19 総理大臣、降臨す
「立派なお家だ。古き良き日本の息吹を感じる。しかし、いかに立派とて、大勢で押しかけては悪いな。諸君らは外で待ちたまえ。寒天の下、苦労をかける」
星総理はウチを絶賛し、迷自や行政関係者、お抱え記者ら取り巻きにねぎらいの言葉を述べ、圧倒的気配りを見せつけてからウチに上がった。
秘書ほか数名だけがついてくる。
過去にゴブリンが出没した瑕疵物件にSPすら伴わずに立ち入るのはいかにも不用心だ。
しかし、そびえ立つ巨壁のような星総理を見ていると、害せそうなヤツはそうそういなさそうだった。
「総理、こちらが件のコタツです。温まっているんで、どうぞ」
勧めておいて、俺は顔をしかめた。
星総理は大人物だと思うが、玉に瑕というか、とてつもない短所を抱えていた。
足が臭いってことだ。
それも、すごく。
腐ったスルメイカの胴に足を突っ込んで靴下だと言い張っているんじゃないかってレベルの悪臭を放っている。
黄色い汁とか出てそう。
「うむ。失礼する」
そんな汚物を俺のコタツに二つも突っ込みやがった。
こちとら一人娘を汚された気分で怒り心頭。
そのうえ、こいつは春に増税を検討中らしい。
とんだ馬鹿野郎だ。
「粗茶ですが」
税金で買った玉露を差し出す。
星総理は毛布をめくってダンジョンを眺めつつ、まだ100度近い液体をひと息で飲み干した。
「ダンジョンに足を突っ込んで優雅に茶か。不思議な気分だな」
「俺もそう思います」
総理大臣と向かい合って俺は一体何をやっているのだろう。
視察なら勝手に見て回ってくれていい。
俺なんて据え置きの家具みたいなものだし、無視してくれていいのだが、供回りの人たちは居間にすら入ってこないわ、広い部屋で俺と星総理がコタツ越しにフェイスオフだわ、妙な展開になっている。
それから自己紹介したり、高校ではどんな部活をやっているのかと訊かれて帰宅部デスと小声で答えたり、趣のある家だと褒められてアザッスとヘコヘコしたり、落ち着かない時間を過ごした。
そうしているうちに、心のさざなみは消えていった。
ここは、俺が1年で最も長く過ごすコタツの中。
一番落ち着ける、俺だけのホームステージだ。
総理を前にして不敬なことだが、だんだんまぶたも重くなってきた。
隣の部屋の片隅でモブキャラみたいに縮こまる見崎の惨めな雰囲気も俺をクスッとさせる程度のリラックス効果は発揮していた。
「さて、木立君」
星総理は居住まいを正し、低く構えた刀のような目で俺を見つめた。
「我が国には現在17の迷宮があるわけだが、その中からなぜ私がここを視察先に選んだかわかるかね」
これはただの質問ではない。
俺の資質を見るための探りの一手だと感じた。
だから、俺はそれなりに脳漿を絞ってこう答える。
「俺がいるから、ですね」
なぜ、ウチなんぞに……。
そこは俺も考えた。
そして、妥当そうな理由にアタリをつけるに至った。
実は、星総理は答えをすでに口にしている。
俺に会いに来た、と。
ほかのダンジョンになくてウチにあるもの。
それが何かっていうと、この俺だ。
何を偉そうなこと言っているんだ、と見崎が青い顔をする。
あんたはそのくらい小物感があるほうが好感を持てるよ。
下向いてろ。
「ほう。そう思った理由を述べてみなさい」
星総理が2ミリほど身を乗り出した。
それだけで山肌の大岩が転がり落ちてきたような迫力がある。
ここが俺のホームでなければ逃げ出していたかもしれない。
俺もまた岩になったつもりで星総理を見つめ返す。
「総理は俺のコタツで――俺のスキルで無敵化してから迷宮視察を行うつもりなのでは、と考えたんですよ」
迷宮体質者以外がダンジョンに入ると、魔力なる未知の元素に負けて迷宮酔いを発症するらしい。
だが、俺の無敵化スキルなら、おそらくそれを無効化できる。
魔物からの攻撃も含めて。
こうして、俺なんぞとじっくり話し込んでいるのも無敵化の恩恵にあやかりたいからだろう。
「フフ。君は温泉に浸かったカピバラのような人物と聞いていたが、その実、知恵者であるらしい」
星総理は引き締めていた険阻な顔をゆるめた。
それは誰に聞いた話なんです?
