15 不死の軍団の冒険譚
「いんやぁ~、今回の迷宮探査は快進撃の連続でありました! 立ちはだかる魔物をちぎっては投げ、ちぎっては投げ! 愉快痛快っ、完全無敵の大進撃! 無人の野を行くがごとしとは、まさにあのことを言うのでありましょうな!」
八光の丸顔は話し始めてすぐ紅潮した。
酒の臭いはしないから勝利に酔っているのだろう。
肝臓に優しい酔い方だ。
「ご機嫌ですね」
「当然であります! なんせ小生、迷将閣下に直接お褒めの言葉を賜ったのでありますから!」
道に迷いそうな閣下である。
ついて行って大丈夫なのか?
「そもそも迷宮探査の目的はなんだったんです?」
俺はスタート地点に話の駒を戻す。
冒険者だから冒険してきたのだろうが、魔王を倒して宝物殿でハメを外そう! なんて馬鹿な達成目標は立てるほど迷将閣下は迷走していないはずだ。
「ずばり、緋晶鉱の鉱床を見つけ出すことであります!」
八光は機関車みたいな鼻息だった。
その謎の鉱石について詳しく。
「ヒヒイロカネは日本のダンジョンでしか見つかっていない迷宮鉱石なんだよ。現在確認されている固体の中で最も融点が高くてね、なんと6000度にも耐えうる。それが何の役に立つのか僕にはさっぱりだけど、学者陣は狂喜していたよ」
見崎は発泡スチロールの蓋を持ち上げて、鮮魚店の前をうろつく野良猫みたいな目をしている。
そいつは俺の寒ブリだ。
誰にもやらん。
「その浮かれようからして鉱床は見つかったみたいですね」
「もちろんであります! それも想定をはるかに上回る規模の大鉱床でありますぞ。おまけに翼晶銀の鉱脈も発見したのであります! 日本が産晶国と呼ばれる日も近いでありますな! むっほっほ!」
「そのフリュナントカという石ころは高く売れるんですか?」
「空気より軽い金属でね。ジュラルミンなんか目じゃないくらい軽量頑強というのが売りさ。僕には、絶対に落ちない飛行機が造れるかも、という浅知恵しか湧かないけど、発見当時、科学畑の連中は目が飛び出して眼鏡が吹っ飛びかねないほどに驚いたらしいよ。とんでもないブレイクスルーが起きるってね」
見崎はスチャリと眼鏡を上げた。
「ダンジョンは可能性の宝庫というわけですか」
人類の明るい未来がウチのコタツの下に広がっているのだ。
足、突っ込んで悪いな。
「すべてコタロー殿のおかげでありますぞ」
八光はトドみたいにコタツに乗り上げ、俺の双肩をバシバシ叩いた。
「恥ずかしながら、我ら迷自は長らく深度フォーを前に足踏みしていたのであります。その高き壁をこのたびコタロー殿の加護のおかげで越えることができたのであります」
「そのフォンドヴォーとやら、足を止めたくなるくらいおいしいんですか? ベトナム料理でしたっけ」
「深度4であります」
それとフォンドヴォーはフランスでありますよ、と注釈を添え、八光は頭に人差し指を立てて鬼っぽくうなった。
「地下200メートル以深の深層域をそう呼ぶのであります。このラインから急激に魔物が強力になり、遭遇頻度も跳ね上がるのでありますよ。それこそ自衛隊の特殊部隊が壊滅するほどに」
わざわざそんなとことに潜るのだから、ハイリスクを踏み倒せるほどのハイリターンがあるのだろう。
「しかし、コタロー殿の加護があればドラゴン何するものぞ、であります。小生、吹き荒れる火炎ブレスの中、ポケットに手ェ突っ込んで大あくびしながら歩いてやったであります。隊員らはもう馬鹿ウケの大盛り上がりでありまして、転げ回って爆笑しながら拍手を送ってくれたでありますよ!」
隊長の馬鹿さ加減が隊員にまで波及しているのか。
次、連中と会ったら馬鹿だと思って接しよう。
「トゲの生えた尻尾でぶっ飛ばされても無傷。酸毒を頭から浴びても大岩に潰されてもスリ傷ひとつなし。無敵の小生らの進撃を止めるなど、いかなる魔物にも不可能でありました。深度5に日章旗を打ち立てることにも成功したでありますし、これで我が国も迷宮開発競争のトップ争いに加わったのであります!」
ちなみに、これまではどことどこがトップ争いをしていたのだろう。
迷宮に関しては秘密が多すぎて何もわからん。
「無敵の人などという言葉がありますが、失うものがないというのは人を大胆にするものでありまして、小生らは狂戦士のごとく奮闘をしたのであります。それが面白くないのがヒノン殿でありました」
八光は居間を見回して籠目本人がいないのを念入りに確認すると、俺に顔を寄せ小声で切り出した。
「ヒノン殿はご存じの通り有能な異能者であります。普段は迷宮でも無類の強さを誇るのでありますが、今回ばかりは出番がなく、功を焦ったのでありましょうな。一人で突出し、案の定といいますか、足をすくわれたのであります」
いわく、ダンジョンにはカメレオン並みの擬態能力を持つ大蛇がいて、視野狭窄に陥った籠目はうっかりこいつを見落としたんだとか。
そして、――がぶり。
バネ仕掛けのように飛び出した大蛇は籠目の首にその毒牙を突き立てた。
しかし、牙はもろくも砕け散った。
俺の『攻断加護』によって。
「なおも追撃してくる大蛇! そこに小生の『キラノオオダチ』が華麗に炸裂したのであります! 大蛇は八つ裂きになり、無残な姿を野にさらすことになったのでありますよ」
「誰の何がどうしたって?」
「小生のスキルであります!」
大きな胸が誇らしげに隆起した。
「なんて書くんです?」
「『極光灼刃』であります」
『極光灼刃』か。
糞カッコイイな。
そして、うすら寒くもある。
中学2年生の男子が考えそうなネーミングだ。
「結局、ヒノン殿は無事だったわけでありますが、味わった死の恐怖は鮮烈なものであったはずであります。コタロー殿に多大な恩義を感じたことでありましょうな。急にデレ始めたのはそういうわけであります」
「なるほど」
俺のスキルが人の命を救っていたか。
うっかり守秘義務を忘れて自慢してしまいそうなくらいには嬉しい。
その後、茶菓子をつまみつつ冒険譚は紡がれ続け、聞き疲れてきた頃、八光は思い出したように木箱を持ち出した。
中にはまばゆく輝く結晶石が収められていた。
「小さなシャンデリアのようでありましょう? 魔力に反応して光を放つ性質がありまして、コタロー殿にプレゼントしようと持ち帰ってきたのであります」
「それはありがとうございます。嬉しいです」
俺は無難な謝辞を述べた。
あまりにもピカピカし過ぎて逆に安っぽい石だった。
つまり、お茶の間にピッタリだ。
俺はコタツの天板にそれを置いた。
あとで、横にミカンでも積んでおこう。
「さて、僕のほうの用件だけど」
話に一区切りがついたところで見崎が膝を正した。
いつも言動が軽いのに、珍しく顔をこわばらせている。
「明日、ここにとあるVIPが訪れることになった。急ですまない。でも、そのお方は日本で一番目か二番目に偉いお方で、迎える側にも相応以上の礼が求められるんだ」
表に車が停まる音がした。
「木立君、まずは床屋に行こう。その後は服を買って、僕とみっちりマナー講座だ」
「つまり、コタロー殿は見崎殿とこれからデートなのであります。――むほっ!」
八光が腐った笑みでほくそ笑む。
なんだか知らんが、死にたくなった。




