2 ウチのコタツは大迷宮
物々しい雰囲気だった。
空にはヘリが飛び交い、家の表を迷彩服の青年たちがゴツイ銃を抱えて駆け回っている。
戦車までいやがる。
近所100メートルが封鎖中。
閑静な住宅街が一転、紛争地帯だ。
「漏れた魔物は?」
「魔力反応、ありません。封じ込めには成功したものかと」
「油断するな。いる前提で捜せ。一匹でも逃がせば京都の二の舞になるぞ」
「はッ!」
ウチのボロ廊下で軍靴の音がする。
靴を脱いでほしいのだが、言い出せそうな雰囲気ではない。
「君かい? 通報者の高校生というのは」
警察官やら自衛官やら物騒な人流に翻弄される俺に、そんな声が投げかけられた。
場違いなスーツ姿の男。
年齢は30くらい。
結婚詐欺師みたいな笑みを浮かべている。
かけている眼鏡のテカリ具合と、西日を背負った影のある顔が胡散臭さに輪をかけていた。
「そうですが」
と素っ気なく応じ、俺は隣家の屋根の上に見えている校舎を見やる。
「木立小太郎といいます。そこの高校の2年の」
「僕は見崎透」
名刺を差し出された。
もらったのは初めてだ。
おお、これが名刺か、とちょっと感動。
「ご丁寧にどうも」
返すものがないのが少し歯がゆい。
「トオルと書いてスケルだ。防衛省勤務で、世間的にはエリートだね」
「防衛省的にはどうなんです?」
「パシリかな。ははは」
自虐の笑みがまた胡散臭い。
でも、この人は真顔になったらなったでどうせ胡散臭いのだろうと勝手に想像してみる。
「いや、大変なことになってるね」
「まったくです」
「結論から言って、君の家のコタツは異界に繋がっている。ニュースで聞いたことあるよね? 地下迷宮ってやつ」
「ええ。猫もしゃもじもどのチャンネルもダンジョンの話題ばかりで辟易してます。もっと生産的なテーマを話し合えばいいのに。猫はなぜ可愛いのか、とか」
「目の前で戦車がアイドリングしているのに君、物怖じしないね。それでいて軽率というわけでもないようだ。とても落ち着いて見えるよ」
「買いかぶりですね」
顔を覗き込まれるので、俺は風見鶏みたく向きを変えた。
しかし、ダンジョンか。
3年ほど前にシチリアだかシベリアだかで見つかったのを皮切りに、世界中の数十か所で発見が相次いでいる。
中でも日本はダンジョン多発地帯として知られている。
断層に沿って十数例が報告されていて、その最新の事例がよりにもよってウチのおコタときたもんだ。
ダンジョンの正体を巡っては宇宙人の侵略説、米露の陰謀説、果ては地球空洞説まで世間じゃ色々言われている。
だが、宇宙人や米露がウチのコタツに用があるとは思えない。
よって、地球空洞説が俺的最有力候補だ。
以後、推させてもらおう。
「君は一人暮らしで、両親はともに海外在住って話だね」
「サンフランシスコで迷宮生物の研究してますね。灯台下暗しって言葉を知らんのでしょう」
「木立教授は有名だよね。ノーベル賞も夢じゃないって。僕もぜひお会いしたい。――さて」
俺たちの前にセダンが停まった。
車体どころかフロントガラスまで全部黒塗りだ。
見崎が後部ドアを開けて薄暗い笑みを浮かべる。
「ここは魔物氾濫の恐れがあるからね。移動しようか。ははは」
「あはは……」
こんな怪しい車に乗るくらいなら三途の川の渡し舟に乗るほうが行き先がわかるだけマシな気がする。
しかし、俺の背後はいつの間にか黒服サングラスの巨漢に固められていた。
ダンジョンの秘密を探ろうとした記者が行方不明になったという噂を思い出し、俺は真顔になる。
まあ、なんだ。
トランクに詰め込まれるより座席のほうが快適だ。
俺は渋々後部座席に乗り込んだ。