俺は横目で見崎を睨む。
「ご明察だ。世間では、私を武闘派総理などと言い表しているが、私も一人の人間に過ぎん。確約された安全の中でしか冒険などできんよ。それでいて、世間からは勇気ある人物と見られたい。どうだ? ろくでもないだろう。君の上に立つ者は」
「蛮勇を誇るリスキーなアホを頂くことこそがろくでもないですよ。リスク管理ができていることを嘆く国民はいませんて」
「木立君、君ならば私の思い描く今後の展望にも察しがついているのではないかね?」
「今朝、少し早く起きてしまいまして、ダンジョン関連のニュースを見ました」
「しかり!」
機嫌よさげに星総理は天板を叩いた。
衝撃で家具やら天井の羽目板やらが揺れる。
ちなみに、今朝のニュースでコメンテーターが憤慨絶叫していたのは、『迷宮探査に関する民間企業参入要件の大幅緩和』というテーマだ。
つまり、自衛隊がやっていたことを民間企業にやらせるってわけだ。
「私はとても罪深い総理でね。あまたの自衛官を迷宮送りにし、自衛隊としては初となる戦死者を出してしまった」
「存じています」
3年ほど前のことだ。
大ニュースになった。
というか、今でも反対派が中心となって事あるごとに蒸し返している。
「無論、戦死の解釈を巡っては諸説ある。相手は迷宮の魔物だ。これは戦争ではなく害獣駆除であり、熊に襲われて死んだ者を戦死者と扱うことには大いに疑問が残る。だが、いずれにせよ私の命令の下、78名もの自衛官が落命した事実は重い。最高指揮官として責任を痛感している」
それは会見用のテンプレコメントだったが、星総理の顔には岩のひび割れみたいなシワが無数に刻まれていた。
「それで民間企業の参入を促進、ですか。これで自衛官の死者は減りますね。死者の総数は増えるでしょうけど」
訓練されたプロと冒険好きの素人。
戦闘力にも生存能力にも雲泥の差がある。
そもそも民間企業に武装を許すことにも課題が残る。
冒険者と言えばファンタジーっぽく聞こえるが、要は武装民兵であり傭兵集団だ。
そんなもんを日本で解禁とか、3回総辞職してもお釣りがくるほどの駄策だ。
国会前がえらいことになる。
もうなっているかもしれない。
「それでも、だ。自衛官は死んではならんのだ」
月下の刀のような双眸が俺を見つめていた。
しかし、その目は俺ではない何か別のものを見ているようでもある。
「自衛隊は事実上の軍隊であり、同時に未だ誰も殺さず、未だ誰にも殺されていない純白の布でもある。そこに日の丸以外の赤を刻むわけにはいかんのだ」
まあ、なんだ。
ハタチかそこらの純朴な若者がゴブリンに食い殺されるより、冒険好きの命知らずなバカヤローが野垂れ死ぬほうがいくぶん世間体がいい。
そういうことだ。
「民主主義は人気商売ですしね。荒れそうな法案を通すにはパフォーマンスが必要です」
たとえば、総理大臣自ら危険なダンジョンに入るとか。
「うむ。それゆえ私はここにいるのだ」
わっはっは、と星総理は家を揺らす声で哄笑した。
豪快で、自虐的。
そして、深い悔恨と、さらなる罪を求めるような破滅的響きがその笑い声には込められていた。




