インキュバス 一 【観察者を追え、???】(8)
「うーん、いや……」
その人影は一瞬ためらったように見えたが、すぐに平静を取り戻した。
「存在しないというより……お前が今ここにいるべきではない、という方が近いな」
仮面越しに、その瞳の白い部分が真っ直ぐ俺の目を見つめているのが分かった。その視線に背筋が震え、森で出会ったあの化け物との遭遇を思い出した。
「もう十分だろう?」
人影は俺に向かって一歩踏み出した。
俺も本能的に後退した。相手が止まらないので、背中が壁に当たるまで下がり続け、もう逃げ場がなくなった。
「何か別のことをしたくはないか?」
人影はさらに近づいてきた。
「ここまで効果的だとは思っていなかった」
何の話をしているのか、俺にはさっぱり分からなかった。
「そろそろ誰かがお前をその昏迷から引きずり出すべきだな」
もう一メートルもない距離まで近づくと、人影は俺の顔に向かって手を伸ばしてきた。
「カエル!」
その瞬間、リーズの声が通路に響いた。
「ちっ──」
人影はリーズの声の方向を一瞥し、舌打ちした。
「また来る」
言い終えた瞬間、人影は俺の目の前で崩れ去り、まるで一陣の風のように消えた。最初からそこにいなかったかのように。
「カエル!」
リーズが部屋に飛び込んできた。後ろには叔父の護衛たちも続いていた。
「心配したんですよ。誰かが、怪しい人物を追いかけるあなたを見たって言うから」
リーズは両手で俺の顔をしっかりと掴み、あらゆる角度から調べた。
「大丈夫ですか?」
「んむ──」
彼女の手が頬を押さえつける中、俺はなんとか答えた。
彼女は手を離して一歩下がり、明らかな心配を浮かべて俺を見つめた。
「本当に?」
俺はかすかに微笑んだ。彼女はいつも大げさなのだ。
「はい」
「若様、ご無事ですか?」
「お怪我は?」
叔父の兵士たちが駆け寄り、質問攻めにしてきた。どうやら彼らも俺に愛着を持ってくれたらしい。
誰かが本当に俺のことを気にかけてくれていると知るのは、嬉しいものだった。
「外に戻りましょう。もうすぐ次の試合が発表されます」
そうだ。
すっかり忘れていた。
俺はまだトーナメントの最中だった。
何かに勝つことなど滅多にないから、こんなに注目を浴びるのは慣れていなかった。
リーズの目を見た。
「ああ」
彼女の後について、兵士たちが後ろを固めながら競技場の通路を進んだ。
一人ではないからか、長い廊下はさっきよりもずっと暖かく感じられた。
競技場に足を踏み入れると、すぐに群衆の轟音が俺を襲った。
拍手。
歓声。
叫び。
しばらくの間、何事もなかったかのように、あの奇妙な遭遇がただの悪い夢だったかのようにさえ感じられた。
それでも、俺はコロシアムの上層部を慎重に見回した。
バルコニー。
貴賓席。
上部の通路。
黒い人影はどこにもなかった。
あれには二度と会いたくないと心から願った。
中央の闘技場に意識を戻した。
トーナメントは一度も止まっていなかった。
数万人の観客にとって、試合はただ次から次へと続いていくだけだった。
勝者が敗者に取って代わる。
そしてその繰り返し。
俺は参加者用に確保された壁際の自分の場所に戻った。
左では、赤毛の男が歯を食いしばって闘技場を見つめていた。
右では、若い女が目を閉じて何か小声で呟いていた。
組まれた手を見る限り、祈っているのだろう。
参加者全員の文化や伝統の多様性を見るのは興味深かった。
この催しが本当に塔のあらゆる民を集めている証拠だった。
審判が声を張り上げた。
「次の試合!」
二人の新しい競技者が闘技場に入った。
一人目は長槍を構えていた。
二人目は二本の短剣を携えていた。
戦いはわずか二分も続かなかった。
槍使いはリーチのおかげで序盤の打ち合いを支配した。
しかし剣士はついにその防御をすり抜けた。
三撃。
四撃目が喉元に届いた。
審判は刃がそれ以上進む前に割って入った。
勝利。
治癒師たちが闘技場に入る中、観客は勝者に拍手を送った。
