14 不死の軍団の冒険譚
コタツで授業を受けられるなんて俺は日本で一番幸せな高校生に違いなかった。
リア充だの一軍だのと調子に乗っている奴らも世の中にはいるようだが、お前らに問いたい。
お前らは今、コタツの中にいるのか、と。
いないのなら、俺に言わせれば非リアの三軍だ。
もう爆発してしまえ。
そんな具合に、俺はノーパソの前で頬杖をつき、ルーズリーフにへのへのもへじを書くというリモート学園ライフを謳歌していた。
ちなみに、体育は免除だ。
「……」
八光率いる迷自部隊が迷宮入りして3日と半日が経っていた。
音沙汰はない。
便りがないのは良い便りなんて言葉もあるが、死人に口なしって場合も多い。
『迷自隊玉砕・・・!?』などと恐ろしい見出しが躍っていないかとミュートでテレビをつけてみたが、しかし、どのチャンネルも冬のグルメ特集で沸くだけだった。
今年は寒ブリが安いらしい。
俺は国語教師の念仏独唱会と化した授業に見切りをつけ、ノーパソに別の窓を開いて寒ブリをポチった。
迷宮政策は政府の肝入りだ。
潤沢な資金が惜しげもなく投入されている。
そんなわけで、ウチのネット環境も知らないうちに最新のものに無償交換されていた。
物流に関しても専用ルートが用意され、どんなものでも最優先で届けてくれる。
俺にマッハで寒ブリを届けるのがどう国民の暮らしに寄与するのかは知らないが、俺も国民の一人なのだから、俺の喜びは国民の喜びなのかもしれない。
いや、絶対にそんなわけないのだが、得てして政治というものは国民感情から最も遠いところにあるものなのだ。
「……」
「…………」
玄関に気配があった。
さてはもう届いたかと首を伸ばすが、そんなはずもない。
すりガラスの向こうに見えているのは白とオレンジのダズル迷彩だった。
「開いてますよー」
チャイムを鳴らされるまでもなく声を投げてやると、引き戸が開き、
「むっほー!」
と来客が手を上げた。
先日、俺の目前から忽然と姿を消したきり消息を絶っていた八光三佐その人だった。
今日は武装していないからか、表情が食パンくらい柔らかい。
「僕もいるよ?」
赤縁眼鏡の丸いレンズに怪しげな光を反射してスーツの男がひょっこり顔を覗かせる。
見崎だ。
パリっとした襟からネクタイピンに至るまで全部胡散臭い。
もう全裸で過ごしたほうがいいのではないか、と俺は思うね。
見崎の後ろにチラリとセーラー服が見えた。
日本人形みたいな黒髪美少女が仏頂面でデカイ箱を抱えている。
籠目だった。
車の音はしなかったから、あいつがタクシードライバーを務めたのだろう。
「いや、今日も寒いね。コタツ、温まってる? 向かい側、失礼するよ」
勝手に上がり込んできた見崎に、失礼するなら帰れと俺は言ったが、華麗にスルーされた。
なら、俺もこんな奴は無視してやると決め、八光には軽く挨拶をしておく。
「帰ってきていたんですね。突然消えて以来誰も戻って来ないので心配しましたよ」
「おとといの夜には帰って打ち上げやってたけど」
答えたのは籠目で、情報弱者に憐れみの目を向けていた。
そうか、こいつの転移能力で直接基地だか駐屯地だかに帰還したのか。
で、俺は打ち上げにも呼ばれず、とっくに帰還済みの連中の帰りをここ2日ほどハチ公みたいに待っていたと。
いや、別にいいがな。
呼ばれても行かないし、打ち上げなんぞ花火とロケットだけで十分だ。
「面目ないのであります。有望な異能者と言えどコタロー殿は一介の高校生。どの程度情報を開示すべきか、上が専門家を呼んで、人権的・教育的観点から検討などしていた次第でありまして」
八光がぺしりとおでこを叩いた。
「JKを前線送りにしておいて、いまさらですね」
「責任ある立場の方々には御用学者のお墨付きという免罪符が必要なのでありましょう」
で、ここに来たということは、だ。
冒険の顛末について俺も土産話を聞けるとみて間違いないのだろう。
「冒険は大成功でした?」
「成功も成功、大成功であります! 聞いてくだされ、コタロー殿!」
「待って。どうせ長くなるから私の用が先」
ドン、と音がしてコタツが揺れた。
急に暗くなったので見上げてみれば、シーリングライトを背負った籠目が俺を見下ろしていた。
要するに、コタツの上に仁王立ちだ。
しかも、今日はスカートの下に短パンを穿いてやがる。
誰得だ、てめえ……。
「あ、ありがと」
顔でも蹴られるのかと思ったら、お礼を言われた。
「じゃあ、私言ったから」
籠目は、用は済んだと言わんばかりにそっぽを向いた。
「そりゃ何に対しての礼だ? 謝罪とお礼はその対象を明示しなければノーカンだ。それとコタツから下りろ」
掴みかかるも空振りに終わる。
ケツの後ろでたたみがわずかに沈む。
俺は背後を取られたのを悟った。
不覚だ。
「そういえば、あんた、何か頼んだ? これ、ついでに持ってけって」
ぼん、と脳天に何か落ちてくる。
籠目がさっきまで抱えていたデカイ箱だった。
魚臭い、1メートルくらいある発泡スチロールの箱。
威勢のいいブリのイラストが貼られている。
「お、もう届いた。俺の寒ブリ」
「私に妙なもの運ばせるな」
蹴られた。
「じゃあ、カンブリア紀の、歴史的にも大変貴重な化石資料ということにしよう。籠目のおかげで考古学はまた一歩過去に進んだ。サンキューな」
「なら、これでチャラね」
そう言い残して、籠目は消えた。
「あいつはなぜ勝手にデレ始めたんです? チャラとか言ってましたが、俺に借りでもあったんですか?」
「そのへんの話を三佐からじっくり聞けるんじゃないかな。はは。僕も楽しみだよ、武勇伝」
見崎、お前は帰れ。
そう思ったのは一瞬だけで、すぐに改める。
奇人変人の類とはいえ八光は美人だ。
それもコタツの天板を胸の置き場所か何かだと勘違いしているタイプの無防備美女。
二人きりで話すのは刺激が強すぎる。
今だけ滞在を許可してやるとしよう。




