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18 総理大臣、降臨す


 翌朝。

 コタツで目を覚ました俺は、朝の冷え込みとは関係なく凍りつくことになった。

 庭に面した障子が赤く明滅している。

 加えて、無線で会話するようなノイズまじりの声と、緊迫した肉声。


 障子の隙間から覗くと、閉め忘れた雨戸の隙間に白黒の車体が見えた。

 パトカーだ。

 その車窓に寄りかかって無線に声を吹き込んでいるのは、言うまでもなく警察官。


 家の外に警察が来ている……。


 寝起きの心臓が早鐘を打つ。

 普段なら近所で何かあったのかといぶかるだけだが、今日の俺にはやましいところがある。

 なんせ家出少女をかくまっている。

 保護と言えば聞こえはいい。

 だが、社会はそうみなさない。

 家に連れ込むだけでも余裕でアウト。

 何かしらの法律と条例を犯しているはずだ。


「……」


 俺は開き直ることにした。

 コタツで最後のひとときを過ごすのだ。

 ダンジョン関連の朝ニュースを見ながらフリーズドライの味噌汁をすする。

 暗い部屋で、テレビの光だけで食べるメシはなんておいしいのだろう。


 それにしても、連中は何をしているんだ?

 いつまで経っても踏み込んでくる気配はなく、インターホンすら鳴らされない。


 と、そのとき突然居間に照明が灯された。


「んはよぉ、コタロー」


 家出少女こと籠目が寝ぼけまなこをこすってやってくる。


「おい、電気をつけるな。奴らに気取られる」


「奴らって?」


 籠目が小首をかしげる。

 すると、昨晩パジャマとして貸し与えた俺の私服がずり落ち、首筋と鎖骨があらわになる。

 籠目は「さむっ……」と身をよじり、コタツに入ってきた。


「どうでもいいけど、たたみの部屋で寝るっていいね。天井が高く感じるし」


「そのたたみ部屋で着替えてからこい」


「仕方ないでしょ。制服、コタツで温めてたんだから」


 俺は女子の制服と一緒にコタツで寝ていたのか。

 より罪が増した気がする。

 俺が裁判長なら情状酌量の余地など認めまい。

 判決はギルティ。

 うらやま死刑だ。


「表に警察が来ているみたいなんだが」


「警備でしょ。総理来るし」


「ああそうか」


 そういえば、そうだ。

 寝起きの冴えない頭でテンパったせいだな。

 1+1=2くらいのイージー問題を深読みしてしまっていた。

 田んぼの「田」的な。


「なに? やましいことでもあるワケ?」


「ん」


 俺は真正面を指さした。

 やましさの塊が俺の服を着てそこに座っている。


「家の前で私が凍死しているよりマシでしょ」


「まったくだ」


 籠目が指をパチンと鳴らすと、一瞬にしてセーラー服姿に変身した。

 魔法少女だってもったいぶって着替えるのに、こいつは節操がない。

 脱ぎ捨てたパジャマが俺の頭にふぁさ、ふぁさ、と降ってきた。

 自分の服とは思えないイイ匂いがした。


「あったかぁ。コタツで温めてて正解」


 俺もあったかい。

 誰かさんの体温が残っているので。


「ここに私がいるとコタローに変な噂が立つし、私、出てく」


「気を遣わせて悪いな。でも、今が一番寒い時間帯だ。なるべくギリギリまでコタツにいろ」


「無敵化してるから寒さもへっちゃら。……というか、いつツッコむの?」


「何にだ?」


「私があんたを下の名前で呼んでいること」


 絡みの薄い相手でも下の名で呼ぶ人懐っこい奴はそれなりにいる。

 まあ、呼び捨ては稀だと思うが。


「私のことも名前で呼んで」


 俺史上初めてとなる青い香りのする誘いだった。

 同時に、梅雨の匂いもする。

 昨夜した、苗字が嫌いという話を思い出した。


 俺は複雑な心境を抱えたまま口の中で悶々とし、思い切ってそれを吐き出してみた。


「ヒノン……」


 しかし、そのとき、すでにヒノンは消えていた。

 俺の勇気を返せという。



◇



 その数時間後。

 我が家の前に黒塗りセダンが停車した。

 トヨハ社の最高級車テンチュリーだ。

 内閣総理大臣専用車として有名で、乗っているのは当然あの人である。


 上品な音を立てて扉が開き、後部座席から大きな影が現れる。

 艶やかな剛毛をオールバックにした、屈強な大男。

 いつものスーツ姿ではなくオレンジ系の迷彩服だが、そのほうが野性味のあるこの人の風格を際立たせているように思える。


 元・総合格闘家で身長193センチ。

 取り巻きの中でも頭一つ抜けた御仁が長い脚を振ってまっすぐ俺の元にやってきた。


「おはよう。私は星(ほし)進鉄郎(しんてつろう)。総理大臣なぞしている者だ。このたびは急な訪問でご迷惑をおかけする」


 テレビでしか見たことがない星総理が、テレビなんぞでは絶対伝わらないスケール感で俺の前にそびえていた。

 うちわみたいな手が伸びてきて、俺の手をむんずと掴む。

 油圧式じみた握力で俺の骨は瞬時にして悲鳴を上げた。


「私は君に会いに来たのだ」


 二振りの刀に似た目が遥かなる高みから一閃を放つ。

 俺は眼力というものの実在をこのとき初めて認識した。

 息を呑むしかない。

 同じ人間でここまで格に違いが出るのか、と。

 日に3度は口にしてそうなリップサービスも、この人が発すると本音でぶん殴られたような衝撃がある。

 見崎なにがしの艶言浮詞とはえらい違いだ。


 こんなデカくて偉い奴にメンチを切ってなんになるのだろう。

 それは空に向かって唾を吐くようなものではないか。

 ちっぽけでくだらない。


「木立小太郎です。歓迎します」


 俺は自然とこぼれた笑顔でそう応じた。

 結婚詐欺師にいろいろ吹き込まれた気がするが、もう全部忘れた。

 背筋だけ伸ばしておこう。


 というわけで、総理の視察が始まった。


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