第四章:プライベート・ネットワークへの招待
深夜のオフィスから連れ出されるようにして乗り込んだ周の車の助手席で、咲は微かに火照る頬を窓の冷気に当てていた。
深夜の首都高を滑るように走る車内には、静かなジャズの調べと、周の纏うシトラスの香りが満ちている。ハンドルを握る周の横顔は、職場で見せる隙のない上北主任のそれでありながら、信号待ちで咲へと向けられる眼差しは、酷く甘く、そして独占欲に満ちていた。
「疲れただろ。家に着くまで寝てていいぞ」
「……いえ、起きてます。それに、上北さんの方がずっとお疲れのはずですから」
咲が遠慮がちに答えると、周はふっと柔らかく微笑み、左手を伸ばして咲の頭を優しく撫でた。大きな手のひらが髪を梳く感触に、咲の胸がまたトクンと跳ねる。
「お前を連れて帰れるんだ。疲れなんて吹き飛んでるよ」
ストレートな言葉に、咲は顔を赤くして俯くしかなかった。まさか、あの厳格な上司からこんなに甘い言葉をかけられる日が来るなんて、数時間前まで想像すらしていなかった。
やがて車は、都心にある瀟洒なマンションの地下駐車場に滑り込んだ。
周の部屋は、彼自身の仕事ぶりを体現したように無駄がなく洗練されていた。しかし、玄関のドアが静かに閉まり、鍵がかけられた瞬間——空気が一変した。
カチャリ、と施錠の音が響いた直後、咲は背後から強く抱きすくめられた。
「あっ……上北、さん……」
「……やっと、本当に二人きりになれた」
首筋に顔を埋められ、深く息を吸い込むような仕草に、咲はゾクッと肩を震わせた。背中に密着する周の体温が、服越しでも火傷しそうなほど熱い。
「オフィスでは、あれ以上触れたら理性が飛びそうだった。……誰かに見られるかもしれないってスリルも悪くなかったが、やっぱり俺は、お前を誰の目にも触れない場所に隠しておきたいらしい」
「っ、上北さん……」
そのまま腕を引かれ、咲は壁と周の広い胸板の間に閉じ込められた。
見上げると、そこにはもう「上司」としての余裕などなく、ただ一人の男としての熱を孕んだ瞳があった。周の指先が、咲の頬から顎のラインをなぞり、そっと唇に触れる。
「……いいか、咲。明日からは職場でも、俺はお前を甘やかしそうになるのを必死で我慢することになる。だからせめて、俺の領域にいる時くらいは……全部、俺に明け渡せ」
拒絶の言葉など、最初から咲の中には存在しなかった。
こくりと小さく頷くと、周の端正な顔が近づき、重なるように唇が塞がれた。
「んっ……ぁ……」
それは、今までオフィスで交わしたどの言葉よりも深く、甘く、そして容赦のない口づけだった。優しく触れ合うだけのキスから、次第に咲のすべてを味わい尽くそうとするような深いものへと変わっていく。息継ぎの隙間さえ与えられないほどの過保護な熱に、咲の足から力が抜ける。
崩れ落ちそうになった咲の腰を片腕でしっかりと支えながら、周は咲の耳元で掠れた声で囁いた。
「もう絶対に逃がさない。……朝まで、たっぷり甘やかしてやる」
これまで怯えていた冷徹な上司の仮面は完全に外され、その下から現れた底なしの過保護と愛情に、咲は身も心もとろけるように委ねていった。




