7 コタツでカピるバイト
「ここにサインくれる?」
「まずこの紙について詳しく」
かねてより結婚詐欺師みたいだと思っていた見崎から謎の紙を示され、俺はもちろん腕組みで応じる。
見崎はコタツを挟んだ向こう側で眼鏡をチャキらせた。
「これはあれだよ。サインすると幸運になる紙だね。1億円とか当たるかもしれない」
「わー、それじゃあサインしよー、とはいかんでしょう」
「ここにサインしてくれたら今だけ君だけ特別にこの紙の正体を教えてあげると言ったら、どう?」
「順序が逆だと言い返しますね」
「だよね」
ちなみに、紙には雇用契約書とある。
「見ての通りさ。君、迷自に雇われてみる気ある?」
「秘密結社からのお誘いですか」
「マル秘組織だよ。秘密結社の連中と一緒にしないでほしいね」
「その言い方だとダンジョンにまつわる秘密結社が実在するみたいですね」
「さてね」
見崎は笑顔だが、口を滑らせたのは明白で、漫画なら冷や汗が2、3滴描き込まれているだろう表情をしている。
ダンジョンを巡る社会の闇は、ダンジョンの中よりよっぽど暗くて深いらしい。
それに引き換えコタツの中はいい。
ぼんやりオレンジで、猫とか好んで入りたがる。
「見崎さんとしては、俺のスキルを迷自で運用したいわけですね」
「国としては、だよ。すごくない? 国家の意思が君の活躍を望んでいるんだ。すごいよね?」
「その国家の意思とやらも、エリートを自称する怪しい眼鏡の人に代弁されると、胡散臭いだけですよ」
「本当にね。僕が逆の立場なら絶対サインしないよ。でも、君はしちゃうんだなー、これが」
「俺、しちゃうんですか。この紙にサイン」
「それはもう。喜んでスラスラね」
数分後の俺はアホなのか?
これから数分かけて未来に行って、そのアホを殴ってやろうか?
「つか、高校生が自衛官って、外に漏れたら大変ですよ。学徒動員だって騒がれます」
「大丈夫だよ。マル秘組織だから。それに、Sランクスキルを寝かせておくわけにはいかない」
こう考えてみてはどうかな、と見崎が不審者じみたスマイルで人差し指を立てる。
「自衛隊関連施設でのバイトだよ。ほら、売店で店員やっている子とか普通にいるし」
「関連施設って便利な言葉ですね。その実態は異界と国土を分かつ国境最前線なのに」
「ギリセーフでしょ!」
「バレて炎上するまでの猶予を防衛省じゃセーフと呼ぶんですか。まあ、そこに無理やり目をつむったとして、ちなみに職務内容は?」
俺はいつの間にか握らされていたペンを廊下に投げつつ問うた。
「具体的には、そこでずっとカピバラみたいな顔で頬杖ついていてくれたらいい。今そうしているみたいにね」
「カピるだけですか」
「そ。カピるだけ。こっちは勝手にコタツの空いているところを借りるから。10分ほど温まってからダンジョンにレッツゴーだ。たったそれだけで核10発にも耐えうる不死の軍団の誕生さ」
核爆弾は熱線・衝撃・無酸素・飛来物・放射能汚染、その他もろもろの多段ヒット攻撃と思われる。
攻撃を1回こっきり無効化するという俺のスキルでも防ぎきれないだろう。
などという陳腐な考察にも目をつむろう。
「まあでも、俺の力で誰かが死なずにすむなら鼻が高くなりそうな話ですね」
「うんうん。迷宮関連死って言葉、テレビで聞くだろう? 自衛隊は迷災鎮圧とその攻略を巡って少なくない殉職者を出している。1人死んだだけで野党は大騒ぎ。国会前も連日連夜シュプレヒコールだ。星総理も悩ましい日々を過ごされている。そこに彗星のごとく現れたのが君ってわけさ」
指さされた。
へし折ってやりたいところだが、あいにく俺のスキルで無敵状態だ。
睨むだけですませてやる。
「君さえいれば、諸問題はおおかたの解決を見る。いや、ほんとマジで頼むよ。頼む頼む頼む。お願いだからサインして? サインしてくれるだけでいいから。ね?」
「拝み倒す形式の詐欺師、初めて見ましたよ」
「詐欺じゃないんだなぁ、これが」
俺は腕組みの強度を一段階上げ、しかし、いずれはゆるめざるを得ないことを悟っていた。
「スキル発動には俺がコタツにいる必要がある。家に戻る許可が下りたのもそれが理由。当然、この話を蹴るなら、俺は家を出ていかねばならない。……その認識であってます?」
「あってるあってる。君は白昼夢でも見ているみたいに寝ぼけた顔をしているけど、頭脳のキレはカミソリ並みだね。話していて楽しいよ」
「俺は楽しかないですけどね」
「だよねー」
見崎はわっはっはと大爆笑だった。
妙なところに笑いのツボがある御仁だ。
喜んで、とはいかないが、俺は紙面にスラスラとペンを走らせた。
家を追い出される分には一向に構わん。
だが、物心ついた頃から一心同体だったコタツから引き剥がされるのは困る。
甲羅を奪われた亀の末路など悲惨なものさ。
「……木立小太郎、と。血判もいります?」
「いいや結構!」
見崎はヒラマサでも釣ったみたいな顔で雇用契約書を拝んでいる。
「ま、大丈夫さ。悪いようにはしないから。スキル発動の条件は、君がコタツでのんびりリラックスしていることだからね。我々も君がそうできるよう努めよう。だから、君は一日中、一年中もうずっとそこでカピっててくれたまえ。それだけでプロ野球選手級の待遇を約束しよう。もちろん、木っ端選手ではなく、金色のグラブが似合う選手の待遇だ」
「いや、実に素晴らしいですね。そいつを先に聞きたかった」
俺たちは固い握手を交わした。
悪魔と契約したような気分になるが、まあ、金払いのいい悪魔なら俺だって茶ぐらい出す。
「迷自にようこそ、木立君!」
見崎氏の笑顔は夏の太陽みたくキラキラだったが、その分、影も濃い。
胡散臭さでいっぱいだった。
不安だ……。




