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17 雪かぶりの少女


 明日は総理大臣が家に降臨する予定なのに、俺と言う奴はアホなのか。

 家出少女を連れ込んでしまった。

 冷え切った体をコタツに押し込んでやり、俺のはんてんですまんが、こんなもんでよければ肩にかけてやる。


「ありがと。あったかい……」


 だんだん血の気が戻ってきた籠目は春の雪だるまみたいにだらしなく解けていき、やがて、ぐでぇーん、とコタツに寄りかかった。


「茶、飲むか? まだあったかいはずだ」


「いる。本当はコーンポタージュがいいけど」


「味噌汁なら作れるが」


「味噌汁はいらない」


 俺は逆にコーンなんていらないから、永遠に味噌汁を吸っていたい派だ。


 籠目が湯呑みをあおった拍子に、高台裏(うらがわ)に刻まれた『木立小太郎』という汚い刻字が目に入った。


「あ、悪い。それ、俺のMy湯呑みで。紙コップに新しいのを入れればよかったな」


「ごめん。私、口つけちゃった……。嫌なら買い替えて。お金は出すから」


 二人して謝り合い、嫌なわけがないだろう、と俺は大きな声で叫んだ。

 心の中でだが。


「これ、萩焼?」


「よくわかったな。七化けといって使い込むうちに風合いが変わるんだ」


「知ってる。中学の修学旅行、山口だったから」


「俺もだ。それもそのとき作ったやつだ。でも、秋芳洞しか憶えてないな」


「ごめん。手作りなのに、私が汚して」


 美少女の口づけでむしろ綺麗になったと感じるのは、俺の頭が変だからか?

 萩焼とは名ばかりの粘土細工に今ようやく伝統工芸品としての神格が宿った気がするのも、俺がキモいからなのか?

 なんなら、ウチのコップ全部使ってほしいくらいだ。

 さすがに洗うとは思うが、以後末永く大切に使うと確約できる。

 俺はキモいからな。


「私、お風呂入りたい」


「沸かそう」


 と俺は即答し、コタツを這い出る。

 美少女様とコタツで面談を続けるほどのトーク力と度胸を俺は持ち合わせちゃいない。

 風呂でスポンジをシャカシャカしているほうが居心地がいい。


 湯を注いで戻ってくると、籠目は全身の骨を抜かれたみたいにコタツにへばりつき、うつらうつらしていた。

 遠慮のない奴だ。

 そのほうが俺もやりやすい。


「籠目、風呂はあと3分で焚ける」


「飛音でいい」


「いや、名前で呼び合うほどの仲じゃないしな」


「苗字で呼ばれたくない」


「普通、逆じゃないか?」


「普通じゃないから」


「異常なのか?」


「そう。異常。私キモいから」


 声が暗い。

 梅雨の夜みたいなジメジメした響きだった。


 苗字で呼ばれたくない。

 それは家や親が嫌いということとイコールであるわけで、家出した理由もそのへんにあるのだろう。


「早く結婚して苗字変えたい」


「いい相手が見つかるといいな」


「見つからない」


「キモいからか?」


「そう。キモいから」


 こいつがキモいなら、俺はゴキブリ亜目まで落とされる。

 後生だ。

 俺のためにも胸張って生きてくれ。


「籠目か。籠の中の鳥はいーついーつ出会う……。いろんなものの中心で膝を抱えて塞ぎ込んでいそうな苗字だな」


「だから嫌い」


「でも、今のお前なら飛び出して行ける。そういう力がある」


 俺は頬杖をついて大あくびした。


「スキルって自分の欲求を反映しているのかもな」


 俺はコタツを世界で一番安全で安心な場所だと思っている。

 それこそ無敵だと。

 結婚詐欺師の見崎は相手のプロフィールを探ることに長けていそうだし、八光照代三佐は名前がまぶしいから光に関するスキルを発現した。

 籠目は急に消えたり家を飛び出したりするような奴で、転移能力はそんな彼女に合っているような気がする。


 風呂のほうから、か細い電子音が聞こえてきた。


「沸いたぞ」


「やっぱりコタツのほうがいい……。動きたくない」


「そうだろうとも」


「でも、お湯もったいないから入ろうかな」


「そうしろ。着替えはスキルでなんとかしろ」


 よく考えたら女子がウチで風呂に入っていくわけで、それはプロ野球選手が隣に越してくるのとどっちがドキドキするシチュエーションなのだろう。

 どっちも居心地が悪そうだから遠慮してほしいくらいには、俺はチキンだった。


「一緒に入る?」


 籠目が視線だけ上げて俺をうかがう。

 意図を図りかねて俺は目を泳がせた。

 眠いから泳ぐというほど元気でもなかったが。


「入らん。からかうな」


「からかってない。宿代として」


「友達から始めさせてくれ」


 ツン、とコタツの下で何かが俺の足に触れた。

 ゴブリンか?

 と思って毛布を持ち上げると、黒靴下を履いた細い脚が向こうから伸びてきていた。

 俺はスッと脚を引っ込めた。

 どうも冒険者にはなれそうにない。

 俺には度胸ってやつがないのさ。


「話題を変えさせてくれ。明日、総理が視察に来るらしい」


「知ってる。私、護衛兼移動手段」


「女子高生に守られるうえにキャリーされる総理大臣か。実は緊張していたんだが、やめることにした。俺は明日総理に舐めた態度で接する。見てろ」


「面白そう。メンチ切って」


「そのつもりだ。国民を舐めるなよ」


「ウケる」


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