第5章:再起動の朝と、秘密のアクセス権
カーテンの隙間から差し込む眩しい朝陽で、咲はゆっくりと目を覚ました。
シーツに包まれた身体には、心地よい気怠さと熱の余韻がじんわりと残っている。枕元から漂う微かなシトラスの香りに、昨夜、周の腕の中で甘く溶かされた記憶が鮮明に蘇り、咲はボンッと音を立てるほど顔を赤くして毛布に潜り込んだ。
「……おはよう。よく眠れたか?」
頭上から降ってきた低く優しい声に、咲がビクッと肩を揺らす。
ベッドの傍らには、淹れたてのコーヒーが入ったマグカップを片手に持つ周が立っていた。パリッとしたスーツ姿の「冷徹な上司」ではなく、緩いルームウェアに少し寝癖のついた無防備な姿。それだけでも心臓が跳ねるのに、周の瞳は昨夜と同じ、甘く過保護な熱を帯びていた。
「お、おはようございます……っ、上北さん」
「ここでは『周』だろ」
周はマグカップをサイドテーブルに置くと、ベッドに腰を下ろし、毛布から顔だけを出している咲の額にチュッと軽いキスを落とした。
「っ……あ、あの……昨日は、その……」
「痛むところはないか? ……少し、やりすぎたかもしれない」
心配そうに咲の頬を撫でる手のひらはひどく温かい。咲はフルフルと首を横に振り、「大丈夫、です……すごく、優しくしていただいたので」と消え入るような声で答えた。
その健気な返答に、周はたまらないというように目を細め、もう一度、今度は咲の唇にゆっくりと深く重なるようなキスをした。
「……今日はこのまま休ませてやりたいところだが、午後からクライアントとの定例会議がある。無理そうなら俺が調整するが、どうする?」
「い、行きます! 私の担当領域の報告もありますし……!」
仕事の話になると、咄嗟にいつもの真面目な部下の顔に戻る咲を見て、周は「お前は本当にブレないな」と苦笑し、咲の髪をくしゃくしゃと撫でた。
「わかった。だが、絶対に無理はするなよ。……俺の目が届くところに置いておけるから、出社してくれた方が安心なのは確かだがな」
独占欲の滲む言葉に甘く胸を締め付けられながら、咲は周の部屋で朝の身支度を整えた。
数時間後――。
オフィスの執務室には、いつもの張り詰めた空気が戻っていた。
「朝倉、先日の障害レポートと恒久対応の要件定義書だが、明日の午前中までに第一稿を上げられるか」
「はい。夕方までに一度ドラフトをお見せします」
周は完璧にセットされた髪と隙のないスーツ姿で、いつも通りの「上北主任」として咲のデスクの前に立っていた。声のトーンも冷徹で、周囲のメンバーは相変わらず「上北さんは朝倉に厳しい」とヒヤヒヤした視線を向けている。
けれど、咲だけは知っていた。
書類を受け取る瞬間、周の長い指先が、誰にも見えない角度で咲の指をそっと撫でるように滑っていったことを。
(……ずるい、です)
冷たい仮面の下に隠された、自分にしか与えられていない特別なアクセス権。
「了解しました、上北主任」と真面目な顔で作ってみせながら、咲の胸の奥では、周への愛しさが静かに、けれど確実に熱を帯びてスパークしていた。




