蛇塗れの森
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教会を出てから一行が道なりに歩いていくと、次第に道の両脇に幹が白く長細い木が並び始める。足元の草はどれも芽吹いたばかりの淡い緑で、奥へ続く小道を柔らかく彩っていた。
林の中を突き進むと、唐突に黒ずんだ木々が密集した森が現れる。枝から枝へとツタが絡まり、湿気を帯びた陰鬱さが漂ってくる。
「イグニス、さっさと先頭歩いてよ。アンタが前を歩いてくれると、先にクモの巣を取ってくれるから楽なのよね」
ミラルの言いように、イグニスが唇を尖らせた。
「勘弁してくれよ クモの巣って粘ついて取れないから大変なんだぞ。一回ミラルが前になれば――」
「つべこべ言わずにさっさと歩け!」
駄々をこねるイグニスの腰を、容赦なくミラルが足蹴にした。靴底の形が、彼の服へしっかり刻まれる。
一瞬ムッとなってミラルを一瞥したが、ため息と共にイグニスの顔へ諦めの色が浮かんだ。
「……はいはい、分かったよ。行けば良いんだろ」
文句をブツブツと垂れ流しながら、イグニスが森の中へ足を踏み入れる。
そんな恨み節を聞き流し、ミラルはレスターの背中を軽く押す。
「レスターはイグニスの後ろに続いて。アイツの近くにいれば、例のヤツに襲われてもケガはしないから」
「うん、甘えさせてもらうよ」
男性陣が歩くのを確かめてから、ミラルがひびきへ振り向いた。
「ひびきは最後尾を歩いてね。後ろから変な気配があったら、すぐに教えてよ」
「分かりましたけど……この森に何がいるのか教えてくれませんか?」
昨日から「明日のお楽しみ」と言うばかりで、肝心なことは教えてくれない。
内心ひびきが不安を覚えていると、ミラルは指をグルグルと回しながら歩き始めた。
「よーく森を見て。例のヤツの小物がいるから。今もちょっと森へ入った道の地ベタにいるわよ」
言われて森の中を見るが、目に映るのは草木ばかり。ミラルたちとの距離が開きそうになり、急いでひびきも森の中へ入っていく。
意識して辺りを見渡していると、すぐに答えは分かった。
木々の隙間から降り注ぐ、小さな木漏れ日の下で――蛇がとぐろを巻き、光を浴びていた。
一匹見つけると、後は芋づる式に蛇が視界に入ってくる。
地面はもちろん、見上げれば枝やツタに巻きついて樹皮と一体化していたり、道で丸まっていた蛇が一行に気づいて逃げたり……気づけばどこを見ても必ず蛇がいた。
「例のヤツっていうのは蛇のことですか。異様に多いですね、この森……」
「そう。地元じゃあ蛇まみれの森って言われてるわ。昼間になると蛇が活発に動いて厄介だから、蛇の体が温まっていない朝の内に遺跡へ行って、日が沈んで蛇の体が冷える頃に帰る、それが一番なの。それにこの時間帯なら面白い物も見られるしねー。ほら、あっち見てよ」
ミラルが右を指さす。全員その指先を目で追っていく。
そこには大きな陽だまりがあった。
遠目でよく見えないが、陽だまりの下には細く曲がった枝のような物が、隙間なく敷き詰められている。
そして、時折思い出したように蠢いた。
「まさか、あそこにいるのは全部蛇か……気持ち悪ぃ。しばらく麺類は食いたくない」
顔色を青くしてイグニスが目を逸らす。それを見てレスターは苦笑した。
「蛇は日に浴びないと体温が上がらないからね。ああやって各々の体を寄せ合って、より早く温まろうとしているんだ。頭では分かっているけど、いい光景じゃないね」
「あれだけの蛇が森の中で活動しているんですね。中には毒蛇もいるでしょうし……本当に厄介です」
ひびきは眉根を寄せて蛇の湖を見つめる。きっとここへ来なければ、一生見ることはできなかっただろう。が、一生知りたくもない光景だった。
一人、ミラルが「そう?」と首をひねった。
「いい森じゃない。この森で遭難しても、食料と飲み物には困らないんだもの」
食料と飲み物……なんとも理解に苦しむ言葉だ。
ひびき同様にイグニスもそう思ったらしく、振り向いて不信感いっぱいの声を上げる。
「食料ぅ?」
「飲み物、ですか?」
イグニスに続いて、ひびきも訝しげに尋ねる。
こちらの戸惑う様子を楽しんでいるのか、ミラルは嬉々として笑った。
「だってさ、森の中なら手を伸ばせば簡単に捕まえられるでしょ? 後は蛇の頭をつかんでさ、首チョン切って血を飲んでから、皮を引っぺがして肉を焼けばいいんだし。これだけいれば無制限食べ放題よ」
初めは皮肉か冗談かと思った。だが、声を弾ませ「あ、よだれが出てきちゃった」と口を拭うミラルからは、心底そう考えている気配が強烈に伝わってきた。
「腹を膨らますのに、どれだけ蛇をさばくつもりだ? そんな面倒臭いこと、俺は絶対にやりたくないぞ」
イグニスの非難に、ひびきは大きく頷く。
「そもそも遭難すること自体が間違っています。遭難しなければ必要のない話です」
一体どう考えれば、こんな突飛なことを思いつくのだろうか。ミラルの思考が理解できず、ひびきは怪訝そうな顔をする。
と、急にイグニスがひびきに顔を向けた。
「やっぱり一人でミラルに突っ込むのと、相方がいるのとじゃあ違うな。しかもひびきちゃんと息ピッタリ! 俺たち、最高の相性なんじゃない?」
「偶然です。しっかり前を見て下さい」
浮わついたイグニスの声に、淡々とひびきが言葉を返す。それでも彼の調子は変わらず、いくら反論しても軽々しい声しか返ってこなかった。
そんなやり取りを続けながら、順調に森の奥へと進んでいく。マニキス山と違って急な斜面はなく、道がなだらかに波を打ち、たまに大きな起伏がある程度。蛇のことを考えなければ、まったく苦にならなかった。
イグニスの後ろから道案内をしていたレスターが、せわしなく前後に体を向け、人差し指を立てて口につけた。
「あと少しで遺跡だけど、ここからは静かに。遺跡には森の主がいて、こっちに気づいたら襲ってくるから」
「森の主って、遺跡一帯を囲むように体を巻きつけているんでしょ? どんなヤツなのかずっと気になっててさ、見るのが楽しみなのよねー」
静かにしてくれと言われているのに、ミラルは気にせず声を躍らせる。
森の主の正体をすでに察しているだけに、わざと見つかるように振る舞うミラルがひびきには信じられなかった。




