3
「楠木さん?」
終始上品な笑顔の楠木さん。
近づいて声をかけると、無言のままの楠木さんは人差し指をちょいちょいと曲げて私の顔をもっと近づけるように促した。
顔を楠木さんに近づける。
グイッ!
近づけた瞬間、私の制服のリボンを引き寄せられた。
私の顔は楠木さんの耳元で固定される。
どえぇぇえ!?なにこのポーズ。
目を出来る限り右に向けて楠木さんを見ると、どす黒いオーラが見えた。
いや、見えた気がした。
さっきまでの笑顔の楠木さんが綺麗な花束のようなキラキラしたピンク色のオーラを放ってたとすると、今の楠木さんは、地獄の亡者のオーラ。
もしかして、楠木さんて二重人格?
「く…楠木…さん?」
リボンを力強く引っ張られているせいで、首が締まって息がしづらい…。
「…………せ。オラ」
ん?今なんか聞こえた気がする。
それも楠木さんの方から。
「……面かせ」
つ、つら?かせ?
ううん。きっと聞き間違いだ。
そういうことにしとこう。
「お前の耳は飾り物か?」
私の耳元でつぶやかれる、この黒いセリフ達は、絶対楠木さんのものじゃない。
だって楠木さんは、美人で上品なお方で、こんなヤンキー口調を使うお方では断じてない!
「いい加減、人の話聞けや」
ドンッと突き放されて、私は楠木さんから解放される。
リボンは変な方向へ曲がって見た目がおかしくなっていた。
そんなことはどうでもいい。
あの黒いセリフの声の主を探さなくては。
リボンに向いていた目を、周りに向ける。
いつのまにみんな帰ったのだろう。
放課後の教室は私と楠木さんしかいなかった。
「あれ…じゃあ…」
でも、目の前の楠木さんはさっきの笑顔のまま。
さっきのやつ言い逃げしたんだね!もう!迷惑なやつ。
「屋上。面かせや。橋宮陽依」
あれ?また聞こえた。
やっぱりこのクラスにいるんだね。
きっと隠れてるんだ。
キョロキョロとクラスをもう一度見まわすが、隠れられそうなところはなく、一体どこにいるんだろう。
「行くぞ、オラッ」
突然腕をグイッと引っ張られて前のめりにこけそうになった。
手をつかんでいるのは楠木さん。
「ちんたらすんな」
そして上品スマイルのまま、黒いセリフを吐いているのも楠木さん。
「うそ」
どうやら楠木さんは二重人格だったようです。
保健室の先生呼んでこないと!
「ちなみに私、二重人格じゃないから。これが素やボケ。今時こんな素でお嬢様キャラ出来る女なんか世界のどこ探してもおらんわ」
うえぇぇぇ。
私の心の中読みましたね!?
楠木さんもしかしてエスパー?
屋上―――
「で、どうゆうつもりですの?」
上品な口調でしゃべってらっしゃるけど、奥さん。あなたすんごい顔してますよ、そして声はドスがきいてるし!
目とかありえないぐらいにつりあがってるし、口は不敵に笑ってるし、髪の毛は蛇みたいに浮いてる。
なんてったってオーラが、オーラが怖い。
「どういうつもりって…ていうかあの…あなたは楠木さんですよね?」
一応聞いてみよう。
「なにいってんの?ていうか知らない?これが本当の私。学校内ではお嬢様の方がウケがいいからあーゆう風にしてるだけ」
うそぉおん。
あの上品さとかお嬢様っぽい出で立ちとか、全部つくりもの!?
「ファンクラブ取締役会長たる私があんなへなちょこだったら、誰もついてこないっての」
じゃあ、みんな知って。
ユカとかも知ってたの?
じゃなきゃあんなに怖がるわけないもんね。天下のユカ様が。
もー!知ってるんだったら教えてくれてもいいのに。
隠れヤンキー設定ここで発覚ですか!聞いてないよ!
「だからどういうつもりなのか説明して」
楠木さんは、私に現実逃避する時間を与えてはくれなかった。
「あの…何がなにやら」
「とぼけんじゃないよ!」
ひっ!!風にはためく髪の毛が蛇にしか見えない!
そんなに声低くして脅さなくっても、私十分ビビリですから!
「橋宮さんさぁ…私はあそこまで頼んだつもりはないけどねぇ」
あそこまでってどこまで!?
「だんまりかぁ!?ぁんコラ」
お願いですから口調だけはお嬢様に戻してください。
私の脳内では、ちっちゃな私が白旗をパタパタ振ってる。
何も言わない私に痺れを切らした楠木さんは、自分の髪の毛を乱暴に掻くと、私をすわった目で見据えて、
「家まで上がって……おまけに駅まで藤井先輩と一緒に2ショットで歩く…ふふふ…よぉそんな真似ができたなぁ!?」
と、怒っている理由を述べてくださった。
み、見られてた!?恐るべしファンクラブ情報網。
「えぇと、いけなかったですか?」
「いけないもなにも、ファンクラブ規則第236条に違反してるだろーが!」
ふぁんくらぶ…きそく!?