ほどなくして、一人は担架で運ばれ、もう一人は勝利者として歩き去った。
すでに次の競技者たちが入場していた。
観客は試合を眺めていた。
一方、俺はほぼ完全に戦士たち自身に集中していた。
彼らの中には──
いや、彼らのほとんどは──
俺よりも強かった。
彼らのエーテルの制御、動き方、かわし方を分析し、後で彼らの誰かと対戦することになった場合に備えて、できる限り多くのことを学ぼうとした。
彼らの戦いを見ているうちに、ドランがなぜあれほど決闘にこだわったのか、ようやく理解できた。
完璧な技術も、体が動かなければ何の意味もないのだ。
「カエル!」
俺はすぐに審判の方を向いた。
俺の名前。
もうか。
呼吸を整えるためにゆっくりと息を吐き、壁から離れた。
対戦相手は四十代の男だった。
背が高い。
肩幅が広い。
長い白髪交じりの髭が顔の半分を覆っていた。
胴体と同じくらいの大きさの頭部を持つ巨大な戦鎚を携えていた。
俺の姿を見るなり、彼は大笑いした。
「お前がロデリックを倒したというのか?」
俺はただ頷いた。
「はっ! 笑わせるな! はははは!」
彼は鎚を回した。
「まぐれじゃなかったってことを証明してみせろよ」
審判が手を上げた。
「始め!」
俺は相手の最初の動きを待たなかった。
すぐに突進した。
鎚が振り下ろされた。
その一撃の風が髪をなびかせる中、俺は横に滑り込んだ。
闘技場の床が衝撃でひび割れた。
俺は再び前に踏み込んだ。
鎚が地面に埋まっている今、彼が身を守るのはずっと難しくなるはずだった。
一撃。
二撃。
三撃。
体勢を崩されながらも、彼の防御は堅いままだった。
「ちょこまかと素早い虫けらだな」
彼の鎚が再び振るわれた。
かろうじてかわしたが、鎚の縁が腕をかすめた。
傷から細い血が流れ、前腕を伝った。
リズムを変えなければならなかった。
わざと後退した。
彼はすぐに追いかけてきた。
突然、振り返って彼と向き合った。
俺が来るのを見て、彼は武器を振り上げた。
だが、彼にとって不幸なことに……
振り上げるのがほんの少し高すぎた。
隙だった。
[スキル『君主の炎』(Lv.5)が発動されました。]
熱が腕に駆け巡った。
剣が激しく加速した。
ガキン!
強化された一撃の力で鎚が弾き飛ばされた。
俺は軸足を砂埃の舞う地面にしっかりとつけて回転した。
それから前に跳び、剣の柄頭を彼の顔面に叩き込んだ。
鼻が折れる音がし、彼の脚は力なく崩れ、仰向けに倒れ込んだ。
彼が正気を取り戻す前に、俺の刃の腹が喉元に押し当てられた。
闘技場に静寂が訪れ、審判がついに手を上げた。
「勝利はカエル!」
俺は即座にスキルを解除した。
熱が消えた。
腕は重かった。
だが前よりはずっと軽かった。
明らかに慣れてきているのだ。
少しずつ……
俺は強くなっていた。
習慣とは考えてみれば恐ろしいものだ。
痛みでさえ、やがて普通になっていくのだから。
俺の試合の後も、戦いは次々と続き、残る参加者の数は急速に減っていった。
二十。
十六。
十二。
そして八。
ラウンドが進むごとに、残った競技者たちはより危険に思えた。
勝利はより短く。
より残酷に。
より決定的になっていった。
誰も、必要以上に自分の能力を明かしたくなかったのだ。
しかし、ウルクの皇太子は依然として謎のままだった。
彼は不気味なほど容易く全ての試合に勝った。
三撃を超えたことはない。
傷一つ負ったことがない。
感情の欠片も見せたことがない。
何度か、アルドリックが彼を見つめているのに気づいた。
長い間。
何かを待っているかのように。
準々決勝の最後の試合が終わった。
システムが競技場の上で輝いた。
巨大な光の窓が頭上に現れた。
***
勝ち抜きトーナメント
残り参加者:4
***
名前がゆっくりと現れた。
ウルクの皇太子。
眼鏡をかけた三十代の男。
誰もがここまで残るとは思っていなかった若い女。
そして俺。
競技場は拍手に包まれたが、俺は沈黙したままだった。
気づかないうちに……
俺は準決勝まで来ていた。




