1 ウチのコタツは大迷宮
帰宅部の部活を終え、俺は荷物をそのへんに放り投げて流れるようにコタツにインした。
綿入りはんてんを着て、せんべいをかじり、観るともなくテレビを観つつ、うつらうつらしているこの時間。
これぞ至高の時だ。
天国もきっと似たようなところだろうと俺は考えている。
「……ん?」
えびせんの大判を引っ張り出したところで、俺は夢心地から覚めた。
帰宅時刻に合わせてタイマーでオンになっているはずのコタツが妙に冷たい。
そもそも、足が届かない。
ウチはいつから掘りゴタツになったんだ?
さては床でも抜けたか、と毛布をめくる俺。
「…………」
『……』
「………………?」
『……?』
俺は毛布をそっと戻した。
今、全身緑色の小鬼みたいな奴と目が合った気がする。
連日の部活で疲れているのかもしれない。
テレビでもちょうど「急な冷え込みで自律神経の乱れが」などと冬の脅威について言及している。
専門家の意見というやつに俺は珍しく真剣に耳を傾けることにした。
『ギィギ! キョギギイ! クギャア!』
耳に意識を向けたせいだろうか。
コタツの中から幻聴が聞こえてきた。
制服のズボンを引っ張られるような幻触も同時に。
よもやこれほどまでに自律神経が乱れていようとは。
コタツ時間を増やして整えなければ、と俺は思ったね。
「さて。現実逃避もこのくらいにしておくか」
俺はスマホを110に合わせて毛布をめくり上げた。
『ギイギ!』
やはり、そいつはそこにいた。
洗ってない犬の臭いがする緑の小鬼が。
「……いや、なんだろうなコイツ」
そもそも、コタツの下の空間が思った以上に広い件について。
床が抜けているどころの話ではない。
広大な地下空間が広がっている。
光る六角形の水晶が生えていたり、スリッパ大の平たい虫が這い回っていたり……。
「…………」
俺には驚いたときに無言かつ真顔になるという習性がある。
2、3回ゆっくりまばたきして、いったん見なかったことにする。
冬ってやつは頼んでもないのに毎年律儀にやってくる。
何十万回も何百万回もずっとだ。
なら、俺だって二度目の現実逃避と洒落込んだっていいじゃないか。
よし、見なかったことにしよう。
『ンギャアアアアアアオオオオッ!!』
「っお!?」
小鬼がえびせんに飛びついてきた。
爪でめちゃくちゃに引っ掻かれ、えびせんを奪われそうになる。
命懸けで守るほどの価値がこいつにあるかは不明だが、俺も決死の抵抗を試みる。
枝みたいな鬼の手首を掴み、足の指で通話ボタンをタッチ。
「あ、もしもし警察ですか。いや、えっと違うんす。事件というか。いや、事故でもなくて。ぐっ!? いや、喧嘩とかでも。ちょっととにかく聞いてください。小鬼がコタツにいて。そう、鬼。角とか生えたやつ。緑の。ですねハイ、節分にはまだ早いです。いや、イタ電とかではなく。飲んでもないです。偽計業務妨害? ややや虚偽の通報とかじゃないんです。本当なんですよ信じてください。あ、待って切らないでちょ」
『ギギギ! ギャアアアアアアアアギギギイイアアア! アアアア!』
「なにって今の声が鬼の声で……。ええ、ほんとですよ、いやマジで。早く来てもらえます? こいつ、すごい引っ掻く。怪我? ないです。いちおう、まだ。え名前? 木立す。木立小太郎。いや、コタツ太郎じゃなくて。えー、住所は――」
壮絶な格闘戦の末、俺は緑の小鬼を取り押さえた。
コタツのコードでふん縛ったところでパトカー現着。
俺は下手人を警察官に突き出した。
「あー、これ、アレだ。小鬼種だ」
「ですね。ゴブリンっすね」
警官二人は棒立ちでタブレットと睨めっこしている。
画面に「迷宮生物」という文字がチラリと見えた。
「あと、ウチのコタツが変で……」
「ん。どこどこ?」
「そこっす。そこそこ」
「どれどれっと……」
毛布をめくり上げて警官二人は頭を掻いた。
で、言う。
「あー、これ、アレだ。地下迷宮だ」
「ですね。ダンジョンっすね」