「えっ?」
「ファンクラブ規則236条第2項、藤井先輩を愛でる者、藤井先輩の家への立ち入りを禁ず」
愛でる者って…。
私はいつ、ファンクラブに属したんだろう。
そもそも、楠木さんが住所を渡したんだよ。
なんか矛盾してないか?
「楠木さんが住所の紙くれたじゃないですか。だから家に…」
「住所は教えたが、家の中に入れとは言ってない」
そんな横暴な。
あの時偶然先輩に出会わなかったら、テレビドラマの刑事みたいにアンパンと牛乳もって先輩が出てくるの張り込んで待ってなきゃいけなかったわけ?
「というわけでだ。今から貴様には規則を破った罰を受けてもらう」
罰って、痛い事!?ねぇ痛い事!?痛い事なの!?
だよね。きっとそうだ。
だって楠木さん隠れヤンキーだもん。
番町だもん、あ、裏番かも。
ヤンキーで思い浮かぶ罰って言うと、根性焼き!?
それとも爪剥ぎ?
あぁ!まさかの…釜ゆで…。
想像しただけでも鳥肌が立つ。
「こっちにきな」
「嫌です!嫌です!」
私は必死で屋上の端っこへ逃げた。
ドアのちょうど前に楠木さんがいるから、ドアからは逃げられない。
楠木さんへ勢いで突っ込む→死
屋上から飛び降りる→死
考えられる逃げ道はどちらも死ぬ確率の方が大きい。
「逃げても無駄じゃ!」
「ひっ…」
じりじりと詰め寄って来る楠木さん。
ガコン…。背中が欄干に当たった。
もう後退できない。
「さっさと罰受けたらどうですの?」
ヤンキー音域でお嬢様言葉は逆に怖いですよ~。
「えーと、遠慮しま…」
「強制じゃごるぁ!」
いつのまにか、私と楠木さんとの距離は1メートルも無かった。
私の目の前にいる楠木さんは、不敵の笑みを浮かべて手を振り上げる。
やられる!殺される!撲殺されるぅ!
パサッ
ん?
思わず閉じた目をゆっくりと開けると、
足元に一枚の紙切れが。
「さっさと踏めや」
と楠木さんが下を見て言う。
「ん?」
紙切れをよく見れば、はにかんだ笑顔の藤井先輩の写真。
「私も辛い。藤井先輩を愛する者が一番いやなことを罰としてやっている」
これってもしや。
あの、江戸時代にキリスト教を排除しようとした際に、信者かどうか確かめる方法の一つ?
かの有名な踏み絵。
本当の信者はキリストの顔を足で踏むことはできずに、つぎつぎと摘発されたらしい。
このファンクラブの場合、藤井先輩を思う気持ちが強い人ほどこの罰は効果的という訳で…。
「さ、踏め」
いやいやいや。
別に好きな人の写真じゃなくっても、踏むなんてできないよ。
「早く踏め」
足を上げてみるけれど、藤井先輩の素敵な笑顔を踏みつぶすなんてことはできない。
「…いやです」
「はぁ!?」
くすのきさぁん。目が怖いですってば。
でも、いくら脅されても、ファンクラブ規定違反だとしても、こんなことはできない。
「藤井先輩の顔を踏むことはできません」
「なっ!」
「私は、踏みません!」
そう強く言って、地面に落ちている写真を拾うと、楠木さんに手渡した。
茫然としている楠木さん。
≪ピロリロリロリン♪メールだよっピロリロ…≫
あっいっけなーい。
携帯の電源入れっぱだった。
よく今日の授業中鳴らなかったなぁ。
よかった。
携帯を開くと、知らないアドレスからのメール。
「え?誰だろう」
「おい、コラ。話はまだ終わってない!」
「ちょっと急用なんで帰りまーす」
楠木さんの声をさえぎると、私は楠木さんの横を通り抜けドアへ走った。
天の助け!ありがとうメールの送り主。
手元の携帯をもう一度見る。
本文にはこう書かれていた。
「17時20分に噴水公園で待つ。必ず来い。来なかったら……」
来なかったら……って何ですか!?
すっごく続きが気になるじゃないの。
来なかったら何が起こるの!?
差出人さん。ちゃんと最後まで書いて~。
楠木さんとの修羅場を回避することが、このメールのおかげで出来たけれど、またまた波瀾の予感がする。
行くべき?
行かないべき?
行かないでいたら、何か起こりそうだし、行ったら行ったで何かありそう。
差出人が男か女かも、分からない。
噴水公園って確か、学校の近くにあった。
ていうか学校のすぐ横だよ。
屋上から降りる階段のおどり場の窓から、外を見ると噴水がある公園が見えた。
グラウンドにある時計台を見ると、17時10分を指している。
「急がないと間に合わない!」
私はとりあえず、噴水公園へ向かった。




