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竜の瞳と聖女の涙  作者: 小鳥遊 美鈴
第二章  竜の瞳と聖女の涙
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第十八話  エヴェレットの告白

 深く、深く息を吸い込んだ後、静かにエヴェレットは語り始めた。


「お前が、いつか裏切るのが怖かった。小父上や子どもたちが傷つけられるのが怖かった。……あの男も同じだった。あぁ、そうだ。最初はいい人間だった。だが母がドワーフと知ると途端態度が変わった」


 淡々とエヴェレットは力なく、ただ事実のみを伝えるように呟く。


「ドワーフは下等な生き物だと。あの日から全てが変わった。母は欲の吐口にされ、なのにいつかまた優しいあの人が戻ってくると。哀れな女だった。わしには拳や蹴りが飛ぶようになった。見えないところを執拗に狙われた。母がうるさいからな。愚かでも曲がりなりにもドワーフだ。そこらの人間より力が強い。人間からも、同じドワーフからも蔑んだ目で見られる日々が続いた。ある日男が帰ってこなくなった。何日も家を開ける日は度々あったが1ヶ月、2ヶ月と姿を見ない日は続いた。収入は減り家賃を払うことも出来なくなり追い出された。昔住んでいたというドワーフだけが住む村に移ったが、母は帰ってくるかもしれないとよく追い出されたあの家を見に行っていた。その行動に、まだあんな男を信じているのかと怒りすら湧いた。そしてわしは家を飛び出した」


 自嘲した笑い声が低く洩れる。声音に感情が篭り始めていた。


「ドワーフと、そしてあの男の血がわしを半端物にしていた。人間から奴隷にしようと捕まりそうになり、ドワーフからは裏切り者の血が流れていると追い立てられ。生きていく場所がどこにもなかった。誰からも隠れるようにして生きていたそんな時だ、あの村が焼き払われたと知った。家が燃えて炭になった残骸を見た。生焼けの死体がそこらに転がっていたよ。わしは人間の血もある。成長してドワーフに見られなかったからか殺されることもなく、奴等は汚らしく笑っていたよ。人間に抵抗するのが悪いと。家畜以下の存在が目障りだと。お前も混ざるかと、焼ける臭いの中で体を暴かれる女子どもの泣き声は今も耳にこびりついている。全てが狂った世界だった。そうしてわしの育った村は無くなった。わしは再び世間から隠れるように生きた。己の中の血が憎い。だが自らの命を断つ気持ちも湧かない。生き続けることに必死だった。何もかもが信じられない。復讐心もない。ただ目の前の事に必死だった時、小父上に拾われた」


 小父上に。その言葉は過去を懐かしむような優しい声だった。


「小父上は既に鍛冶師として有名だった。だが酷く偏屈でぬしには想像もつかないだろうな。とにかく腫れ物を扱うような扱いを受けていた。そんな小父上が何を思って拾ったのかは知らん。聞いてもはぐらかすだけだがな。だがただの気紛れだったとしてもわしは救われた。当時わしは手がつけられなかっただろうに。いつしか小父を慕い同じ鍛冶師として活躍しようとしていた。だが結果どれだけ血を流した所で才能はなく目指す道は閉ざされた。今でも才能があればと思わない日はない。……話が逸れたな。わしはそれでも何か小父上に恩返しがしたい。きっかけはそうだった。わしは小父上に鍛えられた。ドワーフの頑丈さ、人間の狡賢さ。小父上を狙う奴らを蹴散らした時、それを感じた。ああこれだと。この手は血に塗れた。わしは必死だった。途中の事はよく覚えていない。だがいつの間にやら担ぎ上げられドワーフの王となった。だが戦いの手は止まらない。当たり前だ、人間共はわしらを恐れ鎮圧しようとし続けるのだから。今から100年程前、1人の女に出会う。当時のピシアンティア帝国の聖女との出会いは衝撃だった。わしを張り飛ばし戦いを止めようとしたのだからな。実際に1人で止めて見せたのだから今でも頭は下がる。束の間の平和が訪れた。そして聖女は言った、迫害されている者の国を作れと。わしがまとめ役として力を束ねろと。強固な国を作ればおいそれと手は出せなくなるからとな。わしはそうなれば小父上は付け狙われる危険から遠ざけられるとすぐに国造りに取り掛かった。無我夢中だった。なぁ分かるか? 国が出来るまでわしには安らぎの時間は無かった。だが必死で手に入れても些細な事で崩れることも知っている。ぬしに全てを台無しにされるのではと恐れた。わしの大事なものに次々に入り込まれていくその恐怖が分かるか?」


