3 ウチのコタツは大迷宮
そこは高級ホテルの一室だった。
どのへんがどう高級なのか庶民の俺にはとてもじゃないが形容できそうにない。
そこで値段を例に挙げようと思う。
1泊30万――。
ヤケを起こしたアホ以外に誰がこんなところに泊まりたがるのだろう。
「秘密の地下施設にでも幽閉されると思った? 思ったよね?」
見崎氏の目がレンズの向こうで細くなり、口は三日月形に吊り上がる。
どう見ても秘密の地下施設とかでヤバい実験してそうな顔だった。
「まあ、普通に防衛省の庁舎かどこかだと思ってましたね」
「通例だとそうだね。でも、魔物研究の第一人者である木立教授のご子息に冷や飯を食わせるわけにはいかない。費用は全額国が持つよ。当面ここで過ごすといい」
「ということは、当面自宅には帰れないんですね」
俺は盛大に肩を落とした。
帰ったところで、ゴブリン発生リスクのある瑕疵物件だ。
くつろげやしないがな。
「ご愁傷様。制服とか教科書とか必要なものは持ってこさせよう。学校までの送迎も任せてくれたまえ」
「グラサンの黒服マッチョが運転するあの不審な黒塗りセダンで通学ですか。朝から乗りたい車じゃないですね」
「朝どころか帰りも任せてほしいね。朝夕連行してあげるよ。学校でも話題になること間違いなしだ」
「ろくでもない気遣い、ありがとうございます」
校内随一のモブキャラで知られる俺に、さぞや、いかつい噂が流れることだろう。
……という不安は杞憂に終わってくれた。
翌日から休校になったからだ。
校舎近傍にダンジョン出現。
生徒がゴブリンに襲われた。
その重大性を鑑みれば妥当な判断と言えよう。
そんなわけで、俺は純洋風ホテルの一室で数日に渡る缶詰生活を強いられることになった。
コタツのある和室が恋しい……。
「どうだい? 満喫してくれているかな」
見崎氏が怪しげなスマイルとともに登場する。
この人はなぜかいつもスキップするような足取りだ。
「ちょうど自宅のコタツに慕情を抱いていたところです」
「だよね。そんな君に朗報だ。君の家の地下に広がる迷宮について初動調査がおおむね終わった。君、帰れるよ、うちに」
「本当ですか」
正直に言おう、驚いたと。
ダンジョンは資源の宝庫だ。
レアメタルなんて石ころみたいに転がっているし、地球上には存在しえない未知の物質も多数見つかっているという。
ある種の油田であり、金山。
それも、世界のパワーバランスすら塗り変えかねないほどのポテンシャルを秘めたものだ。
トルコでは迷宮資源を巡って戦争まで起きている。
そうでなくとも、ゴブリンやらドラゴンやらが跳梁跋扈する危険スポット。
それがダンジョンだ。
政治・経済・軍事・エネルギー・魔物……。
ひとつでさえややこしい問題を十把一絡げに詰め込んだ噴火口みたいなところに、一般ピーポーの俺がノコノコ帰宅していいものだろうか。
そのへんを聞いてみると、見崎氏はきょとんとした顔でこうおっしゃる。
「そもそも君、一般ピーポーじゃないでしょ?」
「……はい?」
俺ほどの一般人はそうそういない。
特徴を挙げるのが困難なほど特徴がないし、俺が本気で人ごみに紛れたら親だって見つけ出せないこと請け合いだ。
「ダンジョン発見と時を同じくして、世界のあちこちで不思議な力に目覚める人たちが現れ始めたのを君は知っているかな?」
「『異能』とかいう謎パワーを持つスキル保持者がどうのこうのって話なら聞いたことありますね」
「それそれ。ちなみに、どういう認識かな?」
「都市伝説」
「だよね。僕も初めは鼻で笑っていた。――こういう目になるまでは、ね」
レンズの向こう側で見崎の目が光った。
赤とも緑とも言えない異様な色で、ちょっとオーロラに似ている気がする。
「それがスキルですか?」
「あれ、驚かないね」
「驚いたら金くれるなら驚きます」
「どうだろう、素直に驚いてくれたらお小遣いくらいあげたかもしれない」
「そいつは残念です。で、どんな能力なんです?」
「他人のスキルを覗き見る魔眼だよ。君、頭の回転は速いほうみたいだし、もう僕が言わんとしていること、わかるよね?」
「そいつで見えるわけですね。俺のスキルが」
見崎は満足げに頷いた。
「そうさ。君もスキル保持者――我々が言うところの『迷宮体質者』だ」




