5 ウチのコタツは大迷宮
1泊30万円の高級ホテルだ。
1週間の滞在で200万以上使った計算になる。
俺みたいな小市民に平気でこんな額の税金を投入できるのだから、ダンジョン利権というのは凄まじい。
「あ、そうだ。君のスキルだけど、スキル名に希望とかあるかな?」
荷をまとめる俺をソファーから優雅に眺めていた見崎がそんなことを問うてくる。
なんとなく、ほかに話したいことがあるような印象を受ける。
この話題はその前のクッションだ。
「本人に特段のこだわりがない限り、こちらでテキトーに決めさせてもらうけど」
「こだわりですか。ありませんね」
「じゃ、『パーフェクト無敵コタァーツ』で申請しておこうか」
「やっぱ自分で決めます」
俺のスキルは『パーフェクト無敵コタァーツ』です、と言いたくない。
相手の苦笑する顔が今からでもハッキリと見える。
「手続きの都合、常用漢字表に記載のある漢字やその他容易に読みうる漢字から4字までって決まりがあるんだ。ああ、字面から能力を想像できるようにしてね。奇をてらって難読漢字とか使っちゃダメだよ。読めないし、結果ダサくなる。同期にいるんだよ、そういうネーミングしちゃう奴。困ったことに僕より優秀なんだ」
本当に困った奴を見る顔だった。
俺も同じ顔で見崎を見る。
漢字4字ならパーフェクトのパすら入力不可じゃねーか。
「ちなみに、僕の魔眼は『異能鑑定』だ」
「まんまですね」
「まんまだ。君は少しくらいひねるといい」
「で、本題はなんです?」
「おや、察しがいいね。伝わっちゃってたか」
いつも気持ち悪い薄ら笑いを浮かべている見崎が、珍しく深刻そうに眉を歪めた。
「中東じゃダンジョン利権を巡って戦争になっているのを知っているよね?」
「日本の明日の姿だ、ってテレビで専門家が嘆いていました」
「専門家と哲学者はだいたいいつも嘆いているね。知識の豊富さに対して解決手段が乏しいとそこに悲嘆家が生まれるんだ。その心の叫びを簡潔に表したものを名言という」
おっと話がそれるところだった、と見崎は軌道修正を図る。
「つまり、あれだよ。ダンジョンには常に思惑と危険が付きまとっているわけだ。迷宮体質者は稀少でね、高ランクスキル持ちともなるとなおさらだ。海外じゃ誘拐なんて物騒な話もあるし、わが国でも実際、諸外国のスパイがすでに30名ほど摘発されている。君、二度と夜道を歩かないでくれよ。僕との約束だ」
「夜道なんて歩きませんよ。夜道にコタツはありませんからね」
「夜道にコタツが落ちていても入らないでくれって話さ」
夜道にコタツか。
ミカンとせんべいが積んであったら足を止めて眺めるくらいはするかもしれない。
「肝に銘じておきます」
はんてんを丸めてアタッシュケースに押し込む。
こんなふうに自分が箱の中に入れられ見知らぬ土地に拉致られる日が来るのだろうか。
そのときは穏便にお願いしますよっと。
きゅぽ、と音がした。
見崎がワインボトルを開けていた。
部屋の隅のワインセラーからいつの間にか失敬したらしい。
赤い液体をグラスに注ぎ、香りを楽しんでいる。
「職務中だからね。飲めないのが残念だ」
「飲めないのに開けたんですか?」
「いやほら、アメニティでしょ? タダだし。もったいないじゃないか」
「飲みもしないのに開けることをもったいないと言うんですよ」
「そう言わず、君もどうぞ。匂いだけなら未成年飲酒にはならないから、ほら」
「これから世に出る若人に大人のダメなところ見せないでください」
それと、だ。
「そいつはアメニティじゃありませんよ」
ワインセラーの張り紙を読め。
値段が一覧にしてある。
「それ46万のやつです」
「え……」
「宿泊費より高いワインとかあるんですね。大人の世界はすごい」
「……」
「見崎さん、どうしたんです? 目が死んでますよ」
「いやははは……」
「同情します」
「君も匂い、嗅いだよね? ね? どうだろう、ここは――」
「嗅いでませんよ。よしんば嗅いでいたとして、高校生と割り勘するとエリートの名が泣きますよ。ハンカチ貸しましょうか?」
「僕、パシリだから……」
がちゃり。
扉が開いて、無精ひげを生やしたホテルマンが入ってきた。
見崎がササッと背後にボトルを隠す。
グラスも隠さないとバレますよ。
アホなんですか。
「見崎さん、噂をすれば影が差すって言いますね。ここのホテルの従業員、入室の際は3回ノックし、お客様自身に扉を開けさせるんですよ。勝手に入ってくることはありません。従業員規則ですから」
付け加えて言うと、だ。
「ここのオーナー、元自衛官らしいです」
「うん。だから、僕もここを選んだんだ」
「自衛隊には挙措容儀基準ってのがあって、要するに、身だしなみにはうるさいんです。このホテルはそれをさらに厳格にした基準を運用していて、ひげ絶対NGなんですよ」
話が聞こえたのだろう。
ホテルマンが凍りついた。
いや、ここは偽ホテルマンと呼ぶべきか。
その正体は、どこぞの国のスパイだ。
たぶん。
「ありがとう。いわんとしていることはわかったよ」
見崎はニコニコしながら立ち上がった。
男が懐に手を突っ込む。
しかし、そいつが抜かれるより数段早く見崎の手は振り下ろされていた。
ガチャアアアアアンン。
痛快な音の後で真っ赤な液体がまき散らされる。
無論、血ではない。
赤ワインだ。
男はばたりと倒れた。
「熊用の唐辛子スプレーか」
円筒形のものを踏みつけて見崎が言う。
「ネクタイにカメラがありますよ。レンズがほら」
「本当だ。よく気づいたね。この顔には憶えがある。迷宮絡みの飛ばし記事を書いて世間を不安がらせている悪い週刊誌の記者だ。撃たれると思ってやりすぎちゃった。はははははっ!」
見崎、大爆笑だ。
どこらへんが笑う要素だったのだろう。
外から黒服マッチョが入ってきて、記者を連行していく。
飛ばし記事だの悪い記者だの言っているが、実際のところはどうだろう。
少なくともコタツ記者よりは意欲的な御仁なのは間違いない。
「あの記者、どこに連れていかれるんです?」
「ん? 地下施設。秘密の、ね」
見崎がにっこりと笑う。
冗談なのかガチなのか判然としない笑みだ。
「俺、何も見なかったし何も聞かなかったことにします」
「賢明な判断だ」
「それにしても、そそっかしいホテルマンでしたね。ワインボトルに頭をぶつけて気絶するなんて」
「まったくだね。高いワインが台無しだ」




