8 コタツでカピるバイト
後日、俺に正式な辞令が下った。
内容は以下の通り。
――コタツでくつろげ。
以上。
冗談みたいな内容だが、驚くべきことに総理の直筆サイン入りだ。
100代以上に渡って紡がれてきた日本国総理大臣史上、最もくだらない命令であることは言うに及ぶまい。
こいつにサインしたとき、総理は目が死んでいたに違いないのだ。
なんで私はこんな糞のついた便所紙に自分の名前を書き込んでいるのだろう……。
いっそトイレに流してしまおうか……。
ってな具合にだ。
俺としても流してくれてよかったんだけどな。
ちなみに、俺の所属は「迷宮自衛隊/異能支援科」――。
どんな連中が何人くらい籍を置き、普段どんな業務をこなしているのか。
そのすべてが謎の組織だ。
現状、明らかなのは、俺の主な業務が「コタツでのんびりすること」ってことくらいだ。
コタツで食べるせんべいなどの軽食類や、電気代もろもろは経費で落ちるらしい。
他人の金で食っちゃ寝できるのだ。
謎組織、万歳!
「通学はオンライン授業と併用することになるけど、いいよね? もう学校側には話が通っているんだ。君は持病の喘息が悪化して3日に一度しか登校できない体になったって設定だ。教室でたまに咳き込んでくれるとリアリティが出るかな」
見崎氏は立て板に水でデタラメをふかしている。
「おコタで授業ですか。最高の学習環境ですね。俺はまぶたを開け続けることが果たしてできるのか」
「僕としては寝ててくれていいけどね。守秘義務さえ守ってくれたら、ほかはどうでも」
迷自は公には存在しない組織だ。
理由はシンプル。
違法である可能性が高いからだ。
そもそも、自衛隊の存在自体「違憲」との見方が強い。
ダンジョンで活動することにどんな法的根拠があるのか、防衛出動なのか、治安出動なのか、それとも災害派遣か、専門家でもその意見は様々だ。
見崎氏の見解はこうだ。
――バレなきゃセーフだよ、はははっ!
ということで、俺のお口のチャックにも南京錠がぶら下がっているのだった。
「あっ、クラスメイトにうっかりしゃべったら、あれだよ? 消すよ?」
と見崎はここぞとばかりの真顔で言う。
よし、訊いてやろうじゃねえかァ。
「誰の何をどう消すんです?」
「その選択肢は実に多彩だ。記憶を消す、存在を消す、起きた事実そのものを消す……。いろんなスキルがあるからね。消したという事実ごと消すこともできるかもしれない」
そいつァおっかないこって。
寒気がしたので、俺は首をすぼめてコタツに深く潜り込んだ。
「その点は安心してください。俺は――」
「学校じゃ、ぼっちなんだってね」
「違いますよ。孤高系です。クラスが同じだけの連中なんかと口なんて利いてやらないんですよ。お高くとまっているんです。高嶺の花で一匹狼。二刀流で忙しいのなんの。アホどもとおしゃべりする暇はないんですよ」
「そういうことにしておこう」
「ご配慮痛み入ります」
いちおう、これについても尋ねておこうか。
「俺が迷自への入隊を拒否したらどうなっていたんです?」
「君、ゴブリンとステゴロの殴り合いをしたってね。そのとき異界のおっかないウイルスに感染したかもしれない。防疫措置として隔離する必要があるかもしれない。その期間は数年にも及ぶかもしれないし、そのまま誰の記憶からも忘れ去られるかもしれない」
「ほかのバリエーションはあります?」
「僕がうっかり肩とかぶつけて君の前で盛大に転んで大怪我とかするかもね」
「転び公妨ですか。悪質な……」
見崎ならやりかねないと思った。
やるだろうなって確信に近いものがある。
こいつはそういう奴だ、たぶん。
「そんな目で見ないでくれ。Sランカーを他国に奪われるわけにはいかないんだから。ほらほら、先月SNSに出回っていた動画、観た? トルコ戦争のあれ。戦車部隊を完封するスーパー幼女」
「え、あれ、AI映像じゃなかったんですか。戦車、消し飛んでましたけど」
俺は薄くなった記憶を揺り起こして絶句する。
そういう映像がたしかにあった。
あまりにも馬鹿馬鹿しく、あまりにもリアルな映像が。
「無編集のモノホン動画さ。高ランクスキルを有する迷宮体質者はもはや兵器も同然ってわけ」
「じゃあ俺の通学って、戦車で教室に乗り込むようなものなんですね」
「だから、自覚と責任を持ってほしいんだ。能力の無断使用とかホントやめてね? まあ、君はおコタがないと、ただの眠そうなカピバラだから危険度はゼロに近いけどね」
見崎はウチの湯沸かし器を無断使用して淹れた紅茶を、ぐぐいと飲み干した。
茶代50円置いてけ。
「それと登下校の際は十分気をつけてほしいね。ま、これに関しては釈迦に説法か。君は無敵だし、ずいぶん目端も利くようだし」
釈迦とか嫌だな。
後光で虫が寄ってきそうだ。
「例のホテルマン、ほら、週刊誌の記者だった彼」
「はい」
「僕は君に指摘されなかったら気づかなかったと思うな。迷宮に関するスキャンダルをスッパ抜かれて上から大目玉を喰らっていたことだろう」
見崎の目にほんの少しだが暗いものがよぎった気がする。
それは、俺には嫉妬のように見えた。
「頭が回りすぎる人間にはコタツか窓際でずっと日向ぼっこしていてほしいね。僕ら凡人のためにもさ」
見崎の同期は、奇をてらって難読漢字をスキル名に使っちゃう変人で、それでいて見崎より優秀らしい。
俺にそいつの面影でも重ねたか?
なんにせよトバッチリだ。
「明日は迷自の精鋭たちを紹介するよ。君の不思議パワーで無敵にしてやってくれ」
ははははは、と見崎は20秒くらい笑っていた。




