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16/22

16 雪かぶりの少女


 突然だが、我が家に総理大臣が視察に来ることになった。

 本当に突然だ。

 台風だって上陸日時と進路を1週間前には教えてくれるというのに、総理大臣とやらは明日急遽ウチに来るらしい。


 アポは余裕をもって取れよ、と。

 ホスト側にも準備期間というものが必要なんだよ、と。

 何様だオラ、と。

 バーカ、と。

 言いたいことは山ほどある。

 だが、相手は総理大臣様で、事はすでに決定事項。

 不満をぶちまけたところで掃除の手間が増えるだけだ。


「僕だって今朝知ったんだよ」


 見崎も目を回していた。

 来訪の目的は視察だそうだ。

 総理大臣によるダンジョン視察は初めてらしく、世界的にも国家首脳の迷宮入りは前例がないとか。

 その積極性は国民の一人として評価したい。

 だが、なぜウチ?

 本邦には、ほかに16のダンジョンがあり、ウチはそのひとつにすぎない。

 よそに行け、よそに。

 と文句を言ったところで、やはり結果は変わらない。

 そこは台風と同じだ。

 来ると言ったら来るのだ。


「明日の午前中にはいらっしゃるから、僕が教えたこと、ちゃんと復習しておくように」


 そう言い残し、見崎は真っ暗な住宅街に消えていった。

 結婚詐欺師直伝のマナー講座は妙に堂に入ったものだった。

 しかし、付け焼刃のマナーなど作り笑いと同じじゃないかと俺は思うね。

 そんなものを献上されたところで総理が喜ぶとは思えなかった。


 寒々した玄関からコタツ部屋まで戻ってきて俺は立ち尽くす。


「総理大臣……」


 なんじゃそりゃ。

 一生涯、ご縁の欠片もなさそうな雲上人が明日ここに降臨するってよ。


「テレビとかも来るよな……」


 普段テキトーに生きている俺が柄にもなく緊張していた。

 廊下と居間の間をうろうろし、掃除したり、人に見られたくない私物を仕舞ったり、落ち着かない時間を過ごした。

 金持ち御用達の高級ヘアサロンに行ったためか、踵を返すたびにいい匂いが鼻をくすぐった。

 そして、だんだんと馬鹿馬鹿しくなってきた。


 総理は別に俺に会いに来るわけではない。

 ウチのダンジョンを視察に来るだけだ。

 おそらく俺は遠巻きにその姿を見守るだけになるだろうし、最悪、ハーイ一般人は出ていってくださーいと厄介払いされるだろう。

 よしんば言葉を交わすことがあったとしても、「お邪魔するよ?」「あ、どうぞどうぞー」くらいのものだ。


 そもそも総理がナンボのもんだ。

 2年かそこらで次の顔に変わるような連中だ。

 ウチのコタツなんて半世紀は現役だ。

 こいつがここに鎮座したとき、まだ俺の両親すら生まれていなかった。

 もうウチのコタツに日本の未来を委ねればいい。

 きっと温めてくれるはずだ。


 というわけで、俺はいつも通りコタツでぬくぬくさせてもらおうと思う。

 さすがに玄関まで迎えに出るくらいはしてやらんでもないが、それだけだ。

 茶も出さん。

 自分で淹れろ。

 視察でも空撮でも好きにしろ。

 そんでさっさと帰っちまえ。


 開き直ってふんぞり返り、熱い茶を湯呑みに並々と注いだところで、俺はふと違和感を覚えて顔を上げた。


 ――くしゅん。


 今、チワワのくしゃみみたいなのが聞こえた気がする。

 いちおう、コタツの中を確認するも、そこには空虚な洞窟が広がるだけだ。

 押し入れを開けたり、風呂を覗いたり、台所の暖簾に首を突っ込んでキョロキョロしたりしながら、最後に玄関へ。

 すりガラスに小さな丸い影を見つけた。


 ガラガラと引き戸を開けると、刺すような冷たい風が吹き込んできて身がすくんだ。

 粉雪が土間に白い点を打つ。

 そんな中、セーラー服姿の少女が膝を抱えていた。


「何やってんだ、お前」


 普通にホラーだ。

 でも、普通に知っている奴でもあるので普通に声をかけてみた。

 迷自所属のSランク異能者で現役女子高生。

 俺の1コ上であり、1コ下でもあるテレポーター。

 そいつは誰あろう、あいつだった。

 籠目飛音二尉である。


「何って……座って待ってる。明日、ここで仕事だから」


 凍ったようなかすれ声だった。

 暗がりの中に顔だけが浮かんでいるように見えるほどに顔が白い。

 肩と唇が震えていた。


「家出少女って感じだ」


「そうなの。出てきた」


「ホテルを取るとかは?」


「高校生だし、一人じゃ無理」


「迷自の施設は?」


「だめ。親元に帰される。人事考課も傷つくし」


「じゃあ、れっきとした家出だな」


「だから、そう言ってる」


 長い黒髪が粉砂糖をまぶしたように真っ白だ。

 食べると甘そうだな、と思った。


「入れ。雪だるまになるぞ」


「いいの? 神降臨?」


「俺は神じゃないが、コタツは冬の神だ」


 ウチのコタツは年代物だから、そのうち本当に神になるだろう。

 付喪神にな。


「じゃ、入れて」


 ずび、と鼻を鳴らして籠目は立ち上がった。

 そのままフラフラと体を預けてくる。

 ドキッとした。

 悪い意味で。

 籠目の体は柔らかくも温かくもなく、ただただ冷たかった。

 氷の像のように。


「コタツに入れても溶けないでくれよ?」


 背中におぶって暗い廊下を行く。

 耳に当たる小さな吐息は温かかった。


「ねえ」


「なんだ?」


「髪、切った?」


「切った」


「いい匂いする」


「さいで」


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