甘い匂い
今回から第二章です。
多気谷。
北畠の本拠地である。
四方を山に守られた土地で、大和方面から伊勢神宮に行くためにはこの多気を通らなければならなかった。
峠を越え、霧深い山道を抜けると、花の都が眼前にあらわれる。これを体感した旅人は北畠の栄華に感嘆した。
多気は大和や京に近い。陸路においては、いくつかの峠、水路においては雲出川によって伊勢平野ともつながっている。
そのため人や物の往来が盛んで、華やかな都のようなところであった。
この谷に足を一歩踏み入れると、目に映るすべてのものが富んでいると錯覚してしまう。侍屋敷、町屋が立ち並び、魚屋、呉服屋、鍛冶屋、種々の見世は忙しない。旅籠に妓楼、煌びやかな街。侍、商人、職人、僧侶、旅人、化粧の濃い女たち。駆けまわる小童、はしゃぐ声。この谷にいる誰もが安寧を享受していた。
その街並みを見下ろす険阻な山の頂には霧山城がある。
この城の物見櫓には半鐘が吊るされている。敵が多気谷に侵入しようとすれば、鳴り響くのだ。
半鐘は霧山城だけではなく、谷を囲む山々の峠にもそれぞれ置かれていた。常に警固の侍がそれぞれ番をして敵の侵入に備えている。
そして街を囲むように多くの寺院が建っていて、これらは非常時には兵たちの屯所となる。今、織田との合戦という事態に、ここには退屈を持て余した兵たちが詰めているのだ。
多気は防衛を第一に考えられた都市であったのだ。
大河内城の西、阿坂城の西南にあり、二つの城と多気は複雑に交錯する峯でつながっている。
つまり、阿坂城と大河内城は、別個の城ではなく、巨大なひとつの城の一部なのだ。
本丸である霧山城を守る出城が阿坂城と大河内城だと言える。
そして、霧山城のある多気谷のすぐ向こう十六里には吉野山――かつての南朝があった。何かあれば、多気から吉野に一日で駆けつけることができる。
幾重にもある山々そのものが、多気谷を、南朝を守る城塞であったのだ。
繁栄と防衛。多気には、すべてがそろっていた。
ここにいると、北畠が負けるなど露ほども考えられなくなるのである。
◇◇◇
阿坂城から逃げ延びた多気丸は霧山城の麓にある大宮家の屋敷にいた。
(雪姫様をお守りすると約束したものの、この谷は穏やかで、戦の最中とは思えない……)
多気丸はすることもなく、近くの的場で弓術の鍛錬にいそしむ外なかった。
(雪姫様は御殿に籠っておられるのだろう)
東に在る「御殿」を見る。国司家族が居館としている「御殿」に雪姫はいるはずである。大宮屋敷とは目と鼻の先であるというのに、まともに顔を見たことがなかった。
美しいと聞く。
一目見た者は皆、惚けてしまうとも。
白い肌。
みどりの黒髪。
すずやかな瞳。
富士額。
会わずとも、想い描くことができた。
鼻腔を柔らかな香が包み込む。そのような匂いの源は多気丸の傍には存在していないはずだが、雪姫を思うと、それだけで辺りが芳香でこもるような気がするのだ。きっと、雪姫は若い女人らしい甘い香をたきしめている。
「雪姫様を守る」
そうつぶやくと、多気丸は再び矢を番え的を睨む。弓を引きしぼり、放つ。的中した。少し自分が強くなったような気がした。
旧一志郡美杉村の「多気」と「多気郡」は別の場所なので、ご注意を!
これは三重県民でも間違える人がたまにいるんですが(^_^;)(実は私も)。
美杉村の方は「たげ」(あるいは「たけ」)、多気郡は「たき」です。(ウィキペディア先生をチラ見したら多気郡も昔は「たけ」読みだったみたい)
参考文献
目崎茂和『古地図で楽しむ三重』
三重県立図書館デジタルライブラリー 多気城図
国立国会図書館デジタルコレクション『太閤記』
『一志町史 上巻』
『一志郡史 上巻』




