宝石と思いきや
動かなくなった大蛇の体をよじ登り、一行は遺跡の中へ入っていく。
正門を潜ると、まず外観よりも高く感じる天井に目が向かう。壁の上部では均等に窓が並び、外の光を取り入れて中を照らしていた。
遺跡と言うからには古い建物のはず。
だが、中は土埃こそあるものの、柱や床は倒壊どころかヒビ一つ見当たらず、ただ整然と柱が並んでいた。
奥の方には立派な石碑が立てられており、その石碑の足元には横に長い箱形の石材が置かれ、大きな錠がかかっていた。見当たるのはそれだけで、中はとても閑散として寂しい印象を受ける。
「マニキス山にある遺跡の神殿に、ここはアドゥーク国最後の王、アデル王の墓だと記されていたけれど……うん、それで合っているみたいだ」
レスターが石碑へ駆け寄り、指で石碑の文字を追いながら呟く。
背後からミラルも石碑を見上げ、瞳を細かく左右に動かす。
「えーっと、『大地に愛されし民の王・アデル、豊穣の神となり大地を守るため、ここへ永久に眠る』って書いてあるわ。おそらく、そこに錠をかけてあるやつが王の棺でしょうね」
ミラルは腕を組み、ニヤリと笑う。
「神の恩恵を授かるために、神々の住処に近い場所へ国を造っておきながら、神になるための墓は天上から離れた所なんて……どう思うレスター?」
唸りながら一考すると、レスターは「多分」と言葉を返した。
「豊穣の神は大地の恵みを授けるから、天上じゃなくて地中に近づけてお墓を作ったんじゃないかな」
一理ありそうな話だったが、ミラルは不満そうに唇を尖らす。
「だとしたら、国も神殿も似た場所に作るんじゃない? レスター、もっと調べるわよ」
「うん。ずっと調べたかった遺跡だから、心が踊るよ」
二人は頷き合うと左右に分かれ、石碑と棺周辺を調べ始める。立ったりしゃがんだり、せわしなく動いて調査に没頭し、ひびきとイグニスを置いていく。
「ミラルがああなったら邪魔はせず、気の済むまで調べさせた方がいい。俺らは適当に座って休もう。ひびきちゃん、ずっと歩き続けて疲れただろ?」
イグニスはその場へどっかり腰を下ろし、隣へ座れと床を叩く。
「私はまったく疲れていませんから、どうぞお気遣いなく。イグニス先輩はゆっくり休んでいて下さい」
考える間もなくイグニスの誘いを断り、ひびきはゆっくり遺跡の中を見渡した。
床や壁には一切の飾り気はなく、かろうじて柱の上下にツタの模様が彫られている程度。王の墓と言う割には質素だ。しかし余計な飾りつけがない分、むしろ高貴に感じる。
この地にどんな国があり、どんな王がいたのだろうか。
機会があればミラルやレスターに聞いてみたい。そう思いながら、ひびきは柱を仰いで模様を眺めていた。
ふと石碑の隣に並んだ、一本の柱に目をとめる。
(あれ? あの柱……)
ミラルたちの隣へ行き、ひびきは柱を見上げる。その横にイグニスが並んだ。
「何か変わった物でもあったのか、ひびきちゃん?」
「ええ。この柱だけ上の模様が違います」
ひびきの言葉を聞き、ミラルとレスターも調べる手を止めて柱を仰ぐ。
他の柱とは違い、石碑に一番近い柱に描かれた模様には、一匹の蛇がツタに絡まる様子が彫られていた。
「この地域では、蛇が神の御遣いだと考えられているんだよ。わざわざ王の側に置くほどだから、昔も同じように考えられていたようだね」
レスターが恭しく柱の蛇を見上げていると、おもむろにミラルは柱を小突いて耳を澄ます。
「……ここだけ音が違うわ」
