先住民の不満
しばらく大通りを進んでいくと、大きな広場に出る。あちこちで屋台があり、肉の焼けた香ばしい匂いや、まろやかで甘いお菓子の匂いが鼻を出入りする。
ミラルはお腹を押さえながら広場を囲む店々を見渡した。
「ここがラマノの広場だけど、ファーデン食堂は……あ、あったわ。行くわよーひびき」
こちらの返事を待たず、ミラルは小走りに食堂へ向かっていく。
気まぐれな猫に付き合っている気分になりつつ、ひびきは後を追った。
周囲の建物の中で一番小さく古めかしい店に、『ファーデン食堂』と書かれた木の看板が掲げられていた。
ミラルが鼻歌まじりに食堂の扉を引くと、中の熱気と、人々のざわついた声が出迎えてくれた。
「あらあら、かなり繁盛しているじゃない」
早速ミラルは店内に足を踏み入れる。と――。
――直後、ざわついた声がピタリとやんだ。
大荷物を持ったひびきも中に入ると、店中の人間が二人を無遠慮に見つめてきた。誰の目も鋭く、警戒されていることが嫌というほど伝わってくる。
きょとん、とミラルは目を丸くした。が、すぐに「ふうん」と漏らし、空いていたカウンターの席へ座った。
邪魔にならないよう店内の隅に荷物を置くと、ひびきはミラルの隣に並ぶ。
鼻下にチョビ髭を生やした男性が訝しそうに眉根を寄せながら、ミラルに顔を近づけ、声を潜ませた。
「あんたら旅行者かい? 観光するなら、こんな古しい店じゃなくて、もっと華やかな店へ行けばいいのに」
「ここを司祭様から紹介されて来たのよ。昔から住んでいる人に、街の話を聞きたかったからさ」
ミラルの言葉に、店主は目をパッチリ広げる。
「アンバー様から! それは失礼した」
室内へ行き渡るように、店主が大声を出した。それを聞いた途端、刺々しかった客たちの空気が消え、再び雑談に花を咲かせていった。
店主も笑みで顔を崩し、快く二人に水入りのコップを出してくれた。
「いやあ、アンバー様の客人に大変失礼した。ここにいる奴らは、みんな余所者に慣れていないんだ」
「ちょっと驚いたわ、袋叩きにされそうな雰囲気だったものね。慣れていない……というより、余所者を拒んでいる感じ」
ミラルは面白そうに呟くと、カウンターに両肘を置き、前に身を乗り出した。
「ここにいる人は、みんなラマノの先住民なの?」
店主は辺りを一瞥してから、軽く頷いた。
「あー……そうだね、君たち二人以外は先住民だよ。こんなオンボロのお店よりも、きれいで新しい店の方が観光客受けは良いからね。でも、味はどこにも負けていない。それは保証するよ」
「楽しみだわー。じゃあ取り敢えずシチューを二つ頂戴。司祭様に勧められてから、ずっと食べるのを楽しみにしていたのよ」
偽りのないミラルの弾んだ声に、店主も気を良くして「了解」とにこやかに答え、奥の厨房へと消えていく。
しばらくして再び現れた店主の両手には、それぞれ湯気の立った木の器があった。
コトン、と二人の前に器が置かれる。ひびきが覗き込むと、濃い赤茶色のスープの中で、芋などの野菜や大きな肉の塊が泳いでいた。
店長から木のスプーンを受け取ると、ひびきはシチューをすくい、息を吹きかけて少し冷ましてから口に運ぶ。まろみのある酸味、野菜の甘さ、肉のうまみが一斉に舌の上に乗っかり、頭の方まで味が広がっていく。
京佳にはなかった味だが、初めてでも美味しく頂ける。
ひびきがしっかり味わいながら感心していると、ミラルから「あら」と感嘆の声が零れた。
「司祭様が勧めるだけあって、すっごく美味しいわ。仕事であちこち飛び回ってるけれど、今まで食べたシチューの中で一番美味しいかも」
「いやあ、そう言ってもらえると嬉しいよ。ここだけの話、同じ食材でもここ以外の地域の物よりも、ラマノで作られた物の方が旨さは格段に違うんだ。これも女神様のおかげだよ」
嬉々として語る店主へ、ミラルが「やっぱりねー」と相槌を打つ。そして一旦スプーンを器に置き、腕を組んで唸った。
「こんなに美味しいシチュー、もっと色んな人に知ってもらうべきだわ。地元の人で楽しむだけなんて、ちょっともったいないわ。宣伝すれば、このシチュー食べるだけにラマノ観光するっていう人が世界中から出てくるハズ」
「そう言ってもらえると光栄だなあ。でも……」
不意に店主は唇に苦笑を浮かべ、わずかにミラルから目を逸らした。
「余所者がこの地に増えるのは、どうしても耐えられないんだ。そもそも俺たちがどれだけ稼いでも、この地は外からやって来た奴らに買い占められているから、富はほとんどそいつらに吸われてしまう。客が増えても、ただ俺たちの負担が増すだけだ」
ゆっくり頷きながら聞いていたミラルが、小さく息をついた。
「なるほど、確かにそれじゃあ割に合わないわね。そんな悔しい思いをしてきたなら、余所者を拒みたくなって当然ね」
「ああ。初めは大きな街を作りたくて、外から来た人間たちに安い金で住む土地を譲っていた。眠りにつき続ける女神様を喜ばせたい一心でなあ……俺たちは新しくラマノに住む者たちを仲間として迎え入れ、共に大地を耕し、実った物を共に分け合おうと思っていた。だが、ヤツらは土地を手に入れた途端、俺たちの思いを無視して、至福を肥やすためだけに土地を独り占めしたんだ。ハーマン伯爵がいい例だ」
静かに店主の話に耳を傾けながら、ひびきはハーマン伯爵を思い出す。
一回顔を見ただけだが、粘ついた空気をまとった受け入れがたい人だった。品がないのは外見だけではなかったようだ。
ミラルは苦笑を浮かべ、肩をすくめた。
「直にハーマン伯爵を見たけれど、絵に描いたような悪趣味成金だったわ。あの立派なお腹には女神の祝福が詰まっているのね……針でも刺して、中から引き抜いてやりたいわ」
物騒なミラルの皮肉に、店主が小刻みに頷いた。
「俺たちも常日頃からそう思っているんだよ。なあ?」
店主は席を一つ空けて食事をしていたカウンダーの男性客に話を振る。
すると客はこちらに顔を向け、太い眉をクイッと上げた。
「おう、その通りだ! あの野郎、余所者のクセにオレたちの土地を好き勝手しやがって……金に物を言わせて集めた用心棒どもがいなければ、ここから叩き出してやるのに」
興奮して大きくなった声に、他の客たちも振り向く。そして「そうだそうだ」「いつか土地を取り返してやるんだ」と口々に不満を吐き出してくる。
急に濃くなった熱気にひびきは内心たじろぐ。彼らが秘めていた怒りと嘆きに圧倒されるばかりで、何も言うことができずに困惑する。
しかしミラルは気後れするどころか、活き活きと楽しげに彼らを煽り、更に不満を引き出そうとしていた。
この時、みんなの心は一つにまとまっていた――ひびきを覗いては。
いつになったら落ち着くのだろうか。
ひびきはそう思いながら、ますます熱くなる彼らを見守ることしかできなかった。