 レナはその問いにはいともいいえとも答えなかった。だが、


「私はあなたから何一つ奪うつもりはないよ」


「どういう事だ」


「あなたは大切なものを傷つけられるのもだけれど、それ以上に自分が傷つくことを怖がっているように見える。ドヴェルグの為を思ってと言っていても本当は自分が傷つきたくないから——」


 少し言いすぎたかと口を紡ぐレナ。だがエヴェレットは怒ることなくそうだなとその言葉を肯定した。


「でもそれならどうして助けたのですか。私にはそこがわからない」


「……わしは人間が今でも嫌いだ。わしの中に流れる血も何もかもが憎い。だがあのままぬし殺していれば同じ畜生に堕ちると。……いや、小父上があそこまで楽しげなのは見たことがない。ぬしが居なくなったと知れば悲しむかも知れない。聖女だってそうだ、いつもぬしの隣にいる時の方が寛いでいるように見える。己の感情だけで動くこれは正解なのか迷いが出てしまった。わしにはこうするやり方しか知らないというのに」


「でもそれが私を殺さないでくれた。憎くて憎くて堪らない存在なのに助ける事が出来た。他人をそうして思いやって自らの衝動を止める事は中々出来ないものだと私はそう思う。……これを機に相手に甘える練習をしてみたらいい。今まで沢山頑張ってきたあなたならできる。それに心を許しているようですし聖女様相手にも……ん?」


「なんだ?」


 聖女様。その言葉にエヴェレットはぴくりと反応した。レナには先ほどから気になっていた。エヴェレットが聖女の事を話す時、言葉が柔らかい。ドヴェルグを語る時とはまた違った雰囲気があった。思えば時折向けられる視線もひどく優しい。昔色んな人間を観察していた頃にもよく見た眼差しだった。


「聖女様に相手は居ないから押してみるのもいい」


「な、何を言っておる!?」


 座っていたエヴェレットが勢いよく振り返り声が裏返っていた。


「自分の気持ちを我慢し続けないことも大事。きっと今回の事も大好きなドヴェルグや聖女様を私に取られると焦燥や嫉妬も混じっていたと思う。何故私を構ってくれないのかと。愛情が不足している子どもにそっくりな言動かと私は——」


「もういい、黙ってくれ」


 エヴェレットは手で顔を覆い隠す。


「燻らせて拗らせるよりは当たって砕けたほうがいい」


 いつの間にやら最初の頃の緊張感などすっかり霧散してしまった。エヴェレットも思いを吐露し、自身の気持ちを見つめ直すきっかけを得た事で少しスッキリとしていた。殺されかけて、なのに怒りもしない事に気味の悪さも感じてはいたが以前からドヴェルグに再三凄いやつだとも変人だとも語って聞かされていたので何故だか受け入れられる気がした。


「私は明日にでもでるので安心してぶつかればいい」


「待て、出るというのは」


「そのままの意味。元々私はここに来る予定に入っていなかった。聖女様とは違っていつまでもここにいるわけにはいかないと思う。ドヴェルグが煩いかもしれないけどそこは王様にフォローしてほしい」


「だが聖女はどうする。ぬしは友人ではないのか」


「成り行きで行動をともにしていただけよ」


「して、何処に行くというのだ。すぐに冬が来る。例え拳が強くとも冬の寒さは堪えると思うが」


「ピシアンティアに戻る。走れば休憩入れても2日で行けると思う」


 するとエヴェレットは今はピシアンティアに入れないのではと言う。何故とレナが聞き返せば暫しの沈黙の後、聖女が居ないからだと答えた。だがどこか歯切れが悪いと感じるレナ。そういえばずっと不思議に思っていた事があると揺さぶりをかける事にした。


「聖女様を受け入れる話はいつからあったのですか」


「……」


「一国の重要人物をこうして理由もなくずっと留めておく事は普通はあり得ない。ここにいる聖女様は聖女ではないと追放されここに送られてきました。だけどこの国では最初から聖女様として歓迎し迎え入れ、それ相応の待遇もしていたりする。今何かがピシアンティア帝国で起きようとしている。または起きている。違いますか」


 エヴェレットは静かに目を閉じて何も語らなかった。それが答えだった。


(ゴーシュ、それからドロワたち。今無事かしら……)



 ブルーメがいればなんとかなっていそうだという信頼はあった。だがブルーメはレナには不信感を抱くようになっていた。ピシアンティアで何かが起こった時、シャンディとグレンを抱えて何処かへ消えてしまう可能性もあった。

 ゴーシュだけでなくドロワまで。レナにとって大切になりつつあった存在たち。ドルニグルでゆっくりと過ごし落ち着きを取り戻した今、双子の事が酷く気になってしまった。エヴェレットとの話を終えた後、新たに充てがわれた部屋に移動するのだった。

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