも40代なんだけどな」
絶対40代には見えない。
うちのお父さんより遥かに若い。
身長高いし、顔とか芸能人並みに綺麗だし、それに、姿勢とか動きとかが紳士的すぎて二児の父っぽくは見えない。
「昔はこっちに住んでいたんだけどね、引っ越してからもう何年も経っているから、土地勘とか忘れちゃってね。迷ってしまったよ」
土地勘とか、もうその域の問題ではないような。
「今はどちらにお住みなんですか?」
「大阪だよ」
その瞬間、なぜだか、頭の中に藤井先輩の顔が浮かんだ。
私の脳の中で「大阪」という単語で先輩の顔がヒットしたらしい。
「……ぼーっとして、どうしたんだい?電車が来たみたいだよ」
「あっ、はい!ってそっちの電車じゃないです」
逆方向へ向かう電車に乗ろうとするジェントルマンを止めて、星谷町を通る電車へ連れていく私。
「君がいなかったら、きっと僕はずっと彷徨ってただろうね。ありがとう」
走り出した電車の中で、ジェントルマンはまた満面の笑顔で私に言った。
優しい表情のジェントルマン。
そうだ、藤井先輩のお父さんはいったいどんな人なんだろう。
同じ大阪の人なのに流暢に標準語を話しているジェントルマンと、コテコテの関西弁を話す藤井先輩を比べて、ふと私はそう思った。
星谷町の駅ホームに降り立つと、
「ありがとう、もう大丈夫だよ。ここからは地図を見て行くから」
とジェントルマンは笑った。
地図って、その世界地図でですか?
一度乗りかかった船だ、最後までお供しようじゃないの!
「あの、目的地とか教えて下さったら、そこまで案内しますけど…」
「それは悪いよ。……でも、君がそこまで言うなら…連れてってもらっていいかな?」
申し訳なさそうに、ジェントルマンは笑う。
「ご案内します」
ジェントルマンは、右のポケットから白いメモ帳らしきものを取り出すと、2,3ページめくると、私に見せた。
「ここなんだが…」
その紙には、
≪星谷町、マンション:クローバーシティ、3001号≫
とかかれていた。なんて偶然なんだろう。
ここって藤井先輩の家と一緒。
「私ここ知ってます!」
「そうかい?」
「はい!ここからそう遠くないですよ。このまえ藤井先輩と徒歩であるいて駅まで来ましたし!」
「君!今なんと?」
突然、ジェントルマンは私の話を遮った。
「はい?」
「いや、なんでもない。きっと聞き間違いだな。似たような苗字はいっぱいある」
独りでぶつぶつと何やらつぶやいている。ま、いいか。
「さ、行きましょう」
「あぁ」
ジェントルマンと私は、クローバーシティマンションへ歩き始めた。
「暑いですね~」
「……あぁ」
「大阪も同じぐらい暑いですか?」
「……あぁ」
あれ?さきほどまでのキラキラ紳士スマイルはどこ吹く風。
笑顔の消えた表情のジェントルマンもなかなかかっこいいけれど、マンションに近づくにつれて、ジェントルマンのテンションも下がってきているような気がする。
「あっ、あそこですよ」
私は、他のマンションより数段高いマンションを指差した。
何階建てなんだろう。
先輩は30階に住んでたけれど、エレベーターのボタンからしてまだ上に階があるようだった。
「もう着いたのか…」
ジェントルマンは、深くため息を吐いた。目的地に着いたというのになんでこんなに元気がないのだろう。普通は「着いたーやったー!」って喜ぶはずでは?あ、でもジェントルマンが、手を広げてバンザイして飛び跳ねて喜んでいるのを想像したら、それもなんか違うなと思ってしまった。
「あの…どうしたんですか。そんなため息」
「すこし…少しだけ憂鬱なんだ…」
マンションの目の前まで来ると、ジェントルマンはそこでぴたりと立ち止まった。
「入らないんですか?」
「入るよ!入るさ。あと…30秒後…いや1分後ぐらいに」
「私、もう行きますね。入り口はそこですから、もう迷わないでくださいよ?」
度を過ぎた方向音痴のジェントルマンにそう告げると、一礼して、きた道を引き返し始めた。
「ちょっと!君!行かないでくれ」
引き返せなかった。引き返そうとした一歩目で腕を掴まれた。
振り返ると、泣きそうな捨て犬のような目でこちらを見つめてくる。
なんだか、ウチのお父さんと似ている気がする。
「なんで入らないんですか?」
「大阪から、意を決して会いに来たんだが、実際目の前にすると、決心が揺らいでしまって」
「その人って?」
私がそう聞いた瞬間。
ジェントルマンの後ろ、マンションの玄関あたりから、知った声が聞こえてきた。
「陽依?」
その声は藤井先輩。
ジェントルマンと私は、藤井先輩がいるであろう後ろにゆっくりと向き直る。
「なんでここにいる…親父」




