第2話 ウチで一緒に暮らせだと?
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「──いかないで」
誰かが叫んでる声がする。
でも、音信不通だった母親のわりには声が若い。
声のした先には光の玉があり、僕の周りをぐるぐると回っている。
「──安心して大丈夫だよ。僕はどこにもいかないから」
僕はその光の玉を両腕で抱き寄せ、しっかりと掴んだ──。
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「──大丈夫だよ、僕が……」
「だからいい加減止めな。近いってばこの変態!」
「ふぐぉ!?」
美冬の強烈な右ストレートを、まともに顔面に受けて悶絶する僕。
鼻がめっちゃ痛い。
神経がどうにかなりそうだ。
「人が折角看病してんのに、その態度は何だ? いっぺんシメんぞ?」
美冬よ、魚をシメてどうするんだ。
涙目の僕には魚屋のおばちゃんではなく、啖呵を切るレディースの総長にも見えた。
そうか、これは夢なんだ。
ほっぺを勢いよく引っ張って、真相を確かめる。
「いででで……!!」
いや、駄目だ、頑張っても痛いもんは痛い。
お金にもならない、その頑張りは何なんだ? という疑問すらも浮かぶ。
「どうかしたの? 美冬?」
「あー、秋星。コイツ駄目やわ。女なら見境もなしに襲ってくるから」
美冬たち姉妹が何の危機管理もなく、寄ってきたんだよね?
男は大人しくても紳士的でも、下心丸出しの野獣なんだってば。
それが人と人を繋げる、種の保存なんだから。
「もしそうなったら、夏希がフルボッコでやっつけてあげる!」
指の関節を鳴らしながら、僕と美冬との間に乱入する格闘家夏希。
口元には濃い髭を生やしていて……いや、よく見たら油性マジックか。
「二人とも止めなさい。病人に失礼でしょ」
「でもさ、この病人さ、秋星の胸に思いっきり顔を埋めたんだよね。謝りもしないし、クソ生意気そうだし、一回シメるくらいならさ」
「うー、だからあれは、忘れ物を取りに戻った時の、不幸中の事故だったんだよ!!」
あの柔らかい感触は、秋星のたわわだったのか。
わりと大きめだったし、勢いよくぶつかっても、クッションみたいな感じで、心地よかったよな……。
「不幸のわりにはコイツの顔、思いっきり昇天してたわよ」
「何なら夏希も、かかと落とし食らわして昇天させたーい!!」
そんな技、食らったら今度こそ死んじゃう。
僕のライフポイントも精神力も瀕死になってる。
誰か、回復呪文のホ○ミをかけ続けてくれ……。
「だから誤解だってばっ!」
秋星が真っ赤になって否定しても、その慌てぶりじゃ説得力がない。
病人を前にして、ギャンギャンと犬コロみたいにうるさいよ。
全く騒がしい姉妹だよね。
「あれ、ここは僕の部屋だよな?」
「アンタが突然倒れるから、お父様に頼んで、車で家まで送ったのよ」
白を貴重とした殺風景な僕の部屋、兼寝室。
こんな押し入れの中以外に何の飾りっけがない、むさい男の部屋に来て、何のようだ?
しかも脳卒中か知らないけど、それほど重症だったのか。
父親を様付けなんて、どんだけファザコンなんだろうと思ったが、そんな美冬がいつにもなくデレて、僕の背中を平手で叩く。
「脳卒中って、バカじゃないの。ジジイかよ!」
「あいたたた!?」
あのさあ、手加減というものを知らないの?
冗談抜きで痛いよ。
「美冬、すごく動転してたよね」
「別にしてないし、それ秋星だけじゃん!」
マジな顔つきで、その時の様子を再現してるけど、お披露目会でもないし、今やる必要なくね?
「はいはい。照れなくていいからね」
「美冬ちゃんバブバブ」
「子供扱いすな‼」
姉妹の言い分にキレた美冬が、側にあった枕を夏希の顔面に投げつけるが、夏希は何とも言わない顔つきでそれを避ける。
「なに、今の残像?」
「ふふふっ、その程度の攻撃では、夏希には指一本も触れられない」
その余裕の微笑み、パネェ。
戦闘力100万か、ただの肉まんか知らないが、予測できない動作で相手を撹乱させたな。
僕の着ていたのは学ランじゃなく、いつもの青い縞模様のパジャマだったけど……。
一体、誰が着替えさせたんだ?
