12 迷自所属の冒険者たち
がらん、と湯呑みがひっくり返って転がる。
突然現れたセーラー少女はコタツの高みから居間を見渡し、こう言った。
「古臭い家」
うるせえよ、と。
築100年の古民家は「古臭い」と呼ばないのだ。
歴史があると言い改めろ。
それも文化財級だ。
昨今では昭和情緒が残る建物を「昭和レトロ」などと賛美する傾向にあるから、「古い」ことをもって「臭い」と評されるのは平成初期の建物だけだろう。
いや、そんなことはどうでもいいのだ。
さっさと俺のおコタから下りろ、と。
俺は珍しく激怒し、目の前の土足に手を伸ばした。
その手は空気を掴んだだけだった。
少女は忽然と消えていた。
トン、と背後で軽い音がして、女子の匂いがふわっと覆いかぶさってくる。
エビ反り気味に振り返ってみれば、今の今までコタ上に屹立していたはずの少女が仁王立ちで俺を見下ろしていた。
……瞬間移動か。
「むっほ~!」
おっはーのノリで八光三佐が片手を上げる。
「ヒノン殿、ようやくのご到着でありますな!」
青天の霹靂みたいな登場シーンには言及なし。
俺以外はセーラー美少女の瞬間移動芸を見慣れているようだった。
そして、待ち人はこいつだったらしく、迷自隊員らは予鈴を聞いた生徒みたいに準備を始めた。
「コタロー殿、紹介するであります。そちら、籠目飛音殿。階級は二尉で、三尉のコタロー殿の1コ上でありますな。なんと花の現役女子高生! 学年のほうは1コ下でありますゆえ、後輩の上官というわけであります」
俺に三尉などという肩書きがあったのは初耳だ。
で、その後輩上官殿はいつ靴をお脱ぎになる?
「ささ、ヒノン殿もコタロー殿の無敵化コタツで温めてもらうがいいであります」
「いらない。私、どうせ無敵だもの」
愛想のない奴だ。
和室に土足で瞬間移動するあたり、常識もないのだろう。
ろくでもない奴だ。
「こんな眠そうな奴が私と同じSランカーなの?」
籠目はガッカリ世界遺産に来てしまった修学旅行生みたいな目で俺を見下ろしている。
こいつもSランカーか。
重役出勤とはお偉いことだ。
「フン。カピバラ」
鼻で笑われた。
そっちがその態度ならこっちはこうだ。
「フン。縞々」
「……どういう意味?」
しばらく考えた後で籠目は内股気味にスカートを押さえた。
羞恥心で赤らむ顔に怒りの赤がまじる。
「見たの?」
「見たも何も短いスカートでコタツの上に立てば、そんなもん一目瞭然だ。漏れなく全員の目に留まったはずだ」
怒りのまなこがコタツ部屋を薙ぎ払うように睨む。
みんな素知らぬふうに目をそらした。
しかし、主に男性陣は鼻の下が怪しい。
「制裁」
スカートの下から長い脚が伸びる。
その先のローファーが俺の鼻っ面に突き刺さった。
視覚的にはショッキングで思わず目をつぶったが、痛覚的には何も感じない。
羽毛でなでられたほどの感触もなかった。
蹴ったほうの籠目が足を押さえて悶絶している。
「ヒノン殿、これが無敵化コタツの効果であります! むほほ!」
なぜか八光が胸を張る。
ともかく、俺は尻1つ分移動して隣を空けた。
「籠目、お前は無敵なんかじゃない。いいから温まっていけ」
異能支援科の俺ならいざ知らず、よもや実働部隊にまで学徒動員とは恐れ入る。
グレーゾーンを突き抜けて完全黒体級に真っ黒だ。
法的解釈は俺の領分ではないにせよ、年下女子に戦死されちゃ寝覚めが悪い。
「嫌。こんな汚いコタツ、入りたくない」
失礼な。
ウチのコタツは汚くない。
異界のウイルスを駆逐するために手術器具並みの滅菌処置を受けている。
世界で最も清潔なコタツだ。
だが、籠目の評価はこうだ。
「キモ」
女子のいう「キモい」はこの世で最も理不尽な物差しだ。
泣かされた男のなんと多いことか。
だが、俺も命の次に大事なコタツを愚弄されたとあっては簡単には引き下がれん。
なんとしても、ウチのおコタちゃんのよさを知ってもらわねば。
「ならば、こう言わせてもらおう。――お前も無敵になれば無敵の俺を気持ちよく蹴飛ばせるぞ、と」
「どいて」
籠目が目の色を変えた。
俺を肘で押しのけ、コタツに潜り込む。
壁掛け時計を睨み上げて1分経つのを心待ちにしている。
そんな籠目だったが、コタツに入って30秒で目がとろけてきた。
そのまま熱された餅みたいな頬を天板に張り付けてしまう。
油を引いてないからこびりつくかもしれない。
俺は対岸の八光にドヤ顔を向けた。
「すごいでしょう、ウチのコタツは。全人類コタツに入れば世界は平和ですよ」
「全人類を入れられるほどコタツの懐は広くないのであります」
「それじゃコタツを巡って戦争になりますね」
「つまり、それが人類というものなのであります」
内には温かく、外には冷たい。
コタツは人類の縮図か。
俺はミカンに手を伸ばした。
八光も同じミカンを掴んでいた。
数秒睨み合いとなり、やがて取っ組み合いなった。
なるほど、これが戦争か。
傍から見ている奴はみんなあきれていた。