上下左右にミラルが柱を擦ったり、順繰りに指先で押していると――突然押した部分が引っ込み、穴が開いた。
一瞬驚きで目を丸くしてから、ミラルは口元を緩ませた。
「あったりー! ほら見て、カギ発見」
ミラルは指先でカギを摘まむ。それは何百年も時が経ったとは思えない、目映い輝きを放つ金色のカギだった。
一番食い入るように見ていたレスターが、はっと息を呑んだ。
「もしかしてそのカギは……」
「そう。おそらくだけど、そこにある棺のカギじゃないかしら」
んふふふふー、とミラルはにやけた目を細め、棺に瞳を流す。
「今まで『傾国の女神』の伝承を追ってきたけれど、この国で『傾国の女神』は完全に足跡を絶っているのよね。もしこの地で信仰している豊穣の女神シアが『傾国の女神』と同じなら、アデル王が豊穣の神になるために、女神を墓へ入れてるハズ!」
ミラルが拳を握り、瞳を輝かせる。そこには墓を暴くことへの畏怖も、遺跡を勝手に弄ることへの躊躇もありはしなかった。
「あの……やっていることが墓荒らしと変わらない気がします」
思わずひびきが口を挟むと、ミラルは片目を閉じて肩をすくめる。
「調査よ調査。棺を開けなきゃ分からないもの、歴史を確かめるためには大事な作業よ。ねえレスター?」
ミラルに同意を求められ、レスターは言いにくそうに頬を掻いた。
「うん、まあ、棺を開けるのは抵抗があるけれど……僕も『傾国の女神』はここにあると思っているんだ。だからアデル王には悪いけれど、是非この目で確かめたい」
いつもは穏やかなレスターの目が、棺へ視線を定める頃には強い眼差しに変わっていた。面白がっているミラルとは違う真剣さに、ひびきの中で批難する気持ちが縮んでいく。
こちらの戸惑いに気づいてか、ミラルはニッと歯を見せて笑った。
「焦らされるのは性に合わないから、さっさと開けて確かめるわよ。でも罠とかあったら嫌だから、イグニスが開けてよね」
急に指名を受けて、イグニスからため息が零れた。
「まったく、厄介事は全部俺かい……まあいいけどな。その分、ひびきちゃんに俺の良いところを見せられるから」
ミラルにカギを渡されると、イグニスは悠々とした足取りで棺に近づく。
「じゃあ開けるからな。ミラル、何があっても俺を置いて逃げるなよ」
「大丈夫、大丈夫。そこは安心して」
調子の良い言葉を飛ばしておいて、ミラルは「逃げるのはお約束じゃない」と呟いた。
がちゃり。イグニスが錠にカギを挿して回す。
錠を棺から取り外す時、全員が息を呑み……何も起きずに脱力する。
「ふう……槍とか降ってきたらどうしようかと思ったぞ」
額に滲んだ汗を拭うと、イグニスは躊躇せずに棺の蓋を開けて中を覗いた。
「それじゃあ王様とご対面……えっ!」
イグニスが突然、驚きの声を出す。
それを聞いて真っ先にミラルが踵を返し、逃げる体勢を取る。
とにかくミラルとレスターは守らねばと、ひびきは二人よりも前に出て構えを取った。
棺の中から、やけに血色の良い腕が見えた。
ふぁあぁぁあぁぁぁぁ……。
緊張感の欠片さえ見当たらない、こちらの力を吸い取るような声高なあくびが聞こえた。
「んー?」
何者かがむっくりと上体を起こす。
一見すると浮浪者にしか思えない、叩けば埃がどれだけでも出そうな薄手の服。伸び放題の艶やかな金髪。前髪が異常に長くて顔は隠れていたが、男性に比べると華奢な肩と高い声で女性だと判った。
気だるそうに女は頭を掻き、しばらくボーッとしてから一行に顔を向けた。
「なんだお前ら、オレに何か用?」
