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   こじつけの名目

   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 教会から出た後、二人は街の中心地へ向かった。

 ミラルが先頭になって細かな道を縫うように進むので、ひびきは彼女を見失わないよう歩くことに必死で、異国の情緒を楽しむ余裕はなかった。


 せかせかと歩き続けて、やっと大きな通りに出る。ミラルが立ち止まったので、ひびきはようやく辺りの景色をじっくり見ることができた。


 大都市レフィークスほどの賑わいはない。だが、建物の一つ一つに手入れが行き届いているのか、どれも真新しく、街並みに清潔感があった。

 店と思しき建物の柱や窓枠の細部には花や植物などの模様が彫り込まれ、街を優雅に彩っている。通りの脇には点々と花壇が並び、黄色や紫、桃色や白色の花々が咲き誇っていた。


 アンバーから話を聞いていても、昔は小さな村と自然だけの土地だったとはにわかに信じられない豊かな街だった。


「さーてと、ファーデン食堂へ行く前に――」


 グッと背伸びをしてから、ミラルが辺りを見渡す。

 二、三度、左右に並ぶ店々を交互に見てから、ひびきへ振り向いた。


「ひびき、色々と買いたい物があるからついて来て。中には重いヤツもあるから、落としちゃイヤよ」


 荷物持ち……重い物……これは良い鍛錬になる。

 表情こそ変わらなかったが、ひびきの目が輝いた。


「はい、分かりました。必ずすべて持ち運びますから、遠慮なく買って下さい」


「頼りにしてるわよー。じゃあ、まずはあそこから……」


 そう言うと、ミラルは右側の一番手前にある店の中へ入っていく。

 薄暗い店内には、形も大きさも違う木彫りの蛇がいくつも並んでいたり、木箱や蔓で編まれたカゴや、不揃いな石で作られた首飾りなどが置かれている。どうやら民芸品を扱う店のようだった。


 ミラルは売り物のカゴを手に取ってひびきに渡すと、蛇の置物――遺跡の大蛇に似ているような物――を数個に、模様や形が違う装飾品や布をいくつも詰めていく。

 カゴの中で小山が出来たところで、ミラルは店員を呼んで雑談をしつつ値段交渉をしてから買い上げた。


 ずっしりと重くなったカゴの中を見ながら、ひびきは内心首を傾げる。

 店を出た所で、ミラルに小声で尋ねてみた。


「あの、これはミラルの仕事にどんな関係があるのですか?」


 こちらをチラリと見て、ミラルは不敵に笑った。


「これは全部、話を書くための資料よ。その土地ならではの小物を描写するだけでも話に深みが出るし、現実感も増してくれる。それに、模様や形に伝承が組み込まれていることもあるから、新しい情報も掴めるかもしれないし、現存の伝承の裏付けも取れるのよ」


 なるほど。一見すると関係なさそうな物でも、繋がりがあるのか。

 やりたい放題やっているだけの人ではないのだと分かり、ひびきの胸が清々しくなった。


 ミラルは次々と店に入り、欲しい物をどんどん購入していく。


 帳面に青みがかった黒色のインク……書き物をするためには必需品だろう。


 埃まみれの古本や巻物……わざわざ購入するくらいなのだから、貴重な情報が記されているのかもしれない。


 噛み切るのが大変そうな干し肉や、揚げて香ばしそうな狐色をつけた豆……地元の料理を知ることも大切な仕事の一貫だ。


 そして、色々な種類の酒……酒?


 ひびきがハッと我に返ると、ミラルが店主の男と談笑しながら酒を酌み交わしていた。

 ミラルの足元を見ると、疎らな背丈の酒瓶が何本も置かれている。


 しかも小さなグラスに入っていた酒を飲み干すと、「これも貰うわ」と新たに酒瓶を足元に追加していた。


(……いくらなんでも、これは作家の仕事と繋がらない気がする)


 目の前の光景に唖然となりながら、ひびきはミラルが大量の酒を購入するのを見届ける。

 店主が格子状に仕切られた木箱に酒瓶を入れたところで、ミラルはひびきを手招いた。


「さあ、荷物持ちよろしくねー。他のヤツは落としても良いけれど、これだけは絶対に落とさないでね」


 拳を握って力説するミラルを、ひびきは冷ややかに一瞥すると、木箱の上に今まで購入した物が積まれたカゴを乗せて持ち上げる。

 しっかり腕に負荷がかかって、良い鍛錬になる。だが、素直に喜べない。


 店を出ても憮然とするひびきを見て、ミラルは悪びれもなく笑った。


「これのどこが仕事なんだって顔してるわね。あんまり表情見せないクセに、何考えているか分かりやすいわー」


 からかうような声色に、ひびきは目を据わらせる。


「こんな日中にお酒を飲まれては、仕事に支障が出るのではないですか?」


「問題なしよ。アタシ、生まれつき酒は飲んでも呑まれない体質なの。それにこれも立派な仕事……地酒の歴史は、その土地の歴史だもの。つまり、その酒を知ることは、その土地を知ることと同意義よ!」


 堂々とそう言い切るミラルの目から、いつになく真っ直ぐで迷いのない力強さが漂ってくる。釈然としない気持ちでいっぱいだったが、ミラルの勢いに思わずひびきは「そうですか」と引き下がる。


 ミラルが勝ち誇ったような笑みを浮かべた直後、ぐぅぅぅぅぅ、とお腹が鳴った。


「食前酒も飲んだことだし、そろそろお昼にしましょ。いざファーデン食堂へ」


 颯爽と前に出ようとして、ミラルの足がもつれる。

 慌ててふらつきを立て直そうとする背中を見て、ひびきの胸に不安がよぎった。


(荷物運びの対象に、ミラル自身も含まれているのかも……)


 もし今すぐ運ぶことになっても、どうにか対処はできる。しかし、これから先は快く仕事を続けられなくなるだろう。

 人が長続きしないのは、これが大きな一因のような気がしてならなかった。

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