ツンデレ次女からは想像できないし、三女なら強引に着せられ、服が破けていそうだし……だったら大事な体も見られて、あまりにも立派だから、一夜を共にしたいとか言われても困る。
僕は綺麗な花畑に囲まれて、本当に好きな娘にファーストキスを奪われたいんだ。
こんな僕に、好きな女性なんてできるかなって思うけど。
「今日は夏希の好きなカレーだよ」
「はいはい。拙者、どこまでも美冬お嬢について行きやす」
美冬にひとさし指を突きつけられて、カレーという黄金の料理に、甘い吐息を弾ませる夏希。
それはそれで、色々とヤベエな。
「ちなみにレトルトだから」
「レトルトでもオッケー!」
オッケーじゃないよ。
その場の空気に飲まれ過ぎだよ。
「それで、お父様から直々に話があるんだけどいい?」
美冬が苦々しい顔つきで、僕にスマホを差し出す。
何だろう、あれほど僕を嫌っていたのに、フリフリなLI○Eのお誘いか?
「LI○Eじゃなくて直通よ。ひとりごとはいいから、早く電話に出てよ。アンタのお父様だって、年中暇人じゃないでしょ?」
「はあっ、僕の親父が? 君たちと何の関連があるんだよ?」
難儀な会話の流れについていけない僕は、ベッドから下りて、大きく伸びをする。
ベッド際の勉強机の目覚まし時計は、朝の六時を指していた。
ああ、今日は祝日で学校は休みか。
学生服を着てる姉妹は、部活でもあるのかな?
あー、気絶か、そのまま疲れて、眠りに陥ったのか分からないけど、寝足りないな。
少々値が張るけど、安眠枕でも欲しいな。
だったら親の仕送りだけじゃなく、バイトも探さないとね。
「はー、このナマケモノのねぼすけは、本当に何も知らないのか……」
美冬が呆れた口振りで、ピンクとアクセでデコった、痛々しいスマホを僕の顔に押しつける。
尖った部品が、まともに刺さって痛いよ。
「ほらっ、とっとと電話に出な。親子だからこそのコミュニケーションも大事よ」
あー、この女の子には、理屈が通用しないな。
僕は多少、不満げになりつつも、そのスマホの通話に聞き入る。
『……もしもし、志貴野かい?』
「あっ、親父? 何のつもりだよ?」
驚くのも無理はない。
通話先の相手は間違いなく、僕の親父の声だった。
『ああ、ごめんな。仕事で中々抜けられなくて、志貴野に報告するのを忘れてたよ』
海外の記者の仕事も大変だなと思いながら、黙って話を聞く。
僕は頑張って稼いでる親父のお陰で、この不自由ない一軒家での生活を送れてるんだから。
『父さん、向こうのハワイで再婚したのさ』
「それは唐突だね。でもおめでとう」
親父の微かな笑い声に、幸せそうな感じが伝わってくる。
『ありがとう』
『それでな、再婚した母さんには年頃の娘がいてね。三重咲という名字なんだけど』
「えっ、三重咲って、今、僕の目の前にもいるんだけど?」
三重咲という言葉に反応した秋星が可愛く舌を出し、美冬が膨れっ面で腕組みし、夏希に至っては、その場で回し蹴りを始めた。
ここで回し蹴りはアブねーつーの。
『ああ。新しい母さんも父さんと同じ、忙しい仕事の身でさ、中々、日本に帰省できなくてね』
「何だよ、それって、まさかの?」
『そう。どうせなら、三重咲姉妹も一緒に暮らそうという話になったのさ』
「おい、僕抜きで勝手に話を進めるな……」
『どうした? 志貴野? もしもしー?』
「……ぐぬぬ」
苛立ちを含んだ沈黙のまま、親父の返答を聞かずして、スマホを美冬に返す。
編入して間もなく、ただでさえ女の子に不馴れなのに、その女の子たちと、しかも美少女の群れに加わって、ウチで一緒に暮らせだと?
親父、冗談も大概にしてくれよー‼