誰もが女の問いに答えず呆然と見つめる。
なぜ遺跡の棺に生きた女が? わざわざ錠をかけてまで棺の中に閉じこもるだなんて、狙いが分からない。
もしかしてこれは幻で、王の墓を暴いた者への罠なのかもしれない。
ひびきが構えを解かず女を睨んでいると、ミラルは手を震わせながら彼女を指差した。
「ア、アンタ……まさか女神とか言うんじゃないでしょうね?」
「オレが女神だと文句あるのか? オレはシア。お前ら人間には豊穣の女神とか、『傾国の女神』とかって言った方が分かるか」
シアはもう一度あくびをして、億劫そうに棺から出てくる。半ズボンから伸びた脚は細く引き締まっており、髪は前後共に膝元まで伸びていた。
そして両手首には消炭色をした鉄の手枷がはめられ、左右の手が鎖で繋がれていた。女神どころか奴隷や囚人の格好だ。
ミラルは顔を白くさせ、激しい動揺で瞳がクルクル動いた。
「イグニス、棺の中を見て! 他に何かないの?」
「あ、ああ……」
急かされたイグニスが、枕と毛布を摘んで棺の中を調べる。
だが、首を横に振るだけだった。
「諦めろよ、やっぱり何もない」
唐突に、ミラルは膝をついてうな垂れた。
「女神の正体は、本物の女神でしたーなんて……何よ、この裏切られた感じは。物じゃなくて見た目が人間じゃあ、高く売り払うなんて無理じゃない。アタシの調査に費やした時間とお金が無駄になるなんて……」
本気で嘆くミラルに続き、なぜかイグニスが膝をついて落胆していた。
「女神様って言ったら高貴な美女が相場だろ……こんな小汚い、一人称が『オレ』の色気皆無なヤツが女神だなんて……男の夢が崩れてゆく」
こっちはこっちで、涙を床に垂れ流して泣き崩れている。その姿を目の当たりにして、ひびきは冷静さを取り戻す。
チラリとレスターを見やると、彼は疑惑の女神に醜態をさらし続ける二人とは違い、目を見開いてシアを凝視している。
誰かが動かなければ、ずっとこのままだ。かと言って、状況がさっぱり分からない雑用の自分が勝手に動く訳にもいかない。
どうしたものかと、ひびきが心労を乗せた息を吐き出していると、イグニスが涙を拭って立ち上がった。
「ちょっとでも女神に期待した俺がバカだった。俺の潤いは、ひびきちゃんだけだ!」
変に高揚したイグニスが駆け出し、ひびきへ一気に迫ってくる。
……ここで本気を出さなければ、この身が危ない。
ひびきは軽く腰を落として構えると、迫るイグニスに全神経を集中させる。
大蛇を押さえ込んだ手が、こちらに伸ばされる。
ギリギリまで引きつけ――手が届く瞬間、横に半歩ずれて避けると、隙だらけの腕を捕らえる。
そのままイグニスの勢いを利用しながら、腰を捻り、全力で彼を投げ飛ばした。
見事にイグニスは床と平行に、鋭く飛んでいく。
失速し、派手に床へ叩きつけられる直前、イグニスは身を翻して着地した。
「はっ……俺は一体何を……?」
我に返って良かったと思う反面、あれぐらいでは足らないのかとひびきは密かに驚嘆する。
イグニスをどう攻めれば、有効的に戦えるだろうか?
そんなことを考えながら手首をブラブラと振っていると、シアが薄っすらと赤い唇を前髪から覗かせ、大口を開けて笑った。
「お前ら面白いな! わざわざオレを起こしたってことは、オレに用があるんだろ? 特にやることもないし、お前らに付き合ってやるよ」
胸を張って「感謝しな」とシアに言われ、首がもげそうなほどに何度もレスターが頷く。
その間、ミラルは立ち直ることなく落胆の長息を吐き続けていた。




