プロローグ① 伊藤鶴吉の日記―江戸時代に生まれ、明治を生きる
【登場人物】
◾️伊藤鶴吉
本作の主人公。青年通訳。
江戸時代に生まれ、明治という新しい時代を生きる。横浜で外国人と接するなかで英語を身につけ、通訳として働くようになった。
言葉を訳すだけでなく、旅の手配や交渉、道案内までこなす実務派。好奇心旺盛で、機転が利き、相手を退屈させない話術も持ち味。
イザベラ・バードの日本旅行に同行し、通訳兼案内人として日本各地を巡る。
◾️イザベラ・バード
イギリス人の女性旅行家・紀行作家。
未知の土地を自分の目で見て、記録に残すことを大切にしている。日本の文化や暮らしに関心を持ち、各地を旅する。
鶴吉を通訳として雇い、日本の奥地への旅に出る。鶴吉とは年齢も文化も異なるが、旅を通して互いの考え方や価値観に触れていく。
◾️ヘボン博士
横浜で活動したアメリカ人宣教師・医師。
日本人に英語を教え、医療や教育にも尽力した人物。鶴吉が通訳として働く時代の横浜を描くうえで、重要な存在となる。
◾️旅先で出会う人々
宿の主人、商人、農民、職人、役人、そして各地で暮らす人々。
鶴吉とバードの旅を通して、明治初期の日本の生活や文化、地域ごとの違いを伝える人々である。
明治十一年五月 横浜
さて、今度の仕事は、なかなか骨が折れそうだ。
英国人の婦人が、日本の奥地を旅したいという。
名前は、イザベラ・バード。
通訳と案内人を兼ねる者を探しているそうだ。
月給は十二ドル。
悪くない話である。
しかし、聞けば聞くほど、簡単な仕事ではなさそうだ。
婦人は、ただ名所を見物したいわけではないらしい。
日本の奥地へ入り、土地の様子を見て、そこに暮らす人々の生活を知りたいという。
道はどうするのか。
宿はどこに取るのか。
食事はどうするのか。
土地の人々とは、どう話をつけるのか。
言葉を訳すだけでは、とても務まらないだろう。
それにしても、英国の婦人というのは、どんな方なのだろう。
私よりずっと年上だと聞いている。
母親よりも年上かもしれない。
そんな方と、長い旅を一緒にする。
さて、どうしたものか。
## 横浜で覚えた英語
私は、横浜で外国人から英語を学んだ。
横浜には、外国から来た人々が暮らしている。
彼らの話す言葉は、日本の町で聞く言葉とはまるで違う。
最初は、何を言っているのか分からない。
けれど、分からないからといって、黙っていては何も始まらない。
聞いて、まねをして、間違えて、また聞く。
そうして、少しずつ言葉を覚えていった。
英語を覚えると、今まで知らなかった世界が見えてくる。
外国人が何を考え、何を求め、何に驚くのか。
言葉が分かれば、その人の考えを聞くことができる。
それは、なかなか面白いことだった。
やがて、英語を使う仕事に就く機会があった。
米国公使館で働いたこともある。
外国人と接する仕事は、語学の勉強とは違う。
相手の言葉を聞き、用件を理解し、必要なことを伝える。
間違えれば、相手にも、こちらにも迷惑がかかる。
ただ英語を話せるだけでは、仕事にならない。
相手が何を望んでいるのかを考えることが大切なのだ。
## 初めての旅
その後、英国人の植物学者の通訳兼従者として、東北から北海道まで旅をした。
外国人と一緒に日本を旅する。
それは、思っていた以上に大変な仕事だった。
道を調べる。
宿を探す。
土地の人々と話をする。
移動の手段を考える。
旅人が何を見たいのかを理解し、その希望に応える。
ときには、予定どおりにいかないこともある。
そんなとき、どうすればよいか。
考えて、工夫して、何とかする。
旅というものは、予定表どおりには進まない。
だからこそ、面白いのかもしれない。
私は、通訳という仕事が、だんだん好きになっていた。
言葉をつなぐだけではない。
人と人をつなぎ、旅を成立させる仕事なのだ。
## 江戸に生まれ、明治を生きる
私が生まれたころ、日本にはまだ江戸幕府があった。
人々の暮らしには、江戸時代から続く習慣が残っていた。
髪型も、服装も、身分も、社会の仕組みも、今とは大きく違っていた。
ところが、世の中は変わった。
幕府がなくなり、明治という新しい時代が始まった。
ちょんまげを切る者が増え、洋服を着る者が現れた。
刀を差すことも、身分によって仕事が決まることも、以前と同じではなくなった。
学校の制度も変わり、暦も変わった。
汽車が走り、外国人が町を歩く。
これまで見たこともないものが、次々と目の前に現れる。
「明日から新しい時代です」
そう言われたところで、昨日までの暮らしを、翌朝からすっかり変えられるものだろうか。
変わりたくない者もいる。
変わる必要などないと思う者もいる。
今までの暮らしや誇りを、簡単には捨てられない者もいる。
それは、無理もないことだと思う。
けれど、世の中が変わっていくのなら、こちらも学ばなければならない。
私は、そう考えてきた。
新しい言葉を覚え、新しい仕事を知り、知らない世界を見てみたい。
外国人と話すことも、その一つだった。
日本人同士なら、言葉にしなくても分かることがある。
しかし、外国人には通じない。
反対に、外国人の考え方を聞いて、初めて気づくこともある。
言葉を覚えるというのは、相手の考え方を知ることでもあるのだろう。
## 今度の旅
さて、今回の婦人は、どんな人なのだろう。
日本の奥地を見たいという。
しかも、相当に意志の強い方らしい。
こちらも、若いからといって遠慮ばかりはしていられない。
長い旅になるのなら、言うべきことは言わなければならない。
道が悪ければ、悪いと言う。
無理な日程なら、無理だと言う。
それでも旅を続けたいというのなら、別の方法を考える。
どうせ一緒に行くのなら、退屈な旅にはしたくないものだ。
## もう一つの日記
後に、私は旅の記録をつけることになる。
訪れた土地の名前。
移動した距離。
交通費や宿泊費。
町の様子や、そこで暮らす人々のこと。
日本語だけでなく、英語でも記録した。
旅の出来事を忘れないようにするためだ。
その日記を、バードにも読んで聞かせた。
彼女の旅行記には、そう記されている。
だが、私の日記そのものは、今のところ確認されていない。
バードの記録は残った。
私の記録は、見つかっていない。
もし、あの日記が残っていたなら、どんなことが書かれていたのだろう。
英国から来た婦人は、何を見て、何に驚いたのか。
私は、その婦人をどう見ていたのか。
旅先で出会った人々は、どんな話をしてくれたのか。
そして、私たちは、ただの雇い主と通訳だったのだろうか。
それとも、長い旅をともにするうちに、互いを理解するようになったのだろうか。
今となっては、私自身の言葉で答えることはできない。
だから、この物語では、私の日記をもう一度書いてみることにしよう。
江戸に生まれ、明治を生きた一人の青年。
横浜で英語を学び、外国人と旅をし、通訳という仕事を自分の道にした青年。
そして、英国人女性イザベラ・バードと、日本の奥地へ向かった旅人。
私の名は、伊藤鶴吉。
さて、明日から、どんな旅が始まることやら。




