第二十四話 行き先は
「もうレナ様、私はまだ怒ってますからね」
「うん知ってる」
「だからって置いていこうとするのはもっと怒ります」
ぷんぷんとドロワは怒っていた。ゴーシュも無事に帰ってきた時は感動の涙の再会……とはならず、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらもドロワはレナにどれだけ心配したかと怒った。レナはそれに対して悪かったなと、これ以上自分の側に置くのもどうかと思い聖女に掛け合って双子を大聖堂に置いてもいいだろうかと話をして許可を得た事を伝えて今、更に怒らせていた。
「お兄ちゃんも何まんざらでもない顔してるのっ!」
「い、いやだって好きなだけ材料取り寄せてくれるっていうしさ……」
「確かにお兄ちゃん手先器用だから服飾とかピッタリだと思うよ? でもなんでここに就職するのよ!! 聖女様に似てるからって身代わりに殺されちゃう所だったのよ? また同じ事があったら私……」
「えっとドロワ、ゴーシュは悪くは——」
「レナ様今は少し静かにしていて下さいませんか?」
怒りの矛先がゴーシュに向かう。その後も数時間ガミガミとドロワは怒り続け昼食の時間になって一旦それは中断された。朝の食事の席からずっと怒り続け疲れないのだろうかとレナは思っていたが、ドロワのお腹が切なく鳴いていたのを耳に捉えやはり体力を使うんだなと感心していた。
「ドロワ、ゴーシュと一緒に残ってもいいから」
「……確かに私はお兄ちゃんが好きです。レナ様とどっちって聞かれればお兄ちゃんだって答えてしまうと思います。でもだからってレナ様から離れる理由にはなりませんから」
「すごく慕ってくれるのは嬉しいけれど、私についてきたらまた辛い思いをさせる可能性があるからここにいる方がよっぽど——」
「レナ様」
それ以上言うなと言外に圧が放たれる。
「みんなみんな大切なんです。……ごめんなさい、我儘言っています。それは分かっています。困らせているのも分かっています。だけど一緒に過ごして楽しくて、それがなくなるのは……嫌です」
「ごめん」
「ドロワ、スープ冷めるぞ。美味しいうちに飲んどけ」
「お兄ちゃん……」
静かに昼食の時間は過ぎる。やがて昼食を終え席を立つ時、レナは言った。
「三人でお散歩しようか」
この場にいる三人でと言えば食後の運動にちょうどいいと大聖堂から出た。復興作業中の所を横目にボロボロになった街並みを歩いていく。暫くして調子外れのピアノの音色が聴こえてくる。バリケードに使われていたピアノはまだ完全には壊れていなかった。それを小さな少女が楽しそうに拙い演奏にコミカルに音がズレるピアノのリサイタルに口元を緩める者も多かった。すぐに元の活気が戻ってくるのだろうと誰もが思える光景だった。
「ドロワもゴーシュもね、私にとって大事よ。まだ一緒に居たい気持ちもある。だけどまだまだ本調子でない私があなたたちをきちんと見ていけるかと言われれば答えられない。だから少し私に時間が欲しいの」
たまたま見かけた公園のベンチに並んで座っているときにレナは前触れもなく話し始めた。その言葉に反応をする双子。開いては閉じてを繰り返しながら言葉を紡げないドロワに変わってゴーシュは言った。
「ドロワ、いいだろ。それとも俺と二人は嫌だってか? たまにぐらいまた二人で色々しよう。んでさ、戻ってきたレナが悔しがるぐらい楽しく過ごそうぜ」
「お兄ちゃん……」
空を見上げるドロワ。了承の言葉を言わなかったがおそらく許可をしてくれたのだろうとレナは察した。
「ビリーさんの所行こうか」
内戦中炊き出し係だったというビリーはこんな時だからこそと言って菓子を作っていたという。甘い物はとても喜ばれていた。
「ん、来たか」
ビリーの店は近隣の住民により必死に守られた為その佇まいはほぼ変わらない。店の中には以前よりも減ってはいるがそれでも菓子を買いに来た客で賑わっていた。
「何か出来立てを食べられたらなって」
「それならもう少しでマドレーヌが焼ける。それ持っていけ」
「ありがとう」
焼けるまで少し店内で待ち、焼き立てをいくつか購入し出ていこと双子を連れて出口に足を向けた時、ビリーが呼び止めた。
「今晩暇か? ちと話があるんだが…」
少々の歯切れの悪さがありレナは不思議に思いながらも快諾した。その夜、双子は大聖堂に戻しレナ一人でビリーの家に赴いた。いつかと同じようにノックをすれば今回はチーズと声が飛んでくる。それに対しレナはたっぷりのミルクと答えると扉は開かれた。
「すまんな」
「いいえ、ただビリーさんが珍しいと。何か問題でも?」
「問題……と言うほどのことでも、ないんだがな……そのな」
非常に言いにくそうにビリーは頭を掻く。レナはじっと無言で言葉を待つ。
「ヴェネチーに行ってきてもらいたい」
「わけを聞いても?」
うーだのあーだのビリーには珍しく煮え切らない態度で中々理由を話そうとはしない。レナは静かに出された菓子を頬張る。ローストしたアーモンドの香りが香ばしく、サクサクといくらでも食べられてしまうような丸くて軽い菓子だった。
「美味いか?」
「ええ」
「そうか……。あのな、俺のな。連れの事で話があるんだが」
ビリーが言うにはヴェネチーから取り寄せるものや、また観光客などの様子がどうにもおかしいと言う。妙に苛つく者が多く、また食べ物も嫌な感覚がする事からどうにもきな臭さを感じていた所に最近輸出入も滞りおかしな事になっているため喧嘩別れした元妻の事が心配だとつまりはそう言うことをレナに伝えた。
「ビリーさんが直接見に行くのは」
「無理だ」
即答である。喧嘩した理由もビリーが朝昼晩ともにスイーツを作る事に妻が激怒。ビリーは顔に似合わず極度の甘党で度々食事内容で口論をしていたのだそうだ。今でもビリーは甘いものを好む。だが元妻は菓子ばかりは体によくないと怒っていたなと思い出し、野菜を使った甘味を抑えたものを作ったりするうちに一般的に食べるような食事も悪くないと思うようにはなったと言うが、だがそれで素直になれるわけでもなく。それを知ったレナは拗れているなと言葉にはせず、それなら元妻の様子を見てくると了承する事にした。
「すまんな……俺もまだあいつに合わせる顔がねぇんだ。あれから何年も経ってあいつがいま俺の事をどう思っているのかも怖い。元々俺には立派すぎる女だったからな……」
初めて見るような表情に何も言えなくなるレナ。手土産をもらいすぐにビリーの家を後にした。
「ドロワ、ゴーシュ。あのね——」